第13話 記憶喪失の司祭様①

 次の日。

 

アイシャは、ベッドで眠る少年のそばに居た。

 白銀の髪をした、端正な目鼻立ちの少年は、ずっと眠り続けている。


「………………」


 ここは“長老”の家。

 長老は老婆のドリアードで、この村の長だ。

 家の中には長老と、青年団の村の男たちが数人と、くすが1人と、それからアイシャがいた。

 ベッドの傍にはアイシャだけが座っており、長老たちは少し離れたところで、なにやら話し合っていた。


 あれから――、アイシャは長老の家に飛んで行った。「こういう時は長老のとこに行かなきゃ!」という考えもあったし、長老の家は村の北側にあり、倒れた花畑からも近かったというのもある。

 長老の号令を聞いた村人たちは慌てて森へ行き、少年を長老の家へと運び込んだのだ。


それからすぐに薬師がやってきた。

 治療をするからと、昨日はアイシャはそこで家へと帰されたのだった。


 アイシャは、昨夜のことを思い浮かべた。

 

(昨日はもう、誕生日パーティーどころじゃなかったっていうか、晩ご飯どころじゃなかったなぁ……)



 いてもたってもいられなくなったアイシャは、朝一番に長老の家へとやってきた。

 治療はあらかた終わっており、家にいていいことになったが、……少年はずっと眠り続けている。

 ……もうすぐ昼だ。

 アイシャは朝からずっと、ベットの脇に座って少年の様子を見ていたのだった。

 


 アイシャは、眠り続ける少年の顔を見た。

 閉じられた瞼から伸びる睫毛は、先まで白く、白銀の髪の毛とともに透き通るようだった。


 ごくりっ。喉が鳴る。


(こんな……っ、こんな……っ!)


 アイシャは思った。


(こんなかっこいい人が、今年の司祭様だなんて……っ!)


 白く細い髪は絹糸のようで、白い肌によくなじむ。鼻筋は高く、睫毛も長い。

 村の男性とまるで違う容姿に、アイシャの心は高鳴った。


 恐る恐る手を伸ばすと、そっと少年の髪を撫でた。

 さらさらとした髪が、アイシャの手を滑る。


(うわ~っ)

 

 アイシャは、再びごくりと唾を飲み込んだ。

 なんだか、すごい体験をしてしまったかのようだ。

 アイシャは「ふは~っ」と息を吐くと、手を引っ込めた。


(……でも、すごい怪我なんだよね。どうしたんだろ……)

 

 アイシャは、少年の体に目を移した。

 

 少年の体には、いたるところに包帯が巻かれていた。

 幸い、骨などに支障は無いらしいが――、その姿は痛ましいものだった。


 アイシャは、彼の昨日の様子を思い出す。


(足取り、ふらふらしてたなぁ……)


 司祭様は、村へ徒歩でくると聞いたことがある。

 広大な森を歩きで通ろうとすると、ああなるのだろうか。


 

「うっ……」

 

 かすかな声が聞こえた気がして、アイシャはハッとして少年の顔を見る。


 ピクリ――少年の睫毛が動いた気がした。


「長老! 彼が!」

「! おぉ……!」


 長老をはじめ、皆がベットの周りにぞろぞろと集まった。

 ベッドを取り囲む。

 長老と薬師は、アイシャの隣にやってきた。

 

 アイシャらがかたをのんで見守っていると、少年は弱く身じろぎし――、やがてゆっくりと目を開けた。


 わっと歓声が上がる。


「よっ、よかったぁ~っ!」

「目が開いたぞ!」

「無事だったんだ!」

「司祭様!」

 

 少年は、村人たちの声に驚いたようだった。目をパチパチさせて、皆の方へ首を動かした。


 すぐに薬師が近づいて、様子をみはじめる。

 しばらく色々診て、やがて問題ないとの診察結果をだした。

 少年は体を起こそうとしたので、アイシャは彼の背中を支えてそれを手伝った。

 

 長老が水を渡すと、少年はそれを一気に飲んだ。


「ありがとう……ございます……」

「ほほほ。ご無事で何よりじゃ。……して、あなたさまが、たびさいさまですな?」

「えっと……? 司祭……ですか……?」


 少年は、首をかしげた。

 長老は言った。

 

