第6話 複数の頭を持つ女

 複数の頭をもった種族を仲間に加えてはならない——

 そう忠告を受けるまでもなく、冒険者のみなさまがたはご存知でしょう。

 ですが、この忠告に耳をかさずに、複数の頭を持つ女をパーティーに加えた冒険者がいたのです。

 さぞやひどい目にあっただろう?

 いいえ。飛び抜けた能力をもったふたつの頭は、彼に勝利と栄光と、そして王族に匹敵するほどの富をもたらしました。

 ただ、この男は忠告をきくべきであったと悔いているのです。

 そう、こころの底から——



第6話 複数の頭を持つ女--------------------------------------------------


 複数の頭をもった種族を仲間に加えてはならない——


「あんたも冒険者なら聞いたことあるだろ?」

 ダルーと名乗るその男は落ちくぼんだ目で、こちらを見あげるようにして尋ねてきた。


「え、えぇ……」

 ふらっと立ち寄った居酒屋でホルト・クロイツは、そう問われて興味をそそられた。

「あ、いや、聞いたことはないです」


「そうか。じゃあしっかりと肝に銘じておくことだな」

 ダルーはふーっと酒臭いため息をついた。

「そうでないと、おれのようになるからな」


 そう言ってダルーは、そのまま黙り込んだ。


 ダルーがその先の話を催促しているのだとわかったが、ホルトはあえて無視して口をつぐんだ。ホルトが自分の意向に沿わないのが、よほど腹に据えかねたのか、ダルーはとろんとした目つきのまま、ふんと鼻をならした。

 その態度にいくぶん苛ついたものの、その話に興味がないわけではなかったので、ホルトはしぶしぶ話をうながした。

「もしかしてダルーさんは、その複数の頭の種族を仲間に加えたんですか?」


 しばしの沈黙——


「あぁ、くわえた。一生の不覚だ」


「なにがあったんです?」


「ほんとうに聞きたいか? 聞くに耐えん話だぞ!」

 ホルトには、ダルーが本気でそう思っているのか、そういう前振りなのか、たんに酒のせいでそういう態度になっているのか、はかりかねた。

 が、どっちにしても、答えはひとつしかない、問いかけだった。


「ええ、ぜひ聞かせて欲しいです」


 ダルーはテーブルのうえにひじをついて腕を組むと、そこに額をもたらせかかるようにしてから話しはじめた。


 いまから10年以上も前、冒険者として、各地の宝の発掘に挑んだダルーは、なかなか成果をえられずにいた。最初は新人同士で組んだパーティーも、クエストも宝探しもうまくいかなくなると、方向性のちがい、というていのいい理由で解散することになった。

 次はまだ冒険をあきらめきれない者同士で組んだが、ベテランから初心者までまじるパーティーは、いつも仲たがいばかりしてうまくいかなかった。

 ダルーにそれを統率できる力がないことが一番の要因だったが、彼はそれを認めたくなくて、結局たいした結果ものこせず喧嘩別れした。


 その後も何度かパーティーを組むが、組むたびにメンバーの質も下がっていった。

 たいした能力もないのに、「いつか自分はやる」とうそぶくヤツ、はずれスキルだと自分の能力を卑下して、みんなのモチベーションを削ぐヤツ、不完全な魔法で仲間を危機を招くヤツ、だれかがやってくれると他人頼りでみずから動こうとしないヤツ——


 このまま自分は、永遠に冒険者にはなれないのではないか——


 ダルーはあるときから、そんな恐怖と絶望にさいなまれていった。

 幼少の頃から、町一番の天才剣士と誉めそやされ、卒業したアカデミーでは常に学年トップクラスだったダルーは、いまさら冒険者以外の道を歩めようはずがなかった。


 彼は禁断の果実に手をのばした——


 あるクエストに失敗した帰路、桁違いの魔力をもつという種族の村に立ち寄ったとき、その女性に出会ったのだ。


 その女性は足はすらりと長く、ぐっとあがった腰骨、きゅっとしまったウエストライン、そしてグラマラスな上半身、と、どんな種族の男だろうと、舞いあがってしまうような、魅力的なからだをしていた。


 だが、彼女には頭がふたつあった——


 彼女の名はライとレイ。


 むかって右側にあるライは、心をとろかすような屈託のない笑顔をする女性だった。ダルーはひと目で、親近感をおぼえた。

 左側にあるレイはそれに対して、心をまどわすようなクールな魅力をもっていた。一瞬冷たい印象をうけるが、なかからにじみでる知性は、どうやっても隠しようがない。たちまち魅了された。


