6

それは何度目かの来店時のことだった。

その日、

安倍瑠璃は仕事帰りなのかスーツ姿だった。


施術は服を着たまま行うので、

事前に動きやすい服装での来店を

お願いしているが、

店でもジャージを無料で貸出していた。

いつもは店の貸出用のジャージを

利用していた彼女が、

その日に限っては服を持参していた。


彼女を二台ある施術用ベッドの一つに促して、

僕はカーテンを引いた。

しばらくしてカーテンの向こうから

「着替え終わりました」

という彼女の声が聞こえた。

「失礼します」

と言って僕はカーテンを開けた。


「あっ!」

一瞬状況が掴めずに、

それでもこれはまずいと咄嗟に身体が判断した。

僕は慌ててカーテンを閉めた。

動悸が激しくなり手足が震えていた。

今目の前で見たことが理解できなかった。

一瞬だったが、たしかに彼女は下着姿だった。

どうしたらいいのかわからずに

その場で佇んでいるとカーテンの向こうから、

「これは水着ですから、大丈夫ですわ」

という彼女の声が聞こえてきた。


「で、ですが・・」

僕は辛うじてそれだけを口にした。

ほんの一瞬だったのでわからなかったが、

そう言われると水着のようにも見えた。

しかしそれで問題が解決したわけではなく、

なぜ水着なのかという新たな疑問が湧いてくる。

僕はカーテンを開けられないまま

その場に立ち竦んでいた。


「水着だと駄目でしょうか?」

カーテン越しの彼女の声で僕は我に返った。

「あっ、い、いえ、駄目ではないですが・・。

 そ、それでもそ、その格好は・・」

僕は動揺を悟られないように

冷静に対応しようとしたが、

その甲斐空しく最後の方は言葉にならなかった。


「それでしたらこのままでお願いします」

結局、

僕は彼女に半ば強引に押し切られるままに

施術を始めた。


前面の施術を行うときは

薄いタオルで目元を隠しているので、

彼女から僕は見えないはずだった。

僕は彼女の頭側に立って施術を始めた。

いつもならそれほど気にならないのだが、

なぜかこの時に限っては

彼女に見られている気がした。

タオルの下にある目が開いているような

気がしたのだ。


僕は見えない視線を感じながら

デコルテラインに軽く手をかけた。

白い肌に綺麗な鎖骨が浮き出ていた。

一瞬、手が震える。

そして。

否が応でも視界に入ってくるのは

その存在感のありすぎる胸だった。

以前からその存在は認めてはいたのだが、

改めてこうして見ると

そのボリュームに圧倒された。

そしてその胸をより強調している

ホルターネックの水着が、

僕の妄想を余計に掻き立てた。

彼女の胸が規則正しい呼吸によって

大きくゆっくりと上下に揺れていた。

僕は彼女に気付かれないように

軽く深呼吸をしてから、

そっと唾を飲み込んだ。

その音が思いがけず大きく響いた気がして、

どっと汗が噴き出した。


前面の施術が終わり、僕は彼女に声を掛けた。


彼女はゆっくりと起き上がり髪を掻き上げた。

その仕草に艶めかしい色気を感じた。

そして彼女がうつ伏せになると、

今度は張りのある大きなお尻が

目に飛び込んできた。

僕の心臓は張り裂けんばかりに大きく鳴った。

僕は大きく息を吸って頭を振った。


時折お尻に視線を這わせながら、

僕は震える手で施術を行った。

しばらくすると

彼女から規則正しい寝息が聞こえてきた。


僕は一度、彼女の体から手を放して、

額に浮かんだ汗を拭った。

それから一旦彼女の体から距離をとって、

後姿全体を眺めた。

程よい肉付きがいかにも肉感的で、

腰からお尻への曲線がより興奮を誘った。

下半身が熱くなってくるのを感じた。

僕はごくりと唾を飲み込んだ。


僕は太ももの裏へ手をかけた。

と水着のお尻が目の前に迫ってきた。

耳を澄ますと彼女の寝息に乱れはなかった。

僕は震える手を抑えて太もも内側へ手を添えた。

右手は右の太ももに左手は左のそれに。

