7話『馬車旅』
7話『馬車旅』
冒険者ギルドに入った次の日、カナデとアリアは朝早くから相乗り馬車の停留所に立っている。
「ふぁぁ。ねみゅいー……。」
「ほらがんばれ、もうマスターも来るから。」
「んー……zzz」
「立ち寝?!」
昨日の約束通り王都に向かう為、相変わらず朝が弱いアリアの相手をしつつ、ギルドマスターが来るのを心待ちにしていた。
――数分後
「よう、待たせたな」
「おはようございます」
「おはようございます。マスター」
アリアに続き、カナデも挨拶をした。
「それにしてもすごい荷物ですね」
「あぁ、俺がこっちに来てた本来の目的だ。すまねぇが、乗せるの手伝ってくれ」
出発時間ギリギリに到着したマスターの荷物を積み込み、
馬車は王都に向かって進み出す。
荷物が場所をとってしまうが、幸い他の乗客はフードを被った旅人らしき一人だけだった。
二人は昨日の軽装とは違い武器を携え、鎧ではないが戦闘用と思われる服を身につけていた。
ギルドマスターはチェストプレートの下にカーキの長袖シャツ、厚手の手袋を装着している。
武器はおそらく量産型であろう直剣だ。
アリアは白を基調とし、赤をアクセントに取り入れたタイトな燕尾服のような見た目だ。
武器はおそらく細めの片手直剣。
服に合わせたような色合いから、オーダーメイドだろうと推察できた。
今日のアリアは綺麗で凛々しい女騎士といった印象だ。
(朝以外は)
僕が王都に行く理由は三つある。
一つはマスターに剣術を習うこと。
マスター直々の提案だったこともあるが、この世界は盗賊や山賊といった無法者、魔物など危険がとにかく多い。
だから護身の為にも鍛えておいて損はないと思った。
道中でマスターに聞いた感じだと、しばらくは王都に滞在して日々鍛錬をすることになりそうだ。
二つめは大聖堂だ。
カノンの家で目覚めたあの日、白狼らしき声が僕に「大聖堂へ行け」と言っていた。
祈りを捧げれば、神が全てを教えてくれるとも。
白狼からじゃなければ典型的な布教文句だが、僕自身の現状を知れるかもしれないとなると、行かない理由はない。
三つめは冒険者として仕事をする、つまり金稼ぎだ。
しばらくはギルドの寮でお世話になるが、剣術指南が終わる頃には出ないといけない。
だから稼げるうちに稼いで、今後に少しでも余裕を作っておきたかった。
カノンに昨日聞いたところ、依頼の数は王都のギルド本部のほうが圧倒的に多いらしい。
きっと今の僕に見合った依頼が見つかるだろう。
「そういえば、アリアの指名依頼ってどんな内容なの?『いつもの』って言ってたけど」
「あぁ、大した依頼じゃないの。
詳しくは依頼者の意向で話せないんだけど、所謂(いわゆる)護衛任務よ」
「じゃあ依頼を受けたらもう王都は離れるの?」
「そうね。でも依頼が完了したら報告もあるから、また王都には戻ってくるわ。それに私たちのパーティの活動拠点は王都だから、そのうちあの2人もくるはずよ」
「そっか。ちょっと安心したよ。急に一人は心細いからね」
そう言って照れ笑いをすると、アリアは小さく笑った。
(かわいい)
「先の話をしてるところ悪いが、この馬車が王都につくのは明日の昼過ぎだ。今日は途中にあるクルシェドで一泊になる。お前ら、着いたら少し付き合え。一つ依頼を受けてきた。カナデに剣での実践を見せるいい機会だ」
「マスターが戦うんですか?」
「一応俺自身も冒険者として登録はあるからな。とはいえ、依頼を受けたのは五年ぶりくらいだ」
アリアはその言葉に納得したように「なるほど」というと、続けて話しだした。
「だから今日は武装していらしたのですね。私も知りませんでした。てっきり引退されているものとばかり」
「形だけだ。もう現役時代の無茶はできんよ」
そう言いながらマスターは手袋を外し、ゴツゴツとした手を開いて閉じる仕草を繰り返して見せた。
続けてアリアは、拳を見つめるマスターに質問をした。
「相手は何ですか?人ですか?魔物ですか?」
「魔物だ」
「ゴブリンじゃないですよね?ちょっとまだトラウマが……」
「さぁ?どうだろうな。まぁ詳細は現地の楽しみにとっときな」
そう言うとマスターは続けて「俺は着くまで寝る」と言って、両手を頭の後ろにまわして目を瞑った。
「道中はできる限り安全な道を通るけど、いつ何があるかわからないわ。休めるうちに私たちも少し休みましょう」
「うん、そうするよ。」
――どれくらい経っただろうか?
心地よい馬車の揺れが止まったことに気がつき目を覚ました。
アリアは隣でまだ寝ているが、マスターの姿が見当たらない。
そして一緒に乗っていたもう一人の乗客もいないようだった。
到着したのであれば声をかけてくれるだろうし、何かあったのだろうか?
カナデは立ち上がり、アリアを起こさないよう、そっと馬車を降りた。
馬車は禿山の崖の上の道で停車していた。
崖下は濃霧が立ち込め底が見えず、身震いするほどの寒気を感じる。
かと思えば、反対側には切り立った岩肌が高々と続いており、今にも押し潰されるのではないかという恐怖に肩をすくませた。
怯える足を踏み出し馬車の先頭へ進む。
馬車から幾分か離れた場所に三人の人影があった。
マスター、それと御者さんにもう一人の乗客だ。
そして、三人のその先で起きていることが近づくにつれて鮮明になっていく。
しかし、その異常さに気がついたのは、3人と並んだその時だった。
「マスター、これは……」
「カナデ、起きたか。あぁ、困ったことになった」
その先にある『はずだった』道はまるっと消え失せ、
深く抉(えぐ)り取られてしまっていた。
次話『巨人の痕跡』
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