「きみたちは桁違いの魔力をもっているという噂だけど、ほんとうかい?」


「えー、桁違いっていい方はわからないですけど、たぶん、わたしスゴイと思いますよ」

 にこやかな笑顔で自分の力をアピールしてきたのはライだった。


「まず、『きみたち』という言い方が気に入らないわね。私をこのライと一緒くたにされてもねぇ。私の能力をみたら、そういう言い方にはならないと思うから……」

 初対面からダルーに、難癖をつけてきたのはレイだった。


「えーー、レイは詠唱魔法でしょう。即効性がないから、もたもたしているあいだに、敵にやられちゃうわよ。その点わたしは瞬時に魔法を使えるのよ」

「はん、ライの魔法はスライムやゴブリンを倒すのが精いっぱいでしょう。この世にはもっと強力な魔族が解き放たれてるのよ。それを一掃するのは、私の魔術こそ有効っていうものです」


「なにせふたりは仲がわるかった」

 ダルーはしみじみと言った。

「そのやりとりで気づけばよかったんだよ。だけどな、若いの。あのふたりの魔法と魔術を目の当たりにしたら……」

ダルーは苦笑気味に言った。

「いやぁ、それは凄まじかった。一瞬でノックアウトされちまった……」


「なにをやったんです?」

「右側のライがまずは『投擲とうてき魔法』をつかった。あたりにある石やら岩を相手に投げつける、あの魔法さ」

「失礼ですが、ずいぶん地味……ですね」


「と、思うだろう……」


「だが、その石つぶてはヒュンベルデの実を穴だらけにして、岩は樹を真っ二つに叩き折ったんだ」

「まさか?、ヒュンベルデの実はローンズデライト鋼で打ちだした剣でないと斬れない、この世界でも五指にはいる硬さのはずでしょう?」

「あぁ、そのとおりさ。しかも樹のほうは表皮を削るだけで一本剣がダメになるっていうほどの堅牢さだ。それを一撃でへし折りやがったんだ」

「そ、それはすごいですね」


「だが、それだけじゃねぇ。左側のレイの魔術も凄まじかった——」


「彼女が使ったのは『光魔法』—— 詠唱にちぃとばかり時間はとられたが、その手から打ち出された光の玉は、二キロメルト離れたちいさな島を一瞬で消し飛ばしやがったのよ。信じられるか? 遠くに見えていた島が消えたんだぜ」


 ホルトはその威力を想像し、おもわずごくりと咽喉をならした。

「聞いたことないほどの威力……だと思います」

「な、そうだろ。反射的に自分のパーティーに加わってほしいって、オレが申しこんじまったの、わかるだろ?」

「ええ、それはわかります。そんな仲間を手に入れたら、冒険者どころか、国のひとつも手に入れられそうだ」


「ああ、そうさ。そのときのオレもそんな気分だった……」


「もちろん、仲間は反対したさ。複数の頭をもつ種族を仲間に加えるのは禁忌だってことを知ってたからな。だが、オレは逆に反対するヤツを追放した。この女さえいれば、数人分、いや数十人分になるとわかっていたからな」


「では、そのあとの冒険は、うまくいったんですね?」

 ホルトがいくぶん興奮気味に言った。

 が、ダルーはふいに顔を伏せた。さきほどまでの華やいだ雰囲気が嘘のように、沈欝な表情にしずんだ。


「いや、そうは……そうはならなかった」


 ライとレイと一緒に旅にでたダルーは、それまでの不遇が嘘であったように、うまくいきはじめた。上級のクエストを何度も成功させ、ダンジョンのいくかでアイテムを次々と手に入れた。

 ギルド内でもダルー・パーティーは注目の的になりはじめていた。ダルーはいく先々で、自分たちの噂を耳にするようになった。

 冒険者としての頂点へ登りつめるのは、時間の問題だと胸が躍る思いだった。


 だが、ダルーは幸せではなかった。


 それはライとレイの仲のわるさだった——

 ことあるごとに競い合うのはよかったが、一番槍を競いあっていつももめていた。そのせいで手遅れになりかけたり、魔法と魔術が同時に発動して、仲間をあやめそうになったりした。