「わしはこの村の長老じゃ。明日の花祭りに合わせて、王都から来られる、司祭様をお待ちしておりましたでの。もう明日に迫っておりましたゆえ、心配しておりました」


「えっと……僕は…………」

 

 少年は、手で額を押さえた。


「……あ、あれ…………?」

 


 それから少年は部屋を見渡し、自分を見守っている村人たちを見た。


「………………」

 

 途中、アイシャと目が合う。

アイシャは――少年の瞳に不安の色が浮かんでいるのを見た。

 

「…………?」


(なんでそんな顔をしてるんだろ……)


 と、アイシャが思った時、少年は言った。

 

「……ここは……どこですか…………? あなたたちは……?」


(あ! 急に見知らぬ家に連れ込まれてるから、驚いたんだね!)


 アイシャは慌てて説明をする。

 

「ここはフルールフート村ですっ。花祭りへようこそ! 司祭様!」

「………………」


(……? あ、あれ……?)


 少年から返事がない。 


 少しの間があり、少年は――首をかしげた。

 

「フルールフート……?」

 

 アイシャと長老は、顔を見合わせた。

「ねぇ、長老、これってもしかして……」

「……いや待て」

 

 長老は少年に向き直って言った。

 

「えぇっと………………あなたさまは、ロフィマ様、ですな?」

「えっと…………」


 ズキッと鈍い頭痛がして、少年は手で額を押さえた。


(…………頭が、痛い…………)


 少年は、なんとか前を向くと――、別の名前を答えた。


「……僕の名前は、トリスです」


「なんと……!」

 

 長老は驚いて、少年の体をまじまじと見た。

 周囲の誰もが、息を呑んだ。


「ようやく到着された司祭様だというのに……」

「長老」


 村人が長老に声をかける。


「うむ……」


 長老は、少し考えてから言った。


「お可哀そうに。ぼろぼろのお姿で参られているのを見るに、ここへ到達するまでにたくさんの困難があったのでしょうな。ご自分のお名前まで忘れて……」


 長老は、この少年が『ロフィマ様ではない』とは、全く思っていない。長老には、ある確信があった。

 

 ずいと、アイシャが身を乗り出した。


「もしかして……! 記憶喪失、っていうやつ……ですか?」

「君は……」


 少年は、アイシャの方を見た。

 アイシャは、にこりと笑いかける。

 

「私はアイシャ。ロフィマ様とは、お祭りの広場の近くでお会いしたんです」

「アイシャが、ロフィマ様を村へ運ぶように言ったのじゃ」

「君が……。ありがとう」


 少年は言ってから、


「うっ……」


 再び頭を押さえた。

アイシャは、彼の背中をさする。

 

「……何があったんですか?」

「…………っ」


 少年は頭を押さえながら、薄目をあけ、……ぼんやりとした頭でなにか言おうとする。

 

「……そういえば、森で精霊を見たんです。まるで、おとぎ話にでてきるような、樹木の精霊か……花の精霊のようで、……あ」


 少年の手がおもむろに伸びて、アイシャの髪を掬った。


「ちょうど、こんな……」


 そのまま、ふわふわっと、綿を触っているかのように、髪を触った。


「!」


 アイシャは、目を見開いて少年の手を見た。

 彼が手をすぅーと引くと、アイシャの髪が少年の手を滑り、……アイシャの心臓はドキドキと飛び跳ねた。

 一度――数センチ撫でられただけなのに、アイシャの頬は紅潮した。

 少年の指は、すぐに髪から咲いている花に引っかかった。

 少年の手に花が乗せられているような形になり、


「…………あれ?」


 少年は、ぼんやりした意識がはっきりしてくると、――赤くなって固まっているアイシャに気がついた。


「あ…………」


 少年は、自身の手のひらに乗る、ピンク色の花を見た。

 それから、照れもせず微笑むと、アイシャに言った。

 

「……もしかして君って、森の精霊?」

「…………っ」


 アイシャは、答えられない。

 

「ほほほほほ」


 長老が笑った。


「ドリアードの村へようこそ。司祭様」

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