第183話 バトル・オブ・ブリテン(9)
「よし!次は対空戦闘だ!全艦全砲門、全自動射撃開始!敵はまだ1,500機以上残っている!気を抜くなよ!」
山口多聞は艦隊に命令を出す。
艦橋にいる兵士達は、ヘルメットに装着されたインカムで何かしらのやりとりを行っている。その表情は真剣そのものだ。
「ジョンソン大佐。先ほどの攻撃で800機以上を撃墜できました。残りの約1,500機が接近しております。艦橋だと被弾の可能性もあります。下の防御区画に移られますか?」
「あ、い、いえ、最後までここで観戦させて下さい。それが私の任務でもあります」
ジョンソン大佐は、山口の言った言葉を理解するのに少し時間がかかってしまった。
“さっきの攻撃で800機を撃墜したのか・・・”
何故かうわの空というか人ごとのように聞こえてしまった。すこし頭がぼーっとする。そして、800機と聞いて何故かデジャヴに襲われた。そういえば、戦闘機隊の攻撃でも800機と言ってはいなかったか?今聞いたのは戦闘機隊の話だったっけ?それとも対空ミサイル?
どうやら頭が混乱しているようだ。ジョンソン大佐は落ち着いて山口の話を思い出す。戦闘機隊で800機を撃退したと聞いた。これは間違いない。そして、さっき800機以上を撃墜と聞いた。すると、この20分ほどの間に1,600機のドイツ軍機を撃墜したのか?
山口少将は合計で1,600機を撃墜したとこともなげに言ったが、ジョンソン大佐は少し冷静になって考える。絶対に何かおかしい。
我がイギリス軍の航空戦力は、現時点で3,000機ちょっとのはずだ。その中にはグラディエーターやソードフィッシュなどの複葉機も入っている。スピットファイアやハリケーンなどの新鋭機だけだともっと少ない。
ということは、この山口艦隊はその気になればイギリス軍航空戦力のほとんどを撃破できるという事だ。
7年前の黒海でリットン卿が言った言葉が思い出される。
「日本の艦隊には航空機は一切近づけず、主砲の打ち合いになったら初弾で当ててくる。もうこれは戦争にならないのではないか?」
まさにリットン卿の予言の通りになってしまった。ドイツ軍の3,000機もの航空機は既に半数が失われている。これは紛れもない現実だ。
今はイギリスと日本は国連軍という繋がりがあるが、もし敵対するような事になればイギリスはあっという間に滅ぼされてしまうだろう。ジョンソン大佐は背筋に冷たい物を感じた。
そんな事を思っていると、周りの巡洋艦から発砲が始まった。さっきのミサイルと違って、この赤城の艦橋にも発砲音が聞こえてくる。軽巡には127mm単装砲が一門、重巡には20cm単装砲と127mm単装砲がそれぞれ一門ずつ装備されている。その艦砲が一斉に射撃を開始した。
ジョンソンは一番近い巡洋艦の艦砲を双眼鏡で見る。発砲間隔を計ってみると2.5秒で一発を発射している。
黒海で見たときも何という速さだと思ったが、改めてその装填速度に驚愕する。イギリス軍でも自動装填装置の開発は進んでいるが、その構造上、連装砲や三連装砲への導入が難しく、とはいえ、巡洋艦の15cm砲や10cm砲を単装砲にするには、現状の命中率からだと現実的では無いという理由で導入が進んでいない。
レーダー統制射撃は20mm四連装砲での実用化が出来てはいるが、あれは4門の20mm砲で、合計毎分2,000発を撃てるからである。
15cm砲や10cm砲で航空機相手にレーダー統制射撃を行うには、やはり近接信管の開発が必須だとジョンソン大佐は考えていた。アメリカでも研究中という事だったが、やはり、発射の加速度に耐える事ができる真空管の開発がネックとなっている。
“日本軍は近接信管を実用化しているのだろうか?”
山口少将からそれについての言及は無かったが、対空ミサイルには近接信管が搭載されているのだろうとは思っていた。ミサイルは敵機を自動追尾するので、その為の電子部品が入っている。それなら近接信管の搭載も出来るだろう。しかし、砲弾ではそう簡単に搭載できない。現在の電子部品は、発射の衝撃に耐える事が出来ないのだ。
――――
自分たちの後ろを飛んでいた爆撃機隊は、そのほとんどが撃墜されてしまった。
シェルマン少尉は水面に浮かぶ友軍機の残骸を見る。
機銃で撃たれるのと違い、ロケット弾の炸薬で大爆発を起こして粉々になってしまった。あれでは、とてもではないが脱出の時間も無かっただろう。
無線が使えないので、正確な被害状況は解らないが、感覚的には既に半数がやられているような気がする。
そして、中隊の中で一番仲の良かったビューロー少尉の機も爆散してしまった。本当に多くの戦友が散っていった。
シェルマン少尉は計器板に嵌めてある懐中時計に目をやる。ベルギーの基地を離陸してから、まだ30分ほどしか経過していない。本当にこれがたった30分で起こってしまった現実なのかと思う。
ほんの30分ほど前、ビューロー少尉と軽口を交わしてそれぞれの機に乗り込んだ。撃墜機数の少なかった方が、今日のビールを奢るという約束もした。だれも、今日の大勝利を疑っていなかった。
だが現実はどうだ?出撃した兵士の多くは、今日死んでしまうなど露程も思っていなかっただろう。もちろん自分自身もそうだった。だが、それはとんでもなく甘い見通しだった。
日本海軍は“リヴァイアサン”なのか?そんな思いが頭をよぎる。
しかし、我々は日本軍の戦闘機からの攻撃も、驚異的なロケットによる攻撃も凌いだ。フランスとオランダから出撃した部隊を中心に、まだ1,500機以上の戦力がこちらには残っているはずだ。
ロケット弾の攻撃も止まっているので、今度こそ本当に弾切れなのだろう。あとは巡洋艦の高角砲だけが脅威だが、たかだか20隻程度で空母を守り切れるはずがない。
どんなに犠牲を払ったとしても、日本軍の空母を沈めてしまえば、この北海での活動を大幅に制限できる。我がドイツ帝国が、ヨーロッパを支配できるかどうかがこの戦いにかかっている。まさに、この戦いが“カンナエの戦い”なのだ。
※カンナエの戦い 紀元前216年に発生した、ローマとカルタゴとの戦い。この決戦でカルタゴは大勝利をあげる。日本の“天王山”と同じ意味
シェルマン少尉は前方の日本艦隊をにらみつける。空戦をしたため燃料が残り少ないが、できうる限り爆撃機隊を護衛し、できるなら空母に対して機銃掃射をしてやろう。そんな事を思っていると、巡洋艦から発砲炎が見えた。
「この距離で当たるものか!」
日本艦隊との距離はおおよそ7,000mほどに近づいた。弾幕を張って我々の接近を妨害したいのだろうが、その程度の砲撃で進軍が止まる事などあり得ない。我々は1,500機もいるのだ!
ドーン!ドーン!
「えっ?」
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