第25話 若菜の答え
ーーなんて贅沢な悩みなんだろう。
そう思う。
2人の男性から、しかも私も大好きな人達から同じ日に告白されて。
雅貴は、私のわがままにたくさん付き合ってくれて、好きなことを好きなだけさせてもらった。最後はゴンドラに乗って、告白……してくれて。花束まで用意してくれてた。
直樹先輩は、予約しないと入れないネズミんクルーズを予約してくれていて、窓際でのコース料理を食べさせてくれてーー指輪まで。
ーー指輪ーー。
2人とも、結婚前提で付き合ってほしいって言ってた。こんな、優柔不断な私なのに。私自身、自分のどこがいいのかわからないけれど。
それでも、好きになってくれたことが嬉しい。
26年間生きてきて、こんなに幸せなことってない。
雅貴と、直樹先輩……私はどちらを選べばいいんだろう。
正直言うと、2人とも素敵すぎて選ぶことができない。でも、これ以上待たせていいわけじゃないよね。
◇
「……若菜ちゃん? デザートきたよ」
「わぁ、美味しそう」
私はまだ、先輩とクルージング中だった。箱が開いたままの指輪は、テーブルの上にある。
私は、実は気がついているの。
指輪を用意してくれたのは、直樹先輩だけじゃないって。雅貴が用意してくれたお花の茎に、指輪が見えたの。だから、花束をすぐには受け取れなかったの。気がついてしまっていたから。
目の前の料理に集中できていない私に、先輩は言う。
「俺も鈴木も、選べないんでしょ? 若菜ちゃん」
「……はい……ごめんな……さ……」
ーーいけないーー! 涙が、勝手に……!
こういう場面で泣くのは本当に良くない。涙を武器にするのは良くないってわかってるし、そういう女、私自体が嫌い。なのに……。
雅貴も、直樹先輩も。
素敵すぎて……。今の私には、選ぶことができない。
「ちょっと待っててね、若菜ちゃん。そろそろだと思うから……あ、来た来た! 鈴木ッ!」
「雅貴?」
雅貴は、先輩の呼びかけに手を挙げてこちらへやってきた。
「どうして、雅貴がここに?」
「呼び出されたんだよ。先輩に……っていうのは嘘で、集合場所、ここに決めてたんだ」
先輩はコンシェルジュさんを呼び、1名追加の旨を伝える。
「鈴木はデザートだけな」
「ありがたいです。それに……俺もこの場にいさせてもらえて」
「あ、あの……」
私が言いたい言葉は、雅貴が継いだ。
「選べないんだろ? 俺と、先輩、どっちと付き合うべきか」
「どうして……わかるの?」
「何年の付き合いだと思ってんだよ、俺たち。それに先輩だって、わかりますよね?」
「わかってるよ」
ここで雅貴は、改めて花束を出した。
ーーやっぱり、ある。
ピンクのお花の茎に、指輪がはめられている。
「先輩のテーブルにあるの、若菜への指輪ですよね?」
「ああ」
「実は俺も、この花束の中に、指輪があるんだ」
「鈴木、オシャレなことするなぁ」
「俺には◯ーグル先輩がいるんで」
「ん?」
「なんでもないっす、すみません。話の腰折って」
「ふふふ」
笑っていい場面ではないのに、自然と笑ってしまった。
「「やっと笑った」」
2人は同時に言う。
「ふふ、双子みたい」
「鈴木と一緒にされたくはないなぁ」
「俺だってそうっすよ」
ーー気がつけば、先ほどまで出ていた涙は引っ込んでいた。
雅貴にも、先輩にも、全てお見通しみたい。私。
「さて……どうしますか、これから」
「お試し期間延長で付き合ってみますか? 俺と、先輩と、1週間ずつ。で、若菜にはそれで結論出してもらって、選んでもらうってことで」
「それさ、俺も考えたんだけど恐らく……、若菜ちゃんが会社で針の筵になると思う」
「身の保身みたいな発言しますけれど、私もそう思います。だって、2人は女子社員の憧れだから」
「じゃあ、カモフラージュはどうです?」
急に雅貴と先輩の背後から声が聞こえた。
何か聞いたことある声。
でも、誰だっけ?
