第196話 イルクーツク攻防戦(2)

「損害を確認しろ!」


 ソ連軍滑走路では、日本軍からの爆撃の後、慌ただしく損害の確認作業が行われていた。11月下旬のシベリアの早朝は、既に氷点下になっており、みな寒さに耐えながらの作業だ。


 午前4時40分


 損害状況がだんだんと判明してくる。


 滑走路脇に駐機してあった航空機は、軒並み爆風にやられて破損していたが、ハンガーの中や少し離れて駐機してあった航空機の損害はほぼ無い。


 しかし、大量に工兵を動員した突貫工事によって作った滑走路には、深さ10m、直径20mほどのクレーターが数十カ所出来ており、とてもではないがすぐに復旧は不可能だった。日本軍は、滑走路の破壊を第一目標にしたようだ。


「これじゃあ離陸が出来ないぞ!」


 すぐに修復に取りかかるが、重機の数も不足しており一日や二日での復旧はどう考えても無理だ。もし、日本軍が地上侵攻してきたら、航空機での支援を行うことが出来ない。ソ連軍は一瞬にして、5,000機の航空機が無力化されてしまった。


 ――――


「滑走路が全て使えないだと!くそっ!復旧を急がせろ!まずいぞ。滑走路を攻撃したと言うことは、それに連動して陸上部隊が動いてくる可能性がある。敵航空機にも警戒だ。砲兵部隊と高射砲部隊に最優先で攻撃の準備をさせろ!全軍戦闘準備!」


 司令のジューコフは、日本軍の陸上部隊が進軍を開始するだろうと予測する。滑走路が使えない今こそ、総攻撃には絶好のタイミングだ。日本軍なら必ず動くはずだ。


 ――――


日本軍 第一方面軍野戦司令本部


地面を掘り地下10メートルに設営された司令本部では、30人ほどの司令部要員がパソコンと向かい合っている。


「梅津司令、滑走路の破壊に成功です。しばらく敵航空機は動けないと思われます」


 別の要員からも報告が上がる。


「敵陣地に動きがあります。砲兵部隊と高射砲部隊が射撃の準備をしています」


 司令の梅津はその報告を聞いてニヤリと口角を上げる。


 陸軍では、敵陣偵察のために宇宙軍から提供された“宇二型偵察機”を運用していた。通称は“U-2”だ。


 翼幅29mもある大型の機体だが、非常に軽量に作られている。排気タービン付きの星型ガソリンエンジンを二基搭載した双発プロペラ機だ。そして、最高速度は時速260kmほどと低速だが、高度16,000mまで上昇することができる。


 U-2偵察機は、音も無くソ連軍陣地を上空から赤外線撮影し、リアルタイムで司令部に送信していたのだ。


 そして、宇宙軍から事前に提供されている非常に精巧な地図と航空写真によって、敵陣地の経緯度を0.1秒角(約8m)の単位で特定することができる。


「よし、ロケット砲兵連隊に連絡だ。敵砲兵部隊と高射砲部隊へ攻撃開始!」


 ロケット砲兵連隊は命令を受けて攻撃を開始する。ボリショイ・ルク陣地の後方10kmほどの場所に布陣した180両のロケット砲が一斉に火を噴いた。


 ノモンハン陣地の攻撃でもロケット砲は使用されたが、ECMによって無線を妨害し、生存していたソ連兵とモンゴル兵の全てを捕虜にしたので、このロケット砲の情報はまだ漏洩していないはずだった。今ならこのロケット砲に対してソ連軍は無防備だ。


「次弾装填急げ!」


 1両6発のロケットが発射されて、すぐにユニット交換をして再度発射する。砲兵連隊の兵士は皆ガスマスクとゴーグルをしている。そうしないとロケットの有毒ガスで肺と目をやられてしまうのだ。


 ここボリショイ・ルクには十分に物資の搬入がされていて、砲身さえもてば半日もの間連続発射が出来る。


 180両のロケット砲車両から、一度に合計1,080発のロケット弾が発射された。そのロケット弾は目標の200m上空で炸裂し、一つのロケットから518個のクラスター爆弾をばらまくのだ。ソ連軍砲兵陣地と高射砲陣地には、5分間に559,440個の擲弾が、30分にわたって投射された。そこは、阿鼻叫喚の地獄と化していた。


 司令の梅津は、ソ連軍は滑走路を攻撃されたなら必ず野戦砲と高射砲の準備をすると考えていた。そのタイミングを待っていたのだ。


 野戦砲や高射砲の上には、爆撃を遮る物は何もない。しかも、攻撃命令が出ていれば兵士達はその場を離れることも出来ない。この状況のソ連兵は、ロケット砲にとって格好の的だった。


 ――――


「敵の野戦砲による攻撃です!砲兵陣地と高射砲陣地に甚大な損害が出ています!」


「なんだと!敵の最前線から砲兵陣地まで30kmはあるはずだ!そんな長距離の砲撃が出来るのか!?」


 当時の野戦砲の最大射程は、150mm砲で20kmが限界だった。30km離れた所から砲撃されることなど、常識ではあり得ない。


「バイカル湖に戦艦でも運び込んだのか!?それとも列車砲?」


 ジューコフの驚きも無理は無い。30kmの射程のある砲など、それこそ重巡か戦艦の大口径砲もしくは列車砲以外には考えられなかった。しかし、戦艦の連装砲ならともかく、列車砲であればせいぜい数門しか揃えられないはずだ。それに、戦艦と違って弾の装填にも時間がかかる。こんなにも大規模な攻撃が出来るなど考えられなかった。


 日本軍が前進してきたなら、野戦砲でその出鼻をくじくという作戦は早速つまずいてしまった。


「くそっ!日本軍が谷を抜けてきたら戦車と歩兵を突撃させるしか無いな・・・」


 ジューコフは参謀を集め、すぐに作戦の修正を行う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る