第129話 九六式主力戦車
<1936年11月>
九六式主力戦車(六試主力戦車)の先行量産型六両が、北樺太のロシアに搬入された。
C4Iシステムのソフトウェアが完成していないので、各車両同士の連携は完全ではないが、単独での射撃統制システムは動作するようになっている。
冬のシベリアを想定して、ここ北樺太で極寒での試験を2月まで実施する予定だ。
「ねえ勝巳。私、この戦車に乗りたい!」
「え、アナスタシア・・、それ本気?」
アナスタシアは、天性のお転婆ぶりを久しぶりに発揮していた。
「もちろん本気よ!私の戦闘服を用意して!」
「いや、危ないって!ダメだよ!」
「なによっ!私乗りたいのよ!絶対乗るんだからね!」
「アナスタシア!ダメだって!もう、自分の“歳(とし)”考えろよ!」
「・・・勝巳・・・、今、何て言った?」
「えっ・・・いえ・・・な、何も言ってません!」
「私はねっ!気持ちだけは二十歳(はたち)なの!永遠の二十歳なのよッ!これは勅命よ!私を永遠の二十歳だと思いなさいっ!」
「アナスタシア、勅命は内閣の承認が無いと出せないんだよ!知ってるだろ!」
「細かいこと言ってんじゃないわよ!乗るって言ったら乗るの!」
こうなったアナスタシアは、もう誰にも止められない。有馬勝巳はアナスタシアに押し切られて、一緒に乗ることになった。
車長をアナスタシアが務め、砲手を有馬勝巳、操縦手はロシア陸軍の女性士官を抜擢した。
「敵戦車八両発見!距離3,000!APFSDS弾発射!」
アナスタシアが大声で叫ぶ。まるで水を得た魚のごとくノリノリだった。アナスタシアと有馬は、もう五日間連続で訓練をしている。
ディスプレイには、白黒の赤外線映像に八両のダミー標的が映し出されている。
「敵戦車補足!APFSDS弾発射!」
有馬は復唱し、H型ハンドルで砲身を敵戦車に向け、大型ディスプレイのタッチパネルで敵戦車を指定していく。八両全てロックオン出来たことを確認し、ハンドルの主砲発射ボタンを押した。
ドーン!
砲塔内に激しい発射音が反響し、砲身が反動で後ろに下がる。そしてすぐに次弾が自動装填される。九六式主力戦車の105mm砲は焼尽薬莢を使用しているので、排莢の必要が無い。※厳密には、弾底部のみ排出される。
次弾が装填されたことを確認して発射ボタンを押す。射撃間隔は4.5秒だ。そして、攻撃開始から約30秒で、全ての的を破壊した。
「次は行進間射撃よ!40km/hで前進しながら10時の方向の敵四両を撃破する!弾種APFSDS弾!」
「10時の方向、敵四両、APFSDS弾発射!」
有馬はアナスタシアの指示に従って攻撃を開始する。時速40kmで走行しながら砲身を向け発射する姿は、車体は上下に揺れているのに、砲身だけ時間が止まったかのように全く動いていない。それは異様な光景だった。
「全弾命中!」
――――
アナスタシア達は訓練を終えて天幕に帰ってくる。外はもう氷点下だ。
天幕には厳冬期試験の為に来ている、日本陸軍の秩父宮中佐(天皇の弟宮)、西竹一大尉らが居た。
「すさまじい命中率ですね。これが現実なのかと、我が目を疑います」
通常、砲手に求められるのは精密な照準能力だ。測距儀で距離を迅速に測定し、照準器を覗きながらレチクルで微調整して発射。それでも、2,000mでの命中率は40%ほどしかない。それも、相手も自身も停止していての話だ。
それが、相手も自身も動いていながら3,000mでほぼ100%の命中率を叩き出す。しかも、砲手は照準を合わせる必要が無い。ディスプレイに表示された敵戦車を指で押さえるだけなのだ。
防御力に関しては、実際に弾を当てるわけには行かないのでなんとも言えないが、今まで見たことのあるどんな戦車よりも巨大で洗練されたその姿は、強力な防御力のあることを容易に想像させた。
「1937年3月までは月産10両ほどですが、12月には工場も増設して月産80両を目標にしています」
「北樺太(ロシア)でも4月からノックダウン生産が始まります。それを併せると来年の12月には月産100両ですね」
「はい、皇帝陛下のご協力には感謝いたします。日露で生産体制を強化し、“万が一”に備える事ができればと思っております」
「スペイン内戦ではドイツとソ連の新型戦車が確認されていると聞きます。特にソ連は極東の軍備も拡充してきつつあり、日本海軍の近づけない冬期に侵略されると、現有の陸軍兵力だけでは防衛が難しいかも知れません。我がロシアにとっても、陸軍の強化は喫緊の課題です」
完成した九六式主力戦車は、優先的にロシア帝国陸軍と、ロシア駐留日本陸軍に配備されることが決まっている。もちろん一部にしか公開されない極秘事項だ。
ソ連がすぐに暴発することは無いと思うが、万が一、史実の1939年ポーランド侵攻の前に暴発するとすれば、この北樺太への侵攻が最有力とされる。常に侵攻には備えておかねばならない。
「皇帝陛下。万が一、ソ連と開戦したときには戦車で御親征されるのですか?」
※親征とは、皇帝自らが戦地に赴いて指揮をすること
「もちろんですわ。私は、共産主義者に虐げられている国民の為にも、そして、お姉様やアレクセイの為にも先陣を切りたいのです。これだけは譲ることはできません」
アナスタシアのその瞳には、愛する国民の為に戦うという決意が燃えていた。
そして二週間後、有馬公爵に対して”皇帝を永遠の二十歳だと思うこと”という勅命が、閣議決定された。
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