第4話 沈黙での再会
竜騎士は、自らを竜騎士団の団長だと言った。その団長は、自らの外套で、養父を包むと大切な人のように抱き上げて運んでくれた。
「ここに住んでいました」
豊穣の神をまつる小さな神殿の横にある小屋だ。この辺り一帯の村の共同の神であるため、小さくてもみな大切にしていて、神を守り、祭礼を行う司祭には親切だった。アリエルはこの国の者とは少し違う見た目をしていた。流民の血が流れているのだろうと養父は言った。流民の血を引くアリエルを毛嫌いする者たちもいた。養父が守ってくれたから、そんなことを言うのは一部の人だけだった。だが、養父という保護者をなくしたアリエルは、明日からどうしていいかわからなかった。
神殿も小屋も無事だった。少し道から離れているせいだろう。ここに隠れていればよかったのに、養父は剣を持ち、村の者を守るために戦った。アリエルに短槍を渡し、足手まといは逃げろといった。必ず帰るという約束だったが、家に帰ってきた養父は冷たい躯だ。もう、アリエルの名を呼び、微笑んではくれない。
団長は、そっと養父を彼の寝台に横たえてくれた。養父は、団長の外套に包まれたままだった。
「竜騎士様の外套が」
「いい。急なことで、棺も用意してやれない詫びだ」
「お知合いですか」
「以前のことだ。顔も少し変わってしまっているが、昔の世話になった。少し不自由だったはずだが」
生活に支障はなかったから、養父のそれを知る者は村にはいない。
「はい」
「そうか。やはり、左腕は、治らなかったか」
右手で長剣を構えたとき、本来なら左手で構えるはずの短剣を自在には使えなかった。自分は戦いには不向きだと言っていた。
そこまで知っているならば、本当にこの団長は養父の昔を知る人なのだろう。団長は悲しげだった。
「生きている間に会って、礼の一つも言いたかった。探してはいたのだが。これほど近くで、それも司祭をしているなど、想像もしていなかった」
アリエルの目には、団長も涙をこらえているように見えた。
「司祭様はいつも、この時期空を見上げて、竜騎士様たちが飛んでいらっしゃるのを確認するのを楽しみにしていました」
「そうか」
団長の声は、低く、静かに響いた。この時期、毎日のように空を見上げていた養父が見たかったのは、この団長なのではないだろうか。アリエルにはそう思えてならなかった。
「司祭様は、何かあったら、竜騎士様の誰か、出来るだけ立場が上の人に、これを見せるようにといっておられました」
アリエルは首から下げた、養父にもらった印環を団長に見せた。村が襲われたという知らせに、養父は腰に長剣を佩き、アリエルに短槍を持たせた。養父は、ついていこうとしたアリエルに、村人とともに山に逃げるようにと言い、ずっと彼が首からかけていた細い鎖を、アリエルの首にかけたのだ。
団長はその印環をじっと見つめた。
「あとで、確認しよう。ここでは暗くてよく見えない」
低い声が震えているようにアリエルには聞こえた。アリエルは、養父の私物の入った棚を開けた。司祭である養父は質素な生活をしていた。必要最低限のものしかもっていなかった。そんな養父が大切にし、戸棚の奥の隠し扉まで作ってしまっているものがあることは知っていた。
「あの、団長様。この奥にあるものを出していただけますか。多分、あなたにお見せした方がいいものがあります」
アリエルの言葉に、団長は立ち上がった。戸棚の奥は、開けるにはちょっとしたコツがいる。アリエルも知ってはいたが、養父の知り合いらしいこの男が知っているかどうか、確認したかったのだ。
予想通り、男は簡単にその隠し扉を外した。中に入っていたのは、一枚の布と紙の束だった。団長が息をのんだのが分かった。紙の束を持つ手が震えていた。
一人にした方がいいかもしれない。
アリエルは小屋の外に出た。
「ありがとう」
小屋の前に団長の竜がいた。
ーいや、大したことではない。お前の養父を助けられなくて残念だー
「ありがとう。でも、殺したのは人間だから。あなたたちのせいではないわ」
アリエルは、大きな竜を抱きしめた。
ーお前は、私たちの言葉は分かるのか。珍しい。人の子は悲しい時は泣くものだ。やせ我慢は“独りぼっち”だけで十分だー
トールの言葉に、アリエルの目からまた涙がこぼれた。
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