第84話 再会

「レ、レディー安馬野・・私の聞き間違いだったかな・・・」


 リットン卿が顔を引きつらせながら話しかける。


「ちょ、ちょっと来なさい!」


 セルゲエンコヴァ少佐は安馬野の腕を引っ張って煙突の陰まで行く。なにか説教をしているようだった。


「失礼しました。安馬野少尉は、突然の再会に気が動転してしまったようです」


 セルゲエンコヴァ少佐は苦しい言い訳をする。


 ―――


「そうでしたか。しかし、安馬野少尉があの“ソニック・ヴァルキリー”でしたか。あの時はイギリス中が興奮したんですよ。まさに音速の女神が降臨したと」


 リットン卿は英国紳士のたしなみとして、リップサービスも忘れない。


 その横でジョンソンは、何故かもじもじしていた。


 ――――


 イギリスが参加した場合、何が必要かを話し合った後、リットン卿は本国を必ず動かすと約束をする。


「イギリスからも輸送船と飛行艇を派遣いたします。私のこの爵位に賭けて、必ず本国を説得いたしましょう」


 もちろん本国を説得するつもりだが、万が一説得に失敗してもリットン卿は爵位を捨てるつもりはない。英国紳士の三枚舌は伊達では無いのだ。


「ご協力に感謝いたします。ぜひ、貴国をはじめ、世界中の国々が協力していただけるよう、お力添えをお願いいたします」


「大船に乗ったつもりでお待ち下さい。ところで、このジョンソン少佐がこの船について少々質問がしたいそうなのですが、よろしいでしょうか?」


「そうですね。せっかくご協力をいただけることですし、軍機に関わる事は言えませんがそれ以外なら・・」


 その言葉に感謝し、ジョンソンは質問を始める。


「ありがとうございます。それでは、艦橋の上にある白いドームの中は、どうなっているのですか?」


 直球できたな・・・。


「それは軍機につきお答えできません」


「そうですか。あの中には新型の測距儀がはいっているのですね。瞬時で敵との距離と方角、そして速度も計測できる物ですね。最近、日本で開発されたと聞いていましたが、もう搭載された艦があったのですね」


 セルゲエンコヴァ少佐と安馬野少尉は、その言葉を聞いて表情がこわばった。その表情の変化をジョンソンは逃さない。


 もちろん、ジョンソンは何の情報も持ってはいない。“カマ”をかけたのだ。こういった駆け引きは、イギリス紳士の十八番である。


「いえ、軍機であればそれ以上詮索はしません。測距儀と言っても、目で見ているわけではないですね。あれは、電波で敵を見る装置ですか。さすが、八木博士の国だ」


 セルゲエンコヴァ少佐と安馬野少尉は、さらに表情をこわばらせた。もしかして、本当に情報が漏れているのではないだろうか?噂に聞く“MI-6”の実力は、こんなにもすごいのか?


 ジョンソンは、そのこわばった表情を見て確信した。これは間違いなくレーダーだ。イギリスでは1930年から電波による電離層の観測をしていた。そして、その観測中に航空機が通過した場合に、電離層の観測データが乱れる現象を既にイギリスは知っていた。この現象を元にして、航空機を探知するレーダーの開発が開始されたのが1931年だ。ジョンソンはレーダーの基本原理を理解していたのだ。


『くっ、こいつ、ただのマザーファッカーじゃないわね。ものすごいマザーファッカーだわ』


 安馬野はなぜかマザーファッカーにこだわる。


「それでは、甲板を一周させていただいてもよろしいですか?もちろん、艦内に入ったりはしません。お約束通り、写真撮影もしませんよ」


 そういってジョンソンは立ち上がる。セルゲエンコヴァ少佐と安馬野少尉は、少し苦々しく思いながらついていく。


「この35mm砲は長砲身ですね。80から90口径くらいありますか。これなら、初速も相当速いのでしょう。砲口についているあの箱のような物はなんですか?ハイダーやマズルブレーキではなさそうですが」


 35mm砲の先端には、レンガ一つ分くらいの四角い箱が取り付けられていた。そして、その箱からは砲台の中までワイヤーが伸びている。ジョンソンは、温度計かなにかのセンサーだと思った。


「申し訳ありません。これは、我々も知らないのです。軍機だとは思うのですが・・・・」


 セルゲエンコヴァ少佐も安馬野少尉も、このセンサーが何かは知らなかった。これは、砲弾の初速を計測するセンサーだ。連射をすると、砲身の温度上昇や摩耗によって、砲弾の初速が少しずつ落ちてくる。その初速を感知して、適切に照準を調整するものだ。しかし、砲の基本的な動作原理と操作方法は学習したが、全てのセンサーまで理解しているわけではなかった。


「そうですか。127mm砲にもついていますね。命中精度を高めるための機械でしょうか?」


 ジョンソンは127mm砲に近づいていく。


 近くから見ると、この砲はかなりの仰角をとることができそうだと感じた。70度、いや80度くらいまで行けそうだ。そして、砲の周りの甲板を見ておかしな“傷”に気づく。長さ3センチくらいの三日月型の傷が、127mm砲の周りの甲板にたくさんついているのだ。


『甲板にこんな傷を付けるのは・・・金属薬莢か?なるほど。この127mm砲は薬莢と一体型になった砲弾を使っているのか。しかも、薬莢が自動的に排出されるのか。もしかすると、自動装填なのか?』


「この127mm砲は、貴国で最近開発されたという“自動装填装置”が組み込まれているのですね。いやあ、日本の技術は素晴らしいですね」


 もちろん、カマを賭けただけなのだが、セルゲエンコヴァ少佐と安馬野少尉は、顔をこわばらせる。この男、いや、イギリス情報部の能力は侮れない。情報が漏れている事を、すぐに宇宙軍に連絡をせねば。


 ――――


「今日はいろいろと生産的な話ができて、良い一日でした。必ずや本国の協力を取り付けます」


 リットン卿がセルゲエンコヴァ少佐に謝辞を述べる。


「安馬野少尉、今日はありがとう。8年ぶりに再会できて嬉しかったよ。あれから、君たちのマシンを参考にしたバイクを作って、マン島や他のレースでも優勝したんだ。俺にとっては、人生を変えた出来事だったんだよ。この作戦が終わったら、良かったら俺の故郷に来ないか?ウェールズの田舎なんだが、良いところだよ。一緒にバイクで走ろう」


 ジョンソンは、あの衝撃の一件以来、女性に対して満足ができなくなっていた。背も高いし、一応男爵位を持っている地方領主の末裔だ。女性づきあいに困ることはなかったが、あれ以来、どうしても心が満たされない。どいつもこいつも、俺にすり寄ってきては甘い声で誘惑する。そんな無価値な女など必要ない。そうだ。俺はあの時の屈辱の先にある、なにか得体の知れない、激烈でありながら甘美な女王様・・・・・・・・


 ジョンソンの安馬野への申し出を見ていたリットン卿は、「ほほう」と顔をほころばせる。ジョンソン君は安馬野少尉に好意を持っていたのだなと。


「ありがとう。あなたの申し出は嬉しいわ。でも、ごめんなさい。残念だけど、私、自分より弱い男には興味が無いの。あなたにはやっぱりお母様がお似合いだと思うわ」


 ほころんでいたリットン卿の顔が凍り付く。セルゲエンコヴァ少佐は聞かなかった振りをした。そしてジョンソンは、顔を真っ赤にして何故か嬉しそうにもだえていた。どうやら、何かを盛大にこじらせたようだった。

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