第60話 石原莞爾(2)

「しかし、それはインディアンが弱かった為とも言える。そのようにならないために、日本は富国強兵をしなければならぬと思うのだがな?」


「中佐殿。その通りであると小官も思います。日本は、富国強兵を実現しなければなりません。しかし、その為に他国を侵略したり、他民族を支配する事が許されるのでしょうか?もちろん、降りかかる火の粉は払わなければなりません。もし、他国が日本に対して民族浄化の意思を持って戦争を仕掛けてきたならば、相当の覚悟を持って相対せねばならないでしょう。しかし、世界がそうであるからと言って、日本が同じ事を他の民族にすることは良いとは思えないのです」


「なるほどな。陛下に対しても、そのように奏上しているのだな」


 なんとも嫌な言い方をしてくる。


「はい。陛下の求めに応じて意見を奏上しております」


「ものは言い様だな。しかし、このまま世界情勢が推移すれば、望もうと望むまいと、いずれ最終戦争が訪れる。極東では、おそらく日本とアメリカとの対決だ。アメリカは成長と肥大を続け、その版図を東アジアに伸ばしてくる。既にフィリピンを領有し、中国大陸への進出も果たしている。中国への進出を手助けしたのは、他ならぬ高城大尉だがね。最終戦争の時に、きみはどうするつもりなのかね?」


 石原は、最終戦争の構想は1927年頃から持ち始めていたとされる。その手始めに実行したのが、1931年の柳条湖事件とそれに続く満州事変だ。


「最終戦争が必ず起こるわけでもありますまい。そうならないために、アメリカとは協力関係を築き、お互いに尊重し合うような国になるよう、努力しなければならないと思います」


「軍人とは思えない発言だな。だが、嫌いじゃ無い。戦争を起こさないように努力をするか。その通りだな。しかし、アメリカは仕掛けてくるぞ。まずは、経済戦争からだ。石油や鉄の供給を止められたらどうする?」


「中佐殿。逆にお伺いしますが、経済戦争を仕掛けられて、それに勝てないから戦争で決着をということでしょうか?経済戦争で勝てない国が、武器による戦争で勝てるとはとうてい思えないのですが?」


「だからこそ、満蒙を日本の支配下に置いて経済力も強化する必要があるのだよ。今のように自決権を与えていて、万が一裏切ってアメリカについたらどうする?」


「そうなったときは残念ですが諦めましょう。清帝国のことは清帝国が決めることです。一人友人を失ったまでのことです。それに、東アジアだけでは無く、ヨーロッパにも友邦を作れば良いのではないですか?」


「ヨーロッパか。日英同盟が解消されて久しいが、中国での利権がイギリスとぶつからなければ同盟復活も有りか・・・。なるほどな。少し話を変えよう。大尉は10年後、20年後の戦争はどのようになると思うかね?」


「そうですね。武器がこのまま進化していったなら、陸では戦車が主役になるでしょう。強力なエンジンを搭載し、実質で200mmを越える装甲を持ち、100mmを越える砲を積んだ戦車が登場します。歩兵ではもう太刀打ち出来ません。飛行機は10トンを越える爆弾搭載量を持った重爆撃機が量産されます。それによって、都市への無差別爆撃がされるでしょう。戦闘機は、音速を超えるようになります。行動半径も1,000km以上になり、魚雷を搭載する高性能攻撃機も登場します。海では戦艦や重巡が全く役に立たなくなります。また、電波探知機が実用化され、数百キロメートルの範囲で、航空機や船舶の位置が瞬時にわかるようになります。さらに、自ら敵に向かっていくロケット弾も実用化されます。その頃には、ほんの少しの技術力の差が、決して越えることの出来ない壁になると思います」


「いささか空想科学小説のようだが、まるで、見てきたように話すのだな。まあ、概ね私の予測と同じだね。技術力は国力に直結している。つまり、国力を上げないと技術力も上がらないのだよ。」


「国力と技術力が比例するというのはその通りだと思います。しかし、国力を上げる方法が、欧米の帝国主義的植民地経営にあるとは思えません。日本は日本独自の“王道”を行くべきです。他国を軍事力で支配下に置くのは、それは“覇道”です。」


 石原は、後年の著書で日本とアメリカの最終決戦とは、日本の“王道”とアメリカの“覇道”との戦いであると説いている。高城蒼龍は、石原の今の考えこそ“覇道”であると指摘したのだ。


「なるほど。私がしようとしたことは“覇道”ということか。最初は軍事力で支配しても、徳によって日本人と同じように扱うのであれば、それは欧米の帝国主義とは違うのでは無いかい?」


「それは、傲慢です。人間にとって一番価値のあることは、自らの意思で決定し、行動することだと思います。日本人と同じように扱われたい人間ばかりではありません。どんなに貧しくても、自分たちの文化を守っていきたいと考える民族もあります」


「きみは面白い男だな。若いのによく考えている。どうだい?陸軍に来て私の部下にならないか?きみの才能があれば、もっともっと活躍できる場所を提供できるよ」


 そう来たか。しかし、“若いのに”と言われて“クスッ”としてしまった。高城蒼龍は前世の年齢を含めると、もう60才になる。


『お前のような小僧に言われたくない』と、内心で思う。


「ありがとうございます。しかし、小官の人事権は陛下にございます。私の転籍をお望みなら、まず、陛下をご説得ください」


「ははは!つまり拒否と言うことか!まあいい。これからもちょくちょく意見を交換してくれ。あ、それと、最後に一つ聞いてもいいかな?」


「はい、なんでしょう?」


「きみは何故、9月1日に関東大震災が起こることを知っていたんだい?しかも、時間までぴったりと」


「さて、何のことやら。あれは、今村先生が9月1日に防災訓練をすると決められた事です。それ以上でもそれ以下でもありません」


「そうか。今日はそういう事にしておこう」


「小官からも質問をよろしいでしょうか?」


「なんだね?」


「もし、どうしても実行しないとならないと思う作戦があったとして、参謀本部から中止命令が出た場合、中佐殿は命令に従いますか?」


「・・・・・・命令に従うよ。私は軍人だからね・・・。きみは空想科学小説の主人公のような男だな」


 ――――


「石原莞爾か・・・。目的は同じ。しかし、やり方が違うか・・・」


「すごい才能のありそうな人間じゃない。仲間に引き入れたら?」


「才能は認めるよ。でも、仲間にはしない。彼は自分の目的を実現するためなら、平気で命令を無視したり、嘘で塗り固めたりするからね。自分の意見を通したかったら、ちゃんと上を説得しないとだめだよ。あれは危険な男だ」


「そうなの?」


「貧農を救い、大正バブル崩壊から続く長い停滞を打破するために、満蒙に進出した気持ちはわからないでも無いよ。しかし、それを最終的に決めるのは、首相であり議会で無ければならない。一軍人がやってよいことではないな」


「チートな能力と立場を利用して好き勝手してるあんたが言っても、説得力無いわね」



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