25話『共に……』

25話『共に……』


「プロボック!!」


フーガが叫ぶように呪文を唱えると、キーンという金属音が響いた。

その瞬間、それまで水面からこちらを見ていた瞳が反応し、小さな波紋を立てながら水中へ沈んでいった。

静寂に包まれた戦場。

だが、その静けさは唐突に打ち破られた。


『――ザッパーン』

「ギュロロロロロロロ!」


 カエルとは到底思えぬ鳴き声と共に、ジャイアントトードが水面から飛び出した。

手足を伸ばし頭上を超えていく姿を目で追いながらも、思わず剣を握る手に力が入る。


ジャイアントトードは地面を揺らして着地した。

形はアマガエルのようにスリムで平べったい印象だが、色は青と紫で毒々しい。


「フーガが引きつけてる間に叩くよ!」


そう言ったカノンは、背中の大斧を手に取り構えると、ジャイアントトードの後ろへと飛び出した。

そして大振りな一撃をカエルの背中に叩き込む。


「ゴギュァ!」


衝撃から堪らず声を漏らしたカエルだが、奴が攻撃対象としたのはフーガだった。

小さく口を開いたかと思うと、まるで弾丸のような速さで舌を伸ばす。

フーガはそれを『見えている』と言わんばかりに盾で弾じき返した。

弾かれた舌が口に戻ろうとした時、いつの間にか近づいていたアリアが目にも止まらぬスピードで片手直剣を振り、舌を半ばから切り落とした。


「ギャアアァァァ!!」


舌を切られた痛みからか、耳を劈(つんざ)くような叫び声を上げた。

暴れる巨大な手が、近くにいたアリアに向かって振り落とされるが、アリアはバックステップでその攻撃をかわした。


そのまま地に手をついたカエルだが、そのまま崩れるように前方へ突っ伏した。

その要因は……カナデだった。


奴が舌を伸ばしたとき、尻が浮き脚の筋がガラ空きになったのをカナデは見逃さなかった。

切れ味のいいナイフで瞬時に左脚の筋に切れ込みを入れると、分厚く破壊力のある両手直剣に持ち変え、切れ込みに追撃をかけて筋肉を断ち切ったのだ。

その結果、突然力が入らなくなった左足を滑らせ、体勢を崩したのだった。


「みんな!今だ!」


叫ぶフーガに答えるように、全員が一斉に斬りかかる。

身体を起こそうと踏ん張る右足をカノンが切り落とし、再びバランスを崩し地面へ突っ伏す。

そこへ鈍重な剣を振り上げ、飛び上がったカナデが全力で背中に振り落とす。

同じタイミングでカエルの頭に飛び乗ったアリアは、細い剣を脳天から突き刺した。


その瞬間、「グェェ……」という小さな鳴き声を吐き出し、それを最後にジャイアントトードは沈黙した。

完全勝利だ。


「よっっっしゃー!」


初討伐依頼を初勝利で飾れた喜びから、カナデは両手を上げて喜んだ。

宝石獣の瞳の力があってこそではあるが、そこに自分の活躍もあったと思うと、冒険者をしている実感に満たされたのだ。


「おつかれ様。みんな怪我はないな?」

「おつかれ。私は大丈夫よ」

「おつかれさん。アタシも問題ないよ」

「おつかれ!僕も大丈夫。みんなありがとう!」


カナデのお礼の言葉にフーガは親指を立てた。

アリアとカノンも笑顔で応える。


「それにしてもカナデ、昨日の今日でまた随分と強くなったな」

「アタシは初めて戦う姿を見たけど、森で倒れてた少年とは思えないね」

「カナデは頑張り屋さんだからね」


皆に褒めてもらえ、恥ずかしさから言葉が出ないカナデ。

なんとか愛想笑いのような笑顔を搾り出し、頭を掻いて誤魔化した。


 ――その後、行きで引っ張ってきた荷車にジャイアントトードをある程度分解して乗せた四人は、沼の側で休息をとっていた。

この程度の距離であれば皆難なく帰り着けるが、『ゆっくりできる時はした方がいい。余裕もって帰れるし、帰り道で何かあっても対処できる』という旨のカノンのアドバイスもあり、その場で休憩となったのだ。


各々が座って身体を休める中、突然フーガが宝石獣の瞳のメンバーへ話しかけた。


「なぁ、アリア、カノン。一つ相談したいことがある」

「……珍しく真剣な顔して、なんだい?」

「大事なこと?」

「あぁ、パーティの今後を左右する、とても重要な相談だ」


その言葉に二人も真剣な表情を見せる。

なんとなく居心地が悪くなったカナデは「席外そうか?」と聞くも「いや、カナデも居てくれ」とフーガに止められてしまった。

カナデが場違いな空気を感じる中、フーガは話を続けた。


「実は前々から思っていたんだが、Bランクの依頼を受けるようになって、俺は三人での戦いに限界を感じていた。もちろん、魔法専門職が居ないというのもあるが、深刻なのは火力不足だ」


フーガの言葉にアリアは無言で小さく頷いた。

カノンは少し曇った表情で俯くと、いつもより小さな声で話し出した。


「確かに、近接特化で成り上がってきたとはいえ、主なダメージソースはアタシら女二人だ。ジャイアントトードは比較的柔らかい相手だからアリアも剣を突き立てられたが、装甲が堅い相手だと時間もかかる」


俯いていたカノンは空を見上げると「悔しいが……男達のような火力は出せないよ」と悔しそうな笑顔を見せた。

その顔にカナデは心を締め付けられた。

男女では骨格や筋力の成長差はある。

スポーツでもルールや基準値に男女差があることからも、火力という点では埋められない差があるのは事実だった。


カノンは大斧使い。

このパーティのメイン火力だろう。

だから『火力不足』と言われることに、責任を感じているのだ。


もちろん、フーガもそのことは理解している。

だが、現状を変えるためにあえてこの話をしたのだろう。

フーガもまた苦しそうな表情を見せたのがその証拠だ。


「……カノン、お前を責めたいわけではないんだ。許してくれ」

「わかってるよ。……それで?相談ってことは解決策を見つけたのかい?大方予想はついてるけど」

「……あぁ。アリア、今日の戦いはどうだった?」


フーガに質問されたアリアはハッとした表情をみせた。

そして少し考えた後、こう語り出した。


「いつもより戦い易かった。三人でジャイアントトードと戦ったときよりかなり余裕もあったし、討伐完了までの時間は想像以上に早かったわ」

「あぁ、カノンは見てただろうが、カナデは脚を潰して隙を作るサポート力を持っていて、カエルの背中をへし折るだけのパワーもある。今の俺たちに欲しい人材じゃないか?」


そう言って、フーガはカナデを見てニヤリと笑った。

カナデは思わぬ言葉に驚きを隠せなかった。

上級冒険者である三人に必要とされている?

やっと今日初陣を飾ったばかりで?

カナデの不信感とは裏腹に、アリアとカノンもいい笑顔を向けてくる。


「カナデ、俺たちのパーティに来ないか?」


その言葉、目に悪いものは感じない。

情けがあるとしても、心から歓迎してくれいることは確かだと感じた。


(だったら、僕は彼らと一緒に戦いたい)

「……フーガ、カノン、アリア、僕からもお願いしたい。これからも一緒に戦わせてくれないかな?」


この言葉にカノンは「あぁ!」と元気よく応え、アリアはニコッと笑い返してくれた。


「よしっ、満場一致だな。カナデ、これからよろしくな」

「うん!よろしく!」


フーガとカナデは立ち上がり、強く握手を交わした。


次話『居場所』

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