一章 文月

七月某日

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僕の名前は八木明人(やぎ あきひと)

身長百七十五センチ

体重六十五キロ

三十二歳

職業整体師


自宅を改装し店舗として使用している稲置市は、

さほど都会ではないが、

喧騒と閑静が調和して住み心地の良い街だった。

ただし、交通機関の発達していないこの街では

車は生活必需品の一つだった。

二年前に購入した新車は

価格と燃費で選んだ白の軽自動車である。

細々とした仕事から得られる

僅かばかりの収入では日々の生活が精一杯で、

とても車にお金をかける余裕はなかった。


当然、

この歳になれば結婚も考えてはいるが、

昔から女性と接することが苦手で、

目も合わせることができない自分にとっては、

女性と交際すること自体が

途轍もなく高いハードルだった。


親しい友人もいないので

僕はいつも一人寂しく過ごしていた。


しかしそんな生活にも満足していた。


店は完全予約制のため、

基本的に予約の入っていない日は暇である。

気楽と言えば気楽だが、

いつ食いっぱぐれてもおかしくはない。

しかし、施術の腕には多少の自信があった。

新規の客はなかなか増えなかったが、

一度来店された客は

その後も足を運んでくれている。

ただ想定外だったのが、

男性客よりも

女性客の方が圧倒的に多いということだった。

女性と接することが苦手な僕には

試練の時間だった。

この仕事は客の体に触れることが

主たる業務なので、

女性客には特に気を遣わなければならない。

一度でも悪い噂が立てば

それこそ廃業待ったなしである。

女性客の中には若くて美しい人も多く、

そういう時の施術が一番厄介だった。

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