弓使い桜井杏南と盾使い笹貫綾香の場合
わたしは笹貫綾香が好きだった。
小学校の途中でこの街に転校してきたとき、彼女の大きく輝く黒い瞳に魅了されて以降ずっとずっと好きだった。
しかし私は生来陰気で人づきあいが下手だったため彼女の目を見ると声が震えてうまく話せなくなるせいで誤解され、高校に入ってからようやく唯一の同中出身という縁もあって頑張って誤解を解くことに成功した。
けれど高校2年の遠足の日、わたしたちがバスごと異世界へ転移してから事情は変わった。
悪しきドラゴンとその主である悪しき王を打ち倒し汚れを掃って欲しいという異世界の神と貧しき王の願いにより私たちは武器を持たざるを得なくなった。
何故ならそうしなければ私たちに帰る手段はなかったからだ。
悪しき王に奪われたという時空の鍵がなければ帰る方法はなかった。
『帰るために戦おう』
そう腹を括った同級生たちは神の与えた特別な能力と王が宝物庫から取り出した特別製の武器を手に冒険の旅に出た。
そこから3年間の旅は筆舌に尽くしがたいものがあった。
運転士が得た魔法のお陰でわたしたちは異世界でもバスによる旅ができたが、それでも何日もバスに乗らなければたどり着けない場所やそもそもバスでは通れない場所にも赴いた。
必要とあらば死地で魔法でも治せないほどの深手を負うことも、息が出来ぬほどの汚れを同級生が命懸けで掃うこともあった。
その中でわたしはただただ笹貫綾香を見つめていた。
人づきあいの下手なわたしにとって苦痛となる集団行動下の狂ったような状況下で正気を保つためでもあったし、何より彼女に与えられた能力は【万守の盾】という最前線でしか使えない能力であったが故にたびたび深手を負っていたためだ。
能力上の都合から弓使いであったわたしは最後尾から傷を負いながら戦う彼女を見守るしか出来なかった。
なぜ彼女が【万守の盾】を与えられたのだろう?本より重いものが持てなさそうな細い指で傷を抱えながらも盾を握る姿は痛ましいというほかなかった。
そうして、長い戦い日々のフィナーレを飾る悪しき王との戦いの前日のことだった。
「もしも明日私が死んだら代わりにこの手紙を家族や親戚に渡してほしいんだ」
彼女が差し出したのはたくさんの手紙だった。
この世界では一番上質な紙で出来た封筒を麻ひもでまとめており、どう少なく見積もっても20通はありそうだった。
「なんでわたしに?」
「杏南ならきっと絶対に日本へ戻れると思ったから」
その一言でわたしは彼女が死ぬ気だと思った。
同級生たちを日本へ無事帰すためならば自分の命など捧げていい、という覚悟がその言葉にはあった。
彼女が【万守の盾】を与えられたのはこの優しさゆえだとようやく私は悟った。
同時にこの能力を与えた神を射殺してやりたい気持ちになって喉の奥から声をひねり出すように答えた。
「……いやだ」
「なんで?」
「綾香のいない世界なんか要らない」
わたしがそう答えると綾香は困ったようにわたしを見た。
ずっと言えなかったひと言がわたしの口から零れ落ちる。
「ずっとすきだった、綾香だけが好きだった、綾香のためにこの三年間ずっと戦ってきたのに綾香がいないなら死んだ方が良い、綾香が生きるためなら同級生も親も死んでくれていい」
「だめだよ」
「わたしに生きてって言うなら、綾香も生きてよ」
彼女は愛おしさと困惑の滲む目でわたしを見つめていた。
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