「ライ、静かになさい。私が詠唱中です」

「レイったら、わたしがもうあらかた倒してるのよ。いまさら残党を倒して、やった感をだされてもねぇ——」

「あなたのやっつけたのは先鋒にすぎません。本隊は私が片づけます」

「ふうん。わたしの手柄を、たいしたことないって、おとしめるんだぁ——」

「実際、たいしたことがないでしょうに……」

「わたし、あなたの頭、吹き飛ばしちゃおうかなぁ」

「できるものならどうぞ。私はその瞬間にこの身体をあとかたもなく無くしてやりますから」


 毎度、このような喧嘩がおきた。

 至近距離で、まさに顔をつきあわせての喧嘩は、お互いを引き離すこともできないため、延々とつづいた。

 敵の大群を殲滅せんめつしたあとですら、ずっとお互いをののしりあった。


「それはずいぶん神経をすり減らしたことでしょう」

「ああ…… 戦闘中もそうでないときも、つねになにかしらいざこざを起こしているのだからね。高名になった我がパーティーにあやかろうと、ずいぶんいろんな連中が加わってきたが、それが理由でみんな去っていったよ」


「それが、複数の頭をもつ種族にかかわるな、という戒めだったわけですね」

 ホルトは同情も交えながら言った。

 だが、ダルーはよわよわしく首をふった。

「そうではないのだ、若いの」

「え?、こんなたいへんな目にあったというのに……ちがう……のですか?」

「オレはいまはこんなにやせ細って、ずいぶん年も食ったが、当時はあんたとおなじように若々しく精気に満ちていたし、自分で言うのもなんだが、いい男だった——」


 ホルトはダルーの顔をまじまじと見つめた。

 たしかに深い皴がきざまれ、眼窩がんかや頬が落ちくぼんで、年齢を感じさせたが、マーマン・ブルーの瞳、すっと通った鼻筋やほっそりとした顎のラインには、彼がハンサムであった頃の面影がしっかりと見てとれた。

 年を食ったと卑下しているが、男からみても格好のいい年の取り方で、円熟味を増した男臭さは、あらたないい男っぷりを感じさせる。


「いえ、いまでも充分いい男だと思いますよ」

「そうか……ありがとよ、だが、この男っぷりがアダになっちまった」

「ど、どういうことです……」


「惚れられちまったんだよ…… ふたり同時にな」


 ダルーはことごとく仲間に去られると、噂が噂を呼んで、だれも彼とパーティーを組もうという者が現われなくなった。ライとレイだけで旅を続けるようになると、気持ちの変化が生じはじめた。

 そして、ライとレイは、ダルーに恋をしたのだ。


 ライもレイもお互いはばからず、競うようにダルーを誘惑しようとした。


「ダルー、わたしのことをいっぱい愛して!。そうしたら、わたしはあなたのために、いっぱい働くから。どんな敵でも倒せといれば倒すし、種族ごと根絶やしにしろっていえばするわ」

 そう言って、自分の奉仕の代価に、ダルーの愛を求めたのはライ——


「私を愛してくれないのなら、私はなんの手をつくさずに死を選びます。ゴブリンどもに陵辱りょうじょくされようと、オークにからだを八つ裂きにされようと、なすがままにされて、この世から消えることをのぞみます」

 自分を愛さなければ、死をもってダルーの前から去ると脅迫したのはレイだった。


 どちらもダルーを、ダルーの愛を独占したいがゆえのわがままだった。


「どっちも選べねぇだろ」

 ダルーは吐きだすように言った。

「どっちか選べば、両方ともうしなっちまうんだからさ。そりゃ、別れちまえば、せいせいするかもしれない。だが、それまで積み重ねてきた実績はどうなる?」

「ええ、わかります」

 ホルトは気分を損ねないように相槌をうった。


「そりゃ、栄光も金も名誉も手に入りはじめたさ。だがまだ絶対的なモンじゃなかった。だからあの女を放りだす選択肢は、あのときのオレにはなかった」

「ええ、ええ。そうですね」

「うだつのあがらない、駆け出しの冒険者にまた戻るってか。冗談じゃない。ここまでくるのに、どれほどの我慢を重ねてきたと思う? 仲間に次々に去られていくたびに、どれほど苦悩してきたと思う? どれほどの孤独感に耐えてきたと思うかね?」

