第135話 平和の終わり(2)

「ドイツは東方生存圏を求めて、おそらくポーランドに侵攻すると思われます。このポーランド侵攻に関しては、英仏も座して見守ることは無いでしょう。おそらく、宣戦布告などの対抗措置を執らざるを得ないと考えます」


「しかし、もし、それでも英仏が動かなかった場合はどうする?」


「はい、陛下。日本も現在国連常任理事国という重責を担っております。英仏が動かない場合、日本だけでもドイツに対して宣戦を布告し、世界の平和と安全を守るべきと存じます。それに、ドイツはユダヤ人とスラブ人の抹殺を企てております。ポーランドがドイツに支配されてしまっては、そこで大量虐殺が起きかねません」


※当時の国連憲章には、15条から20条にかけて、加盟国への侵略に対しては経済制裁(経済封鎖)と軍事的協力を行うことが定められていた。また、国連決議によって、軍事的な制裁を加えることができた。


「たしかにな。国連常任理事国としての責務か。しかし、アメリカが欧州の戦争に首を突っ込まない理由もわかるな。遠い他国のために、自国の若者を戦争になど送りたくは無いものだ」


「はい、陛下。しかし、今回ばかりは放っておくことは出来ません。ソ連は帝政ロシア時代の領土回復という野望の為に、ポーランドに東側から侵攻してくると思います。これを放置して何もしなければ、全世界で数千万から一億人もの人命が失われるでしょう」


「そうだな。それに、日本が率先して動けば英仏も追従する可能性も高くなるか」


「はい、おっしゃるとおりです。ドイツとソ連がポーランドに侵攻した場合、すぐに両国に対して宣戦布告し、主要拠点を抑える準備をしておく必要があります」


 高城蒼龍は、天皇に戦争計画を説明していく。


「ソ連と開戦となれば、まず、日本近海のソ連潜水艦を全て撃沈し、そしてウラジオストクの艦船も破壊します」


「戦闘能力を奪ってウラジオストクのソ連軍に降伏勧告をするのか?」


「はい、陛下。降伏勧告は致しますが、おそらくソ連軍は降伏しないでしょう。ソ連軍の各部隊には“政治将校”が配属されています。彼らは撤退や降伏を認めるようなことはしないはずです」


「しかし、市街戦で制圧をするとなると、かなりの損害を覚悟せねばならないのではないか?」


「はい、その通りです。ですので、ウラジオストクの戦闘能力を奪った後は、放置します」


「放置か?すると、攻略目標をすぐ次に移すのだな」


「はい。ソ連の潜水艦と艦艇を全て沈めれば、ウラジオストクの価値はなくなります。そして、ウラジオストク攻撃と同時に、清帝国の満洲里からシベリア鉄道のザバイカル線沿いに侵攻を開始し、1日でチタを攻略、1週間以内にイルクーツクまで落とします」


 ※満州鉄道は満洲里でシベリア鉄道に接続している。


「なるほど。まさに電撃作戦だな」


「はい、この作戦の第一段階は時間との闘いになります。ソ連に反撃の時間を与えず、イルクーツクに拠点を構築して空港を接収、ジェット機の運用が出来るように拡張工事を行います」


「おお、ここで陸軍工兵部隊が活躍するわけだな」


「はい、広大なシベリアを攻略するためには工兵部隊と兵站が欠かせません。おそらく、ソ連軍はゲリラ戦術で我が軍が掌握した鉄道の破壊を行うでしょう。もし破壊されても、数時間で復旧できるだけの工作機械と資材を準備しているので、陸軍工兵部隊が大活躍することになります」


「そうか、頼もしいな」


「しかし、清帝国の満洲里からモスクワまで、直線距離で5,000km以上あります。ここを陸軍主体の部隊で攻略するので、そうとう困難な作戦になると思います」


「シベリアは広大だな・・・、かなりの損害を覚悟しなければならないか・・・。西側からモスクワを目指すことはできないのか?」


「はい、陛下。ドイツと敵対する以上、ベルク海峡の通過が出来ないので、西側からの攻略は不可能です。黒海も、トルコが日本側に立って参戦してくれれば良いのですが、中立を表明された場合ボスポラス海峡の通過が出来ないため、黒海経由からも不可能です」


 史実でも、トルコはイギリスからの参戦要請に対して、最後まで首を縦に振らなかった。おそらく今世でも同じだろうと蒼龍は思う。


「そうか、簡単にはいかないのだな」


「はい。もしドイツが敵対していなかったとしても、海軍の艦艇だけでモスクワを攻略するだけの陸上兵力の輸送はかなり困難です。やはり、東側からシベリア鉄道の輸送力を活用した作戦が良いかと存じます」


 この作戦の裁可を頂き、具体的な詳細は陸海軍と検討することになる。


「学習院に入学してから、もう30年か・・・。刻が経つのは早いものだな。しかし、高城君は昔と変わらないね。どうみても20代後半くらいに見えるよ」


「はい、陛下。光陰矢のごとしとはよく言ったものです。若く見えるのは、若作りをしているせいですよ」


「高城君の小説を夢中で読んだあの頃が懐かしい。この戦いに勝利すれば、世界は平和と繁栄を手にすることができるのだな・・・・・」


「はい。あともう少しです。もう少しで、世界から共産主義とファシズムを駆逐し、平和と繁栄を手にすることができるでしょう」


「うむ。そういえば、例の件はもうそろそろか?」


「はい。あと3分ほどで連絡が入ると思います」


 高城蒼龍は立ち上がり、魔法瓶に入っているお湯で、ダージリンティーを入れ直す。


「どうぞ、陛下」


「ありがとう」


 ピロロロン、ピロロロン


 高城蒼龍が持つ小型受信機のベルが鳴った。これは、宇宙軍本部からの電波を受信して、テキストメッセージを表示する受信機だ。こちらからの発信は出来ないが、メッセージの受信が出来る。


 “トビラハ、ヒラカレタ”


「陛下。どうやら成功のようです」


「そうか・・・・。ついに、我々はそれを手にしてしまったのだな・・・」


 二人の表情に喜びはなかった。


 ――――


 東南アジアや西太平洋に設置された地震計は、その日、奇妙な地震を検知した。発生は南沙諸島、震源の深さは2km以内の極浅で余震も無かった。


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