35話『乙女の覚悟』

35話『乙女の覚悟』


『――トクン』

「……んっ」


 ニーズヘッグとの闘いを終え意識を失っていたカナデは、近くで何かの力を感じて眠りから覚めた。

まだ体はうまくいうことを聞かない。

ゆっくりと首を動かして見ると、赤い光に包まれた剣の鋒(きっさき)を魔族に向けるアリアの姿が見えた。


「……なん……だろう……あれ」

『――トクン』

「これは……白狼の加護が……反応してる?」


自身の体もまた、淡い光を放っていることに気がついた。

アリアのあの力は……なんなのだろう?綺麗だ。

満身創痍な肉体とは裏腹に心はアリアの力に惹かれ、目が離せなかった――。


 アリアは自身に宿った力を体で感じ、理解した。

これは身体能力に関わる力ではない、と。

宿った力が影響しているのは――武器だ。

一撃でも当たればバアルを倒せる……だがその為には己の力のみでチャンスを作らなければならない。

(私にできるの?……いや、やるんだ。動けない皆を守る為にも……やるんだ!)


「――はぁ!」


アリアは自分を信じて飛び出した。

横一線に剣を振るうが、バアルはそれをヒラリと躱す。

そしてガラ空きとなったアリアの背後に回り込み、ナギナタを背中の中心へ突き出した。

後ろを取られたとわかったアリアは体を捻り、相手へ向かい直しながらそれを避けた。

しかし、避けるより少し早かったバアルの攻撃が脇腹を擦り血を流した。


「くっ!」


痛みに堪えてなんとか体勢を立て直す。

すると今度は正面から翼を羽ばたかせたバアルが飛んでくる。

片手でリーチを伸ばして顔面へ放たれた突き攻撃をアリアはギリギリのところで刃先だけ避け、柄の部分を赤く光る剣で逸らした。

そのまま剣でナギナタを押しやって完全に顔から離しきると、サイドステップで距離をとり構え直す。

バアルもすぐに武器を構え直すとアリアを睨みつけた。


 再び静かになる戦場。

アリアの荒い息遣いだけが聞こえる。


「ふん、力を持っても所詮弱者だな。扱えない力など恐るに値しない」


バアルの言葉にギリっと歯を鳴らして悔しがるアリアだが、彼女の目から光は消えない。

(確かにこの力を使いこなせるほど、私は強くない。でも……弱者だからこそできることもある)


「……すー、ふー」


アリアは相手を視界に捉えたまま深呼吸をした。

バアルを倒す為に腹を括ったのだ。

そして剣を持った右手を顔の位置まで上げて剣先を前へ向ける。

左手は前へ出して狙いを定めるようにバアルの首へ指先を向けた。


「……ったぁぁぁあ!!」


再び相手に向かって一直線に飛び出すアリア。

これで決めるという覚悟を感じとったバアルも、応えるように飛び出した。


「はぁぁぁあ!!」


『――グサッ』


アリアとバアルがぶつかった直後、刃が体を貫き、背中から血しぶきを飛ばした。

やられたのは――


「……ガハッ」

「ふん、所詮は弱者だな」


アリアだった。

彼女の腹を貫通したナギナタは背中から刃先を見せていた。

口から大量の血を吐くアリア。

しかしこの瞬間、アリアはニヤリと笑った。


『ガシッ!』

「?!なんの真似だ!」


アリアは腹に刺さったナギナタの柄をガッシリと掴んでいた。

そう、アリアはこの状況を待ち望んでいたのだ。


「ヒートバインド」


アリアが魔法を唱えると真っ赤な鎖が現れ、二人の体をがっちりと固定した。

鎖が触れた箇所から水蒸気か煙のようなものが立つ。


「ぐっ、は、離せ!熱い!!」

「離しません……やっと捕まえましたよ」


アリアは右手に構えたままだった剣に力を込めた。

赤い光がさらに強く輝く。


「よ、よせ、やめろ!!」


バアルの懇願の声が響く。

だがアリアは躊躇することなく、その剣を振り下ろした。


「はぁぁぁぁぁあ!!!」


『グサッ!!』


「ああああぁぁぁ!!」

「……終わりよ!紅玉ノ氾濫(ルビーフラッド)!!」


剣の光が刺した胸の傷、口や目から溢れて真っ直ぐと伸びた。

そして、一気に光が強くなったかと思ったその瞬間、強大な光の爆発が発生し、魔物の死体や折れた木々を吹き飛ばすほどの衝撃波を放った。


「っ!アリアーーーー!!」


強烈な向かい風と舞う土や小石から顔を守りながら、一部始終を見ていたカナデは叫んだ。

ようやく風が治まると、カナデは全身に力を込めて何とか立ち上がり、拙い足取りで爆心地を目指した。

そこには、仰向けで倒れて動かないアリアと、あの攻撃を受けてもなお意識のある瀕死のバアルがいた。


「っ……くっ、やられた」


なんとか身体を起こそうとするバアルだが、力が入らず小刻みに震えている。

もう彼女は戦えないと判断したカナデはフラフラとアリアへ近寄った。


「アリア、アリア!!」

「……ん」

「……よかった。生きてる」


かなりの重症であることには変わりないが、反応があったことにホッとした。

早く王都へ連れ帰らなければ。


『ガサッ』


瀕死のバアルが音を立てたことに気づき振り向くと、彼女はいつの間にか転移結晶を手に持っていた。


「!!待て!」

「……覚えていろ」


次の瞬間、バアルはその場から消えてしまった。

(くそっ……逃げられた。)

悔しい表情を浮かべ唇を噛み締める。

が、ハッと我に返り再びアリアへ向き直ると、口元へ耳を近づけて呼吸を確認した。

……弱々しいが、まだ息はある。

続けて周りを見渡しフーガとカノンを探す。

……先程の爆発で吹き飛んではいないようだ。

少し遠くに二人が倒れているのが見えた。


「おーい!誰かいるか?!」

「カナデー!カナデー!!」


遠くから男性の声と見知った女性の声が聞こえた。


「……ホルンさん、よかった……助けに……き……て……」


『バタン!』


その瞬間、カナデは再び意識を失った。

最後にホルンと男性の声がこちらに気づいて近寄ってきたのがわかった。


 こうして、大森林での魔物の大量発生、ニーズヘッグにバアルとの戦いは幕を閉じたのだった。


 この戦いにより大森林の全魔物の内、約七割が消滅し、6種の絶滅が確認された。

魔物が減ったことで後にこの森が開拓され、新たに街が一つ出来上がることになるのだが……それはまた別のお話である。


 次に目を覚ました場所は、王都の診療所のベッドの上だった。


次話『誇りの傷』

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