第137話 ノモンハン事件(2)

 

 「突撃だ!今日こそ日本軍塹壕を突破するぞ!」


 ソ連軍戦車中隊は30両のT-28を紡錘陣形にして突貫を始めた。その後ろからはBT戦車や歩兵が随伴してきている。装甲の厚いT-28を前面に押し出し、高い攻撃密度で戦線の突破を図る計画だ。


 日本軍の戦車はそれほど脅威では無い。それよりも、防塁から撃ってくる37mm対戦車砲(九四式三十七粍砲)の方が脅威だった。


 T-28は日本軍の塹壕と防塁に向けて砲撃をしながら前進してくる。走行間射撃なので命中することはほとんど無いが、塹壕の近くで榴弾が爆発していれば、頭を出して反撃することも困難だ。ソ連軍陣地からの榴弾砲の砲撃支援もあり、日本軍は満足な反撃が出来ていない。


「よし!今日こそ突破できる!」


 6月まで司令官をしていた前任のニコライ・フェクレンコは、日本軍を撃破できないことの責任を取らされて粛正された。しかし、徐々に優勢になりつつあるが、日本軍の撃破には至っていない。フェクレンコの代わりに来たジューコフも、いつ粛正されてもおかしくない状態だ。そして、戦車中隊の指揮官である自分自身の立場も危うい。


 今回の作戦は、一度に合計60両もの車両を投入した突貫だ。これなら突破できるとの確信があった。


 しかしその時、先頭を走るT-28の砲塔のハッチが突然吹き飛び、そこから爆炎が上がって停止した。そして隣のT-28も同じように爆炎が上がる。


「なんだ!?何が起こっている!?」


「敵の戦車砲です!狙い撃ちにされています!」


「何だと!日本軍の塹壕までまだ1,000m以上あるぞ!」


 紡錘陣形の中心で部隊の全容を把握できる位置に居る指揮車両からは、次々に爆発していく友軍戦車が見えた。しかし、突撃をしている戦車からは隣の戦車の状況など見えない。砲塔から頭を出さないと、戦車の視界は極端に制限されているのだ。


 友軍戦車は状況も判らないまま突進し、次々に撃破されていく。


 紡錘陣形を構成していたT-28は7割方が撃破されてしまった。この日の突撃のために、血反吐を吐くくらい訓練をして来た。目をつむってもこの紡錘陣形で突撃ができるくらいになっている。そして60両もの戦車を集中投入しての突貫だ。これが失敗することなどあり得ない。


 しかし、味方車両は為す術も無く爆発していく。爆発炎上する戦車から生還できる確率は非常に低い。撃破された車両からは火だるまになった戦車兵が何人も這い出してきているが、あれだけの火傷を負っていれば、数日苦しんだあげくに死亡する。


 隊長の目には絶望しか映っていなかった。


 ――――


 日本軍の塹壕より100m後ろ。戦車壕の中に車体を隠した九七式中戦車改一と改二がソ連軍の戦車を睨んでいた。


「慌てず正確に狙え。敵は無警戒にまっすぐ突進してきている。この九七式改の力を見せてやれ」


 九七式改の中で、西少佐は砲手に指示を出す。西少佐が指揮する戦車連隊の練度は高い。九七式改の性能を最大限引き出すことができるように血の滲むような訓練をしてきた。彼らは2,000mの距離でもほぼ100%の命中率を出すに至っている。


「敵戦車との距離1,300m。砲撃開始!」


 九七式改一12両と改二10両が一斉に火を噴く。訓練に訓練を重ねた砲手が、まっすぐ向かってきている的を外すわけが無い。47mm砲弾と35mm砲弾は次々にソ連軍戦車に命中し撃破していった。


 それを見ていた塹壕の日本兵は大声で歓声を上げる。このノモンハンで初めて地上戦で大勝利を上げた瞬間だった。


 この日、ソ連軍戦車大隊は壊滅的な損害を出して撤退する。


 ――――


「戦車中隊が全滅とはどういうことだ。何が起こったか分析を急げ」


「はい、同志ジューコフ。現時点では、40から50mm程度の新型対戦車砲にやられたのではないかと言うことです」


「今までの37mmより強力な砲を投入してきたと言うことか?」


「証言によれば、戦車壕から砲塔だけ見えたとのことです。対戦車砲ではなく、新型の砲を搭載した戦車が潜んでいる可能性が高いと思われます。しかも、1,000m以上の距離にも関わらず、すさまじい命中率だったとの報告があります」


「日本軍の新兵器か・・・。やっかいだな。やはり、例の新型戦車を投入するか・・・」


 8月初旬


 ソ連軍は地上戦を避けるようになり、攻撃を上空からの爆撃に切り替えた。


 これに対し日本軍は、九七式戦闘機を投入し応戦にあたる。


 5月から始まったノモンハン事件は、当初航空優勢が日本にあり、ソ連軍は地上戦に主力を移したという経緯があった。


 そして、日本の新型戦車投入によって、地上戦で主導権が握れなくなったため、ソ連軍は増強した航空部隊を投入してきたのだ。


 新型エンジンと防弾鋼板で強化されたI-16戦闘機は、九七式戦闘機にとって強敵だった。運動性は九七式戦闘機の方が良いが、I-16は高速を生かした一撃離脱戦法で日本軍機を苦しめる。


 当時の爆撃精度は低く地上部隊に目立った損害は出ていないが、それでも徐々に損害が蓄積されていた。日本軍航空隊は奮戦していたが、それでも8月以降は日本軍機の損害が目立ってきている。


 さらにソ連軍は、開発されたばかりのT-34中戦車を投入してきた。避弾経始を計算した45mm装甲は、九七式中戦車改を持ってしても撃破が難しく、T-34の76.2mm砲は九七式中戦車改の装甲を撃ち抜くことができた。


 日本軍の地上戦での有利も覆されつつあった。

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