第195話 イルクーツク攻防戦(1)
1939年11月23日午前2時30分
チタ近郊に整備された1800m滑走路に、九七式戦闘攻撃機『隼』60機が、大型爆弾を2発翼下に取り付けて待機している。
チタからイルクーツクまでは650kmあるので、『隼』か大型爆撃機でないと爆装しての往復は出来ない。
「こちらタキシードサム(加藤隊のコールサイン)、これより離陸する」
加藤少佐(11月1日付けで少佐に昇進)はスロットルをAB(アフターバーナー)の位置に押し上げ、離陸を開始した。今回は、バイカリスクから飛び立つ九八式重爆撃機90機との合同作戦だ。イルクーツク周辺に作られた10カ所に及ぶソ連軍滑走路を、爆撃し無力化する。
翼下に懸架されているのは、炸薬量260kg総重量2tの地中貫通爆弾2発だ。この爆弾は地表から5mほど地中に潜った後に爆発を起こす。そして、最大20mのクレーターを作ることが出来るのだ。
丁度、月の沈む時間を待ってからの攻撃だ。高射砲の届かない高度13,000mからの精密爆撃を行う。何度かこの九七式戦闘攻撃機『隼』での出撃があったが、全て夜間の精密爆撃任務だった。このジェット戦闘機は最高機密なので仕方の無い事なのだが、加藤にとってはやはり敵戦闘機との空中戦をしてみたかった。
「ま、贅沢な悩みだな」
そんなことを思いながら、イルクーツク方面を目指す。
――――
ソ連軍 イルクーツク東部方面軍司令部
午前3時
ウオオオォォォォン
司令部にけたたましいサイレン音が鳴り響く。
「敵機のエンジン音です!南東の方角からです!」
「ついに来たか!高射砲連隊、対空砲連隊、応射を開始しろ!航空隊へも連絡だ!」
イルクーツク周辺に集結しているソ連軍全部隊に連絡が行き渡る。無線は妨害されることがわかっているので、全て有線電話を敷設した。これなら、電話線を爆撃されない限り無効化は出来ないはずだ。
140万の兵士は、対空部隊以外塹壕やトーチカに身を隠す。月も出ていない真っ暗闇だ。空に向かって小銃を放っても無意味であることは誰もが理解している。しかし、何も出来ずに塹壕に隠れるだけなのが悔しかった。
航空隊の滑走路は、イルクーツクから80kmほど北西にある。イルクーツクで敵を発見したなら、敵が滑走路に到達するまで10分はかかるはずだ。それだけの時間があれば、十分に対応ができる。
地上からは300以上のサーチライトの光りの筋が上空に向かって伸びている。しかし、日本軍機をなかなか見つけることは出来ない。サーチライトを操作しているソ連兵は、焦りを覚えつつ必死で空を見上げ日本軍機を探している。
「日本軍からの爆撃が無いだと?どういうことだ!」
「はい、同志ジューコフ。敵のエンジン音は東から北側に移動したので、このイルクーツクを迂回して、後方にある滑走路を目指していると思われます」
「くそっ!なんとか撃退してくれよ!」
ジューコフは滑走路守備隊の健闘を祈ることしか出来なかった。
――――
「もうすぐ目標の滑走路だ。高度を落とすなよ。9,000mを切ると高射砲にやられるぞ」
加藤少佐は大隊の隊員に注意を促す。下方からはサーチライトの光線が数百も見えて、盛大に歓迎されているのがわかる。そして、遙か下方で発砲炎が見え始めた。
ソ連軍高射砲の発砲炎は数百カ所にもおよび、止めどなく高射砲が放たれている。そしてしばらくすると、3,000mほど下方で高射砲弾が爆発を始めた。
サーチライトと爆炎が織りなす光りのセレモニーは、どこか幻想的でもあった。
「爆撃開始」
加藤少佐は無線で発信し、爆撃を開始した。13,000mからの自由落下による爆撃は、着弾するまで1分以上かかる。
投下された地中貫通爆弾は、低速で飛行する爆撃機からのレーザー誘導によって、ソ連軍滑走路に向けて落下していく。
10カ所あるソ連軍飛行場に対して、1カ所当たり48発の地中貫通爆弾が投下された。
――――
ソ連軍滑走路守備隊は、日本軍機のエンジン音を確認してサーチライトを照らす。しかし、高度13,000mを飛行する日本軍機を見つけることはなかなか出来なかった。それでも、この滑走路が狙われていることはわかっていたので、ありったけの高射砲弾を撃ち始める。
「くそっ!敵の位置がわからないんじゃ、どれだけ撃っても効果はほとんど無いな!」
高射砲連隊のバベンコ少佐は、見えない高空から爆撃ができる日本軍に対して“うらやましい”という感慨を持っていた。不思議と恐怖感は無い。
我が軍の爆撃機は、爆装していればせいぜい7,000mほどしか上昇できない。何度か日本軍に対して爆撃を敢行したが、戦果はわずかで、そのほとんどが撃墜されているらしい。
バベンコ少佐は、若い頃はエンジン技術者を目指していた。しかし、ロシア革命やその後の混乱で、とてもではないが大学で学ぶことなど出来なかったのだ。
バベンコ少佐は思う。
“革命なんかなければ、もっと強い国になっていたのに!”
しかし内心では思っていても、間違っても口に出すことは出来ない。ちょっとした愚痴をこぼして、翌日には居なくなっていた上官や同僚を何人も知っている。
バベンコ少佐は、やはり、今のソ連は間違っていると思っていた。
ドッゴーーーーーン!
200mほど離れた滑走路から、連続してすさまじい爆発が発生した。バベンコ少佐の頭上にも、大量の土砂が降り注ぐ。
「なんて爆発だ!」
そんな大爆発が数十回連続で発生した後は、日本軍からの攻撃は行われなかった。そして、しばらく高射砲を撃ち続けたが、もう日本軍からの攻撃は無いと判断し、射撃を中止した。
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