第402話 アメリカ上陸作戦(6)

「くっ・・・アメリカを解体ですと?」


 駐留アメリカ軍のボーレン司令は、片方の眉を上げてコルティソ次官を睨む。その表情は、もうすでに不快感を隠すような努力もしていない。


「ええそうです。アメリカを解体して、パナマを含めた周辺諸国と結んでいる不平等条約を全て“消滅”させるとのことです」


 この当時南アメリカの各国は、アメリカから不平等な様々な条約を結ばされていた。その一つがパナマ運河条約だ。


 パナマ運河を作りたかったアメリカは、当時コロンビアの領土だったパナマに義勇軍を送って内戦を起こし独立させたのだ。そして、パナマの憲法に“パナマ運河を永久にアメリカに貸与する”という条文を入れさせた。当時のパナマはアメリカの属国以下の扱いだったのだ。


 史実では、こういった事もあってパナマで反米感情が高まり、将来的にパナマ運河を返還するというハル・アルファロ条約を1936年にアメリカに認めさせたのだ。しかし、この事と、経済的にアメリカから独立しようとするパナマを不快に思ったアメリカは、グアルディア氏を支援してクーデターを起こし、1941年に親米政権を樹立させた。


 今世では、KGBとルルイエ機関による水面下での干渉によって、1941年のクーデターは失敗に終わっている。


「いずれにしても、パナマ運河を破壊するといった血迷った行動を起こさないことを期待します。もし、そのような事をしたら、地位協定にかかわらずその結果に見合う責任を取っていただきます。それとアメリカ軍が降伏してくれないと、我が国の無線やラジオが全く使えなくて困っているのですよ」


 ボーレン司令は、万が一の時にはパナマ運河を完全に破壊するよう指示を受けたとき、パナマとは地位協定があるので訴追されることは無いと安心していた。また、自分だけならなんとか本国に逃げ帰ることが出来るだろうと楽観的に考えていたのだ。しかし先日のミュンヘン裁判では、市民を死亡させたドイツ人将官が死刑に処されたと報道があった。もしパナマ運河を破壊したなら、下流の町に甚大な被害が発生するだろう。溺死者も数万人に及ぶはずだ。そしてアメリカが敗北したなら、間違いなく自分は死刑にされる。いや、死刑ならまだいい。怒りに狂ったパナマ市民に八つ裂きにされる可能性もある。そんな最悪な状況は絶対に避けたいのだ。


 ――――


 数日後


「ボーレン司令!沖合に艦隊です!超大型空母1、正規空母、もしくは揚陸艦3、巡洋艦多数です!」


 パナマのアメリカ陸軍基地の目の前に広がる太平洋には、国籍不明の大艦隊が姿を現していた。水平線ギリギリの場所に停泊しているため国章は確認できないが、日本軍の艦隊であることには間違いないだろう。


「とうとう来たか。戦闘配備だ!準備だけでこちらからは発砲するなよ!連中の出方を待つ!」


 キューバ革命が起こってからアメリカ本国との連絡は完全にたたれており、追加の命令や命令変更は受けていない。パナマ運河の絶対死守と、守り切れない場合の完全破壊命令は生きている。しかし、このパナマに駐留するアメリカ軍には5000名ほどしかいない。P40やP38戦闘機が80機ほど動ける状態だが、とてもまともな戦闘になるとは思えなかった。


 そうであれば、命令通り運河を破壊するしかない。すでに大量の爆薬は仕掛けてあるので、工兵部隊に命令を出せばいいだけだ。しかし、そうすれば、自分自身は間違いなく死刑にされるだろう。


「ボーレン司令!沖合の艦隊から通信です!無線封鎖が一部解除されているようです!」


 通信士は、UHF帯の無線が使えるようになっている事を報告した。そしてその周波数で日本軍が呼びかけてきたのだ。


 ――――


「こちらは大日本帝国海軍第四空母打撃群司令の近藤だ。貴軍に対して降伏を要求する。捕虜としての待遇を保証する。また、フィリピンやハワイでもそうであったように、一ヶ月以内にアメリカ本国への送還を実施する。我々は、誰一人として命を失うことを欲していない。賢明な判断を期待する」


 例え捕虜になったとしても、一ヶ月程度で本国に送還されることは非常に魅力的な提案だ。フィリピンやハワイで捕虜になった米兵も、実際そのほとんどが本国への帰還を果たしているのだ。日本軍の言うことに嘘はないだろう。


「バーナム少佐、どうするのが良いかな?本国の命令はパナマ運河の完全破壊なのだが」


 ボーレン司令は副官のバーナム少佐に意見を求めた。降伏をすれば、本国からの命令違反になる。しかし、パナマ運河の破壊を実行すれば、戦争犯罪人として死刑にされることは間違いないだろう。これほどの重要な決断を一人で下したくなかったのだ。


「はい、司令。本国の命令は徹底抗戦とパナマ運河の破壊です。命令の変更は受けておりません。ここは、陸軍長官とボーレン司令の責任において、命令を実行するべきと愚考いたします」


「えっ?」


 期待していた返答ではなかった。


「いや、その、長官と私の責任において?」


 ボーレン司令は目を丸くして副官のバーナム少佐に顔を向けた。


「はい、この基地の責任者はボーレン司令です。命令を実行する義務と、その結果に対する責任があるかと」


 “こいつ、責任を押しつけて逃げ切るつもりだ“


 ボーレン司令は大きくため息を吐いて、双眼鏡で日本の大艦隊を見る。


「そうだな。この基地の責任者はこの私だ。私の責任において命ずる。降伏だ」



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◆作者よりおりいってのお願い◆


以前から少しずつ書きだめていた


「本能寺から始める異世界天下布武 ~転生した信長は第六天魔王になって異世界に君臨します~」


を公開しています。


https://kakuyomu.jp/works/16818093087661842928


実験的な要素がかなりあるのですが、率直で厳しいご意見をいただければ今後の参考になります。


何とぞ、何とぞよろしくお願いいたします。

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