第15話 恋愛どころじゃない?
アイシャは、長老の家を出た。
これから明日の花祭りでの儀式の手順などの話をするらしい。
アイシャは邪魔になると思い、帰ることにしたのだ。
(――それに、トリス様のそばにいると、思わず話しかけちゃいそうで。あんまり話すと、まだ体がしんどいよね……)
「花祭り……明日かぁ……」
あんなに食べたり飲んだり踊ったりするのを楽しみにしていた花祭りで、こんなにも『お祈りの儀式のこと』で頭の中をいっぱいにしたのは、初めてのことだった。
アイシャは、吊り橋の
花祭りは、精霊の木を祀るお祭りである。
「司祭様……」
通行手形は、基本的に
よって、村から街に出かける人はいるが、街から村へとやってくる人は、ほとんどいないに等しい。
ましてや、同世代の少年など……。
アイシャは、トリスのことを思った。
初めて見た、外の世界の男の子だった。
ずっとずっと、運命の恋というものに憧れていた。
だから早く村の外に出たかったし、ボトルメールや矢文や伝書鳩で、外の世界へ手紙を何通も出してきた。
出会ったときはあまりにも幻想的で、一目惚れしてしまいそうで――彼こそが、私の運命の人なのかもしれないと感じていた。
それに、
「私のこと、『精霊みたいだった』、って――……!」
トリスの言葉を思い出すと、アイシャは頬を赤らめた。
精霊。昔々の――美しい存在だ。
「なんだか恥ずかしいけど……嬉しいな」
アイシャは、自身の髪を握った。……トリスが掴んだところを、思い出すように。
「………………」
「でも――」
アイシャは、頭を振った。
長老の家でのトリスを思い出す。その姿は、怪我だらけで――……。
「……でもっ、トリス様は記憶喪失なんだよ。しかも怪我もいっぱいしてるし……! 恋愛とか、そんな場合じゃないよね!?」
(そうっ! そんな場合じゃないよ!)
アイシャは、「ふぅっっ」と短く息を吐く。
気持ちを切り替え――、トリスの気持ちを想像する。
(……記憶がないなんて、きっと不安だよね……。……もし私がすっごい怪我してて、「明日お見合いするよ」とか言われたら最悪だし、私が記憶も無いのに見知らぬ土地で「結婚しよう」とか言われたら、「いやまず家に帰らせて! てかここどこ! てか君だれ?」ってなるし!)
アイシャは、自分に言い聞かせるように、頭の中で『これが正しい』と繰り返した。
「トリス様と恋仲とかは……あまり考えないようにしなくちゃ。そもそも、村へはお仕事でやってきてるんだし……。いやでもっ、記憶さえあればお仕事でも運命かもしれないしっ!? ああっまたすぐそうやってワンチャン考えちゃうっ! そーいうのよくないんだってば! ううう……っ」
アイシャは頭を抱えた。
ひとり百面相だ。たまたま周りに誰も居なくてよかった。
アイシャはしばらく自問自答をしたのち、ようやく落ち着いた。
手すりにもたれる。
風がふわりと吹いて、アイシャの若草色の髪がなびいた。
「……。記憶喪失かぁ……」
アイシャは、想像する。自分が記憶喪失で、見知らぬ土地でなんか現地の他民族に取り囲まれるのを……。
「うわ……。トリス様、私たちを見て、怖くなかったかな……?」
と心配した。
(しかもドリアードを見るのは初めてみたいだし……)
――それでも、そんな中、「記憶がなくても祭りには出る」とトリスは言ったのだ。
(……優しい人なんだなぁ。……私も、トリス様にせめて、村の滞在中は、優しくしてあげたいな……。……うん、そうしよう)
アイシャは、手を組むと、精霊の木に向けて祈った。
(優しい彼の――トリス様の記憶が、どうか戻りますように)
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