第7話 朝食2
領主なりに贅を尽くしたのだろう。味は大味、量が多いだけの食事に、ハインリッヒは辟易していた。隣に、ルートヴィッヒが連れてきた女がいることも、ハインリッヒを苛立たたせていた。
「食べないのか」
食事を前に手が止まった女に、ルートヴィッヒが話しかけていた。
「こんなに大きなお肉、みたことないので、どうしたらいいのか。切るものがなくて」
食事用のナイフくらい持っていて当たり前だ。小汚いくせに、男の気を引こうとしている女に、ハインリッヒは苛立った。
「ナイフで切ったらいいだろう」
ルートヴィッヒが、手に持ったナイフで肉を切りながら答えていた。女のあざとさに気づかないルートヴィッヒにも、苛立った。その立場故、彼自身も、竜騎士を目指した頃から側にいるハインリッヒも、ルートヴィッヒからは女を遠ざけていた。だからといって、この女の下らぬ芝居に気づかないにもほどがある。
「そんなことも知らないのか」
ハインリッヒの言葉に、女がほほ笑んだ。
「村の人と一緒に作った物や山の恵みをいただいていました」
「貸せ」
ルートヴィッヒが、女の皿を取り上げて、肉を切り始めた。
「え、あの、すみません。竜騎士様、あなた、雇い主ですから、そんなことさせられません。あの、いいですから」
女が慌てて、ルートヴィッヒを止めようとしていた。
「そうです。団長、あなたがそのようなことを、なさる必要はありません」
ハインリッヒの声に、ルートヴィッヒが鼻でわらった。
領主が昨日の、盗賊退治の礼を言い、竜騎士たちをほめそやすのを聞き流していた。地方領主の、こびへつらう態度も腹立たしい。隣に座っていた女の手が止まった。
盗み見ると、大きく見開いた眼に涙を溜め、瞬き、泣くのをこらえているのが分かった。育った村が襲われ、養父を喪ったのが昨日だ。領主の話に、思い出したのだろう。
何も言わず泣くのをこらえている女が、少し可哀そうになった。同情しかけたが、ルートヴィッヒが卓の下で、女にハンカチを渡したのが見えた。驚いた女に、ルートヴィッヒが使えと小さく囁くのが聞こえた。女が礼をいって、そっと涙をぬぐった。沈んだようすで、食が進まない女に気づいたルートヴィッヒが、出立前の用意があると言って女を連れて出ていった。
庭で出発の用意をしていると、ルートヴィッヒが女を連れてきた。女は、ハインリッヒも含め、竜騎士たちと竜に順番に挨拶をしていた。人である竜騎士はともかく、気性の荒い竜が多い王都竜騎士団の竜達が、みな、おとなしく女に頭を撫でられていた。たしかに、女は竜に懐かれていた。誰にも害のなさそうな女ではある。
もともと、ハインリッヒはルートヴィッヒの見張り役だった。当時、御前会議で権力をふるっていた侯爵が、ルートヴィッヒが邪魔だと判断した場合に、殺せと命じられていた。ルートヴィッヒもそれを知ったうえで、同期のハインリッヒと付き合ってくれていた。
幸いなことに、その命令を下す前に、その侯爵は死んだ。あの侯爵ほどでなくてもルートヴィッヒを危険とみなす勢力はあり、残念ながら当主である兄はその一派に属している。ハインリッヒは、まだ役目から解放されていない。軽々しい行動は避けてほしかった。
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