第244話 蒋介石とルーズベルトの思惑
1940年5月7日
南京にて、大日本帝国駐中華民国大使の本多熊太郎が蒋介石総統に呼び出された。内容も告げられず、当日の14時に総統府に来るようにとのことだった。
※この世界線では、蒋介石は総統を名乗り中華民国を完全掌握している
「今は特に懸案事項もないはず。急な呼び出しとはいったいなんであろうな」
「蒋総統自らお呼びになったと言うことは、抗議等ではないでしょう。なにかしら重大な依頼なのかもしれませんな」
秘書官は大使の問いかけにそう返答するが、どうにも胸騒ぎがしてならなかった。対ソ対独戦争をしているこの局面で、これ以上のやっかいごとはごめんだった。
――――
「本多大使。良く来てくれた。実は他でもない。我が国も“アジア経済連合(AEU)”に加盟しようと思ってな。どうだ。良い話だろう。今年の9月末までには正式加盟したいのだよ」
本多大使は蒋介石からの突然の申し出に目を丸くして驚いてしまう。それも、加盟の打診ではなく、“加盟してやる”というニュアンスでの申し出だ。万が一にも、中華民国の加盟が拒否されるとは考えていないようだった。
「え?しかし、貴国はアメリカとの関わり合いが強いのではないですか?アジア経済連合に加盟申請しても大丈夫なものでしょうか?」
「ああ、だからこそ9月末までなのだよ。11月にはアメリカ大統領選挙がある。ルーズベルト大統領は既に二期務めているから、三期目の出馬はない。次は必ず共和党政権になるだろう。我が国のAEUへの加盟は、アメリカにとっては失点となるはずだ。ならば、今の政権の内にAEUに加盟してしまい、次期大統領にとっては前政権の失策としてやるのだ。どうだ?良い案だろう」
「そ、そうですね。しかし、ルーズベルト大統領は慣例を破って三期目を目指すという憶測もありますし、アメリカと調整をとられてからの方がよろしいのではないでしょうか?もちろん、私個人としては貴国のAEU加盟申請は喜ばしいことです。アジア地域は今以上に発展していくでしょう」
「おお、本多大使もアジア経済の発展に良い影響があると思われるか。確かにアメリカとの結びつきは強いが、我が国はアメリカの属国ではない。どのような舵取りをするかは我が国が決めることなのだよ。それに、アメリカからの見かけ上の投資は増えているのだが、例えば中国国内に工場を作るにしても使う鉄骨や機械は全てアメリカからの輸入で、そこで生産された自動車などの製品は、その全てが中国市場向けなのだ。そして利益のほとんどをアメリカは持って帰ってしまう。我が国の対米貿易はすさまじい貿易赤字になっていて外貨不足は深刻だ。私としては、その現状をどうにかしたいのだよ」
本多大使は確かにその通りだと思う。一部の情報では、外貨不足を補うために、清王朝が残した金塊を密かに国庫に組み入れているという噂もある。
それに、中華民国はアメリカを含め、諸外国と締結している不平等条約の改善もこの世界線では出来ていない。特にアメリカとは、関税自主権も為替相場の決定権もないのだ。一応両国の協議の上となってはいるが、実質アメリカの露骨な都合によって決められている。
「アメリカの工場によってたしかに雇用は増えた。しかし、それでも失業率は40%を越えていて賃金の上昇はほとんど進まない状況だ。さらに、この低賃金労働者と失業者が共産主義者どもの温床になっている。共産党との内戦は全く終わる兆しがない。そして、我が国はアメリカの言いなりになって、内戦のために武器をアメリカから購入するのだよ。ここまでされると、内戦もアメリカが裏で糸を引いているのではないかと疑ってしまうな」
日本は中華民国からは既に手を引いており、直接的な軋轢は存在しない。その代わりに、アメリカの経済進出によって、中国民衆の反米感情は高まってしまっている。確かに雇用は増えているが、そのほとんどは奴隷労働と変わらないような低賃金だ。そして、生産物は国内消費がメインでほとんど輸出されない。こうなってしまっては、中華民国はアメリカの経済植民地と言っても良いだろう。
「蒋総統のお考えは良くわかりました。この件は本国に送り、必ずやアジア地域の発展に繋がるよう尽力いたします」
本多大使は、暗号電にて本国にこの事を送った。外交交渉は準備が整うまで秘密裏に動かなければならない。外務省で使用している暗号は、宇宙軍から提供された暗号化装置によって生成されるようになっている。この暗号は、どんなことをしても解読は不可能で、安心して重要情報のやりとりが出来るようになっていた。
しかし、日本がこの情報を秘匿したとしても、中華民国発の情報はアメリカに筒抜けだった。中華民国政府の中枢にまで、アメリカのスパイは浸透しているのだ。
――――
「なんだと!中華民国がアジア経済連合(AEU)へ加盟を申請だと!そんな事が許されるとでも思っているのか!?」
ホワイトハウスの執務室で、ハル国務長官からの報告にルーズベルト大統領は激怒した。
「大統領。これは蒋介石の明らかな裏切り行為です。我が国とのパートナーシップを捨てて、日本側に付こうとしているのは明らかでしょう。何らかの対策を取らなければ、大統領選挙にも影響しますな」
「蒋介石め!今まで支援してやった恩をわすれよって!ハル国務長官!どうすれば良い?共産党との内戦から手を引くか?そうすれば、蒋介石も我々の必要性を再認識するだろう」
「大統領。中国大陸でこれ以上共産党の勢力を容認するのは得策ではないと考えます。蒋介石にとっては、日本やロシア・満洲が魅力的に見えているのでしょう。AEUの影響力が強くなるのは我が国にとっても好ましいことではありません。蒋介石がAEUに接近することを阻止するのではなく、AEU自体をどうにかする方が良いのではないでしょうか?」
「AEUをどうにかするとはどういうことだ?AEUのGDP合計は我が国の90%にも及ぶのだろう?」
「はい、大統領。経済的にではなく、物理的にAEUを解体するという方法もあるのでは?」
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