「わかります。わかりますとも」

 興奮をまじえて訴えかけてくるダルーに、ホルトはおもわず手を前にだして、落ちつかせようとした。


「すまねぇ……」

 ダルーは浮かせかけた腰を落とした。

「だが、ここまできたのは毎日、毎時間、毎分の、忍耐を重ねた末のものだったんだ。それにオレはすがりつくしかないだろう? それでしか、自分の存在価値を感じられなくなってたんだから」

「でも達成感はあったのでは?」

「は、そんなものとっくに麻痺しちまってたさ…… だけどこの生活を続けるしかなかった。だからオレは両方に気をもたせながら、答えをはぐらかし続けたよ……」

 ダルーが疲れた表情で、吐息をはいた。

「だがある日、とうとうそれじゃあ、ごまかしきれない事態になっちまったんだ」

 


「ダルー、わたしを愛してくれないなら、レイの首を落とすわ」

 ライが剣をレイの首に押し当てて、答えをダルーに迫った。その剣幕はいつもの、のんびりとした、寛容さは微塵もなかった。引きつった笑顔がその真剣さを、ダルーにつきつけてきた。

 だが刃を首に押しつけられていたレイも、負けていなかった。

「ねぇ、私をあなたのモノにして!、ダルー。でなければ、私は自分の心臓をついて果てます。だから……」

 レイの必死な様は、いつもの冷静さを欠いていると、ダルーは即座に感じ取った。ここにいたるまで、ふたつの頭のあいだでどんな会話が、言い争いが、あったか、まったく造像できなかった。

 だがダルーはここで結論を、ある種の決着をつけねば、ここですべては終わると腹を括った。


 ダルーは決断したつもりだった。

 だが、口をついてでたことばは、円満な解決の提案でありながら、ただ本当の決着を先伸ばししたにすぎなかった。

「ふたりを交互に愛する、では駄目だろうか……?」

 


「そ、それを……受け入れた?……ンですか?…… ライとレイ……は?」

 ホルトは質問しようとしたが、とまどいが強くて呂律がまわらない。


 ダルーは口をヘの字にまげていた。

 答えを口にしたくない。

 そういう意思表示ではないか、とホルトはいぶかった。


 ふいに、居酒屋の喧騒が耳に飛び込んできた。

 ホルトは驚いて、あたりをみまわした。まわりにはおおくの酔客いて、相応に騒がしかったことに、いまはじめて気づいたのだ。

 それほどまでにダルーの話を傾聴していたことに、ホルトはあらためて気づかされた。まるで夢の世界から現実に引き戻されたような錯覚に陥る。


「受け入れたんだよ——」

 ふいにダルーの口から返事がもたらされた。

 ホルトはまるで、神から福音でももたらされたように、あがめるような気持ちでその言葉を聞いた。


「オレは毎晩、交互にふたりを抱いた……」


 奇数の日はライと、偶数の日はレイと、ダルーは交互に愛しあった。

 

 奇数の日は、とびっきりの甘い愛のことばをライの耳元で囁き、熱いキスをかわし、濃厚に愛撫しながらひとつになった。

 偶数の日は、レイを耳元で思い切りなじりながら、お互いの体液を交わすようなキスをして、いたるところを乱暴に愛撫しながらまぐわった。


 レイとの行為のあいだ、ライは機嫌悪そうにぷいっと横をむいて、目をつぶってひたすら無視していた。

 だが、ライとの行為のあいだ、レイはカッと目を見開いて、じっとダルーをみつめていた。どんなささいな囁きも、どんなに柔らかな愛撫も見逃すまいとするようだった。

 そしてダルーとライが一緒に絶頂に達する瞬間、レイはまるで研究者のような冷やかな目で、ダルーのオルガスムスの顔を見つめていた。


 ダルーは次第に行為が苦痛でしかたなくなってきた。

 レイに傍観されながらのライとの行為では興奮が持続しなくなり、ライの不機嫌そうな横顔を見ながらのレイとの行為は気分が乗らなかった。


 ダルーは夜を怖れるようになった。

 いつかどちらを相手にしている最中に、行為が最後まで続けられなくなる、のはわかっていた。

 そのときどちらを相手にしていたとしても、その原因をもうひとりの相手のせいにしていざこざが起きる——

 それが怖くてしかたなかった。


 ダルーは狩った動物の肉を喰らい、血まで飲んで精をつけた。

 旅行の途中で精がつくという怪しげな秘薬や、ポーションがあれば、金に糸目をつけずに買い求めた。


 皮肉なことに、その頃のダルーのパーティーは、冒険者として頂点まで登りつめたといっていいほど、快進撃をつづけていた。SS級クエストをこなし、難攻不落とされた伝説級のダンジョンを攻略し、大量の激レアアイテムを手に入れた。巷間では『勇者』と讚えられ、そのクエストの冒険譚はみんなの酒の肴として囁かれ、手に入れた希少アイテムの市場価格は、尾ひれがついて、天文学的数字として語られた。