そのままゆっくりとお尻の下まで手を這わせる。


親指がビキニ越しに

彼女の秘めた部分に触れそうになる。


下半身の鼓動が激しくなるのがわかった。

親指を太ももの内側から外側へずらしながら、

お尻の肉を持ち上げるようにして広げていく。


心臓が早鐘を打つ。

僕はもう一度唾を飲み込んだ。

手入れをした後と思われるビキニラインが

僅かに顔を出した。


「今日はいつもと違うんですね」


その時、不意に彼女の声がした。

僕は飛び上がるほどに驚いてすぐに手を離した。


「あ、あっ、ちょ、ちょっと。

 ふ、太ももからお尻にかけての

 せ、セルライトが・・。

 す、少し気になりましたので・・」

咄嗟に口から出た言い訳としては百点だろう。

「えっ。そんなに目立ちますか?」

「い、いえ、そんなことはないのですが、

 予防も兼ねてリンパを流しておきました」

額から噴き出す汗をそっと拭った。

一体いつから彼女は起きていたのだろう。

太ももに触れた時にはたしかに寝ていたはずだ。

もう少し遅ければ

取り返しのつかない状況になっていた。


僕は何事もなかったかのように

マッサージを再開した。

激しく波打つ動悸も

徐々に落ち着きを取り戻していった。

最後に足の裏のツボを刺激するように揉んで

施術を終えた。



施術を終えると、

僕はベッドから離れて

パソコンの置いてある机に腰を下ろした。

そしてモニターの画面に映る予約状況を

確認しているふりをした。


背後から彼女が着替えている音が聞こえた。

その時、

僕はカーテンを閉め忘れたことに気付いた。

彼女がカーテンを引く音も聞こえなかった。

僕の心臓がふたたび激しく動き出した。

マウスを握った僕の手が小刻みに震えていた。

今振り向いたらどうなるだろう。

しかし金縛りにあったかのように

僕の体は動かなかった。


どれくらい経ったのか。

息苦しさをおぼえた僕は静かに息を吐き出した。


「・・ました」

その声で金縛りが解かれた。

僕が振り返ると、

彼女は来た時と同じスーツ姿で立っていた。


「今日もありがとうございました」

彼女はそう言って頭を下げた。

「い、いえ、こ、こちらこそ。

 い、いつもご利用していただいて、

 ありがとうございます」

僕は俯いたまま答えた。

「今日は、

 いつもより身体が軽くなった気がしますわ」

一瞬ドキッとしたが僕は平静を装って

「・・そ、それはよ、よかったです」

と呟いた。


「先生は普段、運動をなされているのですか?」

突然振られた話題に僕は驚いたが、

これは流れを変えるいい機会だった。

「い、一応、市民プールに通っています」

隠すつもりはなかったのだが、

泳げないということは口にしなかった。


「だから健康的なのですね。

 私も行ってみようかしら。

 行く日は決まってらっしゃるのですか?」

僕は一度顔を上げたが、

彼女と目が合ったのでまたすぐに下を向いた。

「き、決まっていませんが、

 大体昼間に行くことが多いですね。

 へ、平日の昼間は

 予約が入っていないことが多いので。

 そ、その時に店を閉めて通っています」

そこで会話が途切れた。


僕はそのタイミングを逃さず、

次の客が来るからという理由で彼女を帰した。

帰り際に彼女は三日後の予約を入れた。


その夜、彼女の白い肌の幻影に悩まされた僕は、

突発的に行動を起こしたことを覚えている。


これまでは事前に十分な時間をかけて

相手の情報を集めてから行動に移していたのだが、

この日ばかりはどうしても

自分を抑えることができなかったのだ。

それほどまでに彼女の体が魅惑的だった。


そして僕は、

頭の中にはっきりと残った

安倍瑠璃の柔らかく大きなお尻を、

目の前で倒れている女のそれに重ね合わせながら、

欲望をぶちまけたのだった。

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