第198話 イルクーツク攻防戦(4)
1939年11月23日午前11時
日本軍から爆撃を受けつつも、ソ連軍戦車部隊と歩兵を乗せた車両は前進を続ける。その後ろには、車両に乗りきれなかった大量の歩兵が歩いてついてきている。
――――
「ソ連の戦車部隊は、地雷原に入りましたが進軍を止めません!戦車の前に歩兵を歩かせています!」
U-2偵察機からの映像は、日本軍の想像を超える物だった。
地雷原に突入したソ連軍戦車部隊は、何両もの戦車が破壊され立ち往生をしてしまう。すると、戦車に乗っていた歩兵達が地面に降りて戦車の前を歩き出したのだ。
日本軍がばらまいた地雷は、対戦車地雷とは言っても60kgくらいの重さで起爆するようになっている。ソ連軍は歩兵に地雷を踏ませることによって、地雷処理を行うことを選択した。
戦車の前を歩く歩兵が、地雷を踏んで爆発する。その爆発で周りの数人が一緒に吹き飛ばされるが、そんなことはお構いなしに戦車も歩兵も足を止めない。味方の屍を踏みながら進軍してくる。
最前線にいたソ連軍戦車部隊は、日本軍の爆撃とロケット砲攻撃にてそのほとんどが破壊されていたが、後方から続々と新たな戦車部隊が前進してくる。まるで無限に湧き出る泉のようだった。味方兵の屍で川やクレーターを埋めながら進軍してくるのだ。
「大量のソ連軍歩兵が針葉樹林帯に入っていきます!徒歩で山を越えようとしています!」
正面から迫るソ連軍機甲部隊は、ロケット砲の攻撃によって進軍速度を低下させていた。しかし、後方から進軍してきている歩兵が、中央を避けて針葉樹林帯に入っていくのが確認されたのだ。
その数おおよそ90万の大部隊。
針葉樹林帯は、起伏のある山と谷が連なっており、戦車や車両の通過は出来ない。しかし、歩兵なら通過できなくは無いが、通過してきたとしても小規模なゲリラ部隊であろうとの予測だった。
針葉樹林帯に入ってきたソ連軍歩兵に対して、連装ロケット砲によるクラスター爆弾攻撃が実施された。しかし、昼間に樹林帯に入ってきた歩兵は上空からではほぼ発見できない。その位置を特定するのはほとんど不可能だ。それに、クラスター爆弾の信管は、ほんの少しの衝撃でも爆発するようになっているので、森の木の枝に当たってその多くが爆発してしまった。
「連中が山を越えるのは何時間後だ?」
「はい、このボリショイ・ルクに到達するには、少なくともあと5時間はかかります。しかし、西少佐の戦車連隊の後方へは、おそらくあと1時間もあれば到達します」
「戦車連隊が孤立する可能性があるのか・・・・・。ソ連軍歩兵の正確な場所はわからないのか!?」」
「はい、U-2からの映像からでは、おおよその位置は予測できますが規模まではわかりません!森の木が多すぎます!」
「第13観測所より通信です!ソ連軍歩兵に囲まれて交戦中との事です。敵の規模は不明。撤退の許可を求めています!」
「第13観測所へ撤退を許可する。その他の観測所も、ソ連軍を発見したなら報告の上撤退するように指示を出せ!」
ボリショイ・ルクのまわりにある山林には日本軍の観測所が十数カ所に設置されていた。ソ連軍の動向を把握し、ゲリラ部隊の早期発見をするためのものだ。
もちろん十分なカモフラージュをしているが、何万人もの兵士に押し寄せられてはひとたまりも無かった。
――――
日本陸軍 第13観測所
「くそっ!あいつら、一体何人いるんだよ!?」
観測所の日本兵は、機関銃と擲弾筒で迫り来るソ連軍に攻撃をかけている。ソ連兵は大した抵抗も出来ずにバタバタと斃れていくが、その屍を踏みながら次々にソ連兵が現れる。
しかも、後ろから来るソ連兵は、死んだソ連兵から小銃や手榴弾を回収しながら迫ってくる。よく見ると、ソ連兵の半分くらいは手に何も持っていない。最初から、死亡した兵士から銃を回収することを前提に、総員の半分にしか武器が配られていないのだ。
「撤退の許可が出た!撤退だ!」
第13観測所の日本兵は撤退を開始するが、すでにソ連兵に囲まれており一人も生還することが出来なかった。
――――
「ロケット弾はあと30分で弾切れです!」
クラスター爆弾は既に撃ち尽くしており、今は普通榴弾のロケットを発射している。しかし、森の中で普通榴弾が爆発しても、その爆風や破片は大木によって妨げられ、大した効果を上げていなかった。
――――
「敵の先頭は約1,500mまで迫っています!」
橋頭堡を確保した西少佐率いる戦車連隊の前方に、ロケット弾の弾幕をくぐり抜けてきたソ連軍が迫りつつあった。
「戦車隊は各個の判断で撃て!」
ソ連軍の戦車は、2,000mくらいの所でそのほとんどを撃破することが出来ていた。しかし、破壊された戦車の脇を通って、ソ連軍歩兵が迫って来ている。
西少佐の連隊は、そのソ連歩兵に対してガンタンク(九七式自走高射機関砲)の35mm機関砲水平射撃や、戦車砲による攻撃を仕掛けているが、爆炎の向こうから無限にソ連兵が湧いて出てくる。
九六式主力戦車とガンタンクの搭乗員は、照準器の中で砕け散るソ連兵を見ながら、その心は恐怖に囚われつつあった。
目の前で爆発があり戦友の体が粉々になっていても、それを全く気にすること無く迫ってくるソ連兵は、まるで死人の軍隊のようだった。
「西少佐!一度撤退だ!このままではソ連軍に囲まれる!」
梅津司令から撤退の命令が発せられる。このままでは弾切れになってしまい、戦車連隊が全滅する可能性がある。
まさか、日本陸軍が誇る最新鋭の戦車と対空車両が、ただの歩兵、しかも、総員の半分しか武器を手にしていない歩兵に対して撤退するなど屈辱でしか無いが、あまりにも数が多すぎる。しかも、いくら敵を倒しても、その屍で溝や川を埋めながら迫ってくるのだ。
「ロケット砲連隊は残りの全弾で戦車連隊の撤退を支援しろ!」
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