 

 しかしダルーがおそれていた瞬間が訪れた——


 ライとの行為中にダルーのモノが縮んでしまい、行為を最後まで続けられなくなったのだ。ダルーは「疲れているみたいだ」と自分のせいにした。

 が、ライはレイをなじった。

 あなたが咎めるような目で、ダルーを見ているからだ、と。

 レイはそれにそくざに応戦した。


 あなたこそ、三人で取り決めしたのに、ダルーを許さないという顔を、行為中にむけ続けている、と。


 裸のまま、ふたりは唾をひっかけあいながら、ののしりあいをしはじめた。


「オレはもう……耐えきれなかった……」

 ダルーが顔をゆがめて言った。

「ふたりのもとから逃げだしたんですか?」

 ホルトは額から汗をぬぐいながら尋ねた。


「いや……」

 ダルーは目をつぶって、達観したような表情で言った。


「気づくと、オレはふたつの首を刎ねていた——」


「首を……斬った……ですって? 勇者と呼ばれた、あなたが……」

「あぁ……」

「なんの罪もおかしてない人の?」

「そうだ」


「そ、そんな! だったらあなたは咎人とがにんじゃないですか!」

 ホルトはおもわず声を荒げていた。



 そのとき、居酒屋の扉があいて女性が入ってきた。羽飾りのついたおおきなつばの帽子をかぶって、顔の前にはまるで葬式のときのような黒いベールがさがっている。


 居酒屋の喧騒がふっとやみ、おとこたちの視線が彼女に集まった。

 それはよくわかる。

 ふるいつきたくなるようなグラマラスな体つき、スラリとした魅力的な細い足。

 

 彼女はお目当ての人を見つけたようだった。

 この場には似つかわしくないような高いヒールでカツカツと音をさせて、迷いのない足取りでこちらへ歩いてくる。


「ここだったのね、ダルー。さがしたわ」

 

 ダルーはばつがわるそうに、頭を掻いた。

「セタ、すまん。ちょっとこの若者と話し込んでてね」

「なにを話してたの?」

 とても魅力的な甘い声——

 だが、残念ながら、黒いベールに隠れて顔は見えない。


「ほら、オレとおまえのサ」

「あら、またぁ? そんななれそめなんて、どうでもいいじゃないの。もう10年以上も一緒なのよ。そんな前のこと話されてもねぇ」

 セタと呼ばれた女性が、ホルトのほうに会釈するようにからだを傾けた。


 ざっくりと胸元があいたデザインのドレスのせいで、豊満な胸のラインがホルトの鼻っさきに近寄る。

 おもわずその谷間に、ホルトは目を泳がせてしまう。


「ダルーさん。ひ、ひとがわるいなぁ。さっきの話、ほら話だったんですね。ふたつの頭をもつ女性の頭を刎ねた、だなんて……」

「いいや、ほんとうだよ。オレはたしかに首を刎ねたんだ。だからね……」


「ずっとオレは脅されてンのさ……」

「脅されてる? だれにです」


「わたしにだよ」

 女性の乳房と乳房のあいだの谷間に、女性の顔が浮かびあがっていた。両方の乳房についた鋭い目が、ホルトをにらみつけていた。

 ホルトのからだが硬直した。


「若いの。もう一度警告しておく」

 ダルーの表情は老いさらばえた老人のようだった。


の頭を持つ種族に関わるな、絶対にだ」


 そう言ったところで、ダルーは女性に引っ立てられるようにして、立ちあがらされて、店を出ていった。

 ホルトはその姿を見送りながら気づいた。




 その女性には首から上がなかった——



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まだまだゾッとし足りないですか?

男性の方なら想像しただけでも、気力が萎えてしまうと思うのですがね...

では次の話はどうでしょう?




【※大切なお願い】

お読みいただきありがとうございます!


少しでも

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