「こんにちは。先輩たち」
ここで現れたのはーー
「進藤くん⁉︎」
ーーあの、ワンコ系新入社員の、進藤くんだった。
「進藤お前、どうしてここに?」
「やだなぁ、野暮なこと聞いちゃいます?」
「進藤もデートか」
「ま、そんなところです」
「こんにちは〜」
進藤くんの背後から、可愛い女の子がひょっこり顔を出した。多分、小学校高学年くらいだと思う。
「こんにちは。進藤くんの、彼女さん?」
私は大まじめに聞く。だって、年齢差なんて気にしなければ誰にだってチャンスはあると思うから。
「やだなぁ、やめてくださいよ、若菜お姉さん」
と、女の子は言う。
「いつも兄がお世話になっています」
「妹さんっ?」
「そうです。進藤マナです」
ーー私たちの後ろのテーブルにいるなんて、気が付かなかったよ……。というか私が気が付かなかったよ。先輩の後ろにいたってことだもんね。先輩は背を向けていたから気が付かなくて当然だ。
「こんにちは、マナちゃん」
「貴方が直樹先輩ですね! それでこっちが鈴木さん」
「よく知ってるな」
進藤くんは、ため息をついて言う。
「そりゃマナだってわかりますよ。タフィーマニアに行ったって、クルージングに来たって、どこにでも現れるんですから。先輩たちが。……でも」
「最初は鈴木さんと付き合ってると思ってたんだよね、お兄ちゃん? タフィーマニアで見たから」
「そうなんです。そしたら今度はクルージングディナーで吉野先輩と2人でいるし。悪いけど、聞き耳立てるしかなかったですよ」
「「そりゃそうだ」」
ーーいけない、誤解、解かなきゃ!
「あの……! 2人は全然悪くないの。私が優柔不断で選べないだけで、2人はなにも、悪くないの」
私の言葉に強く反応したのは、マナちゃんだった。
「ねぇ、若菜お姉さん。こんな状況、選べないのが普通だと思いますよ。両手に華、もとい、両手にイケメンですよ? 普通、選べます?」
「コラッ! マナ!」
「だぁーってそうでしょー! こんな優良物件」
「「優良物件て……」」
ーーマナちゃんの言うとおりだ。
「今は選べない……です」
自然と敬語になる私。ああ、小学生にも指摘されて、なんてダメダメなんだろう。
「それでっ、提案なんですけど」
「提案? なんだい、マナちゃん」
「うちの兄も混ぜてくれませんか? このとーり! 妹からのお願いです。後生です!」
「「「「え?」」」」
何故か進藤くんまで驚いていた。
「うちの兄ってば、若菜お姉さんに一目惚れしちゃったみたいで。タフィーマニアで見かけて、『はぁ』、クルージングで見かけて『はぁ』。せっかくネズミの国ランドに来たのに、『はぁはぁ』ため息ついて、女々しいことないったら」
「コラッ! マナ!」
「そうでしょお兄ちゃん。入社当日からウキウキと帰ってきちゃってさ。そうかと思えば『怪我大丈夫かな、若菜先輩』とかボソリと食卓で言っちゃって。うちの家の中で自分WORLD開いちゃって、薔薇色全開でいい迷惑よっ」
「「ごめんなさい……」」
私は進藤くんとともに謝る。しっかりした子だわ、本当に。私もこれくらいしっかりしていたら。
「で? 進藤。お前カモフラージュってどういうこと?」
「表向きは、僕と付き合ってることにするんです。そうすれば、若菜先輩、女子社員の先輩たちからいびられないですよ。お2人と付き合ってる、しかもお試しで! なんて言ったら、非難轟々」
「即仲間外れでイジメられちゃいますよ、お姉さん」
トドメにマナちゃんの一言。
確かに、そうかもしれないけど……。
ーーでも。
「あのねマナちゃん。お気遣いは嬉しいんだけど、私、ずっと前から吉野先輩が好きでね、今は雅貴も好きになっちゃった悪い女なの。だからこれ以上、マナちゃんの大切なお兄さんを巻き込めないよ」
「…………」
進藤くんは、何も話さない。
「イジメられようが、非難轟々されようが、それが私の試練というか、ケジメというか。……されて当然のことなの。自分で招いたことだから」
私はマナちゃんの頭を優しく撫でる。
「お兄さんのこと、考えていて偉いね。提案もありがとうね」
マナちゃんはハァッとため息をつく。
「お兄ちゃんが惚れるのもわかるわ。でも、これはお兄ちゃんの負けね」
マナちゃんの言葉で吹っ切れたかのように、これまで黙っていた進藤くんが喋りだした。
「若菜先輩、マナの言うとおりです。俺、多分一目惚れしました。若菜先輩に。だから、困ったことになったら、俺の名前を出してくれていいです。カモフラージュでもなんでも。
大きなことは望みません。お力添えできればそれで、僕は満足です」
「進藤くん……気持ちだけいただくね。ありがとう」
「さぁ、帰りましょお兄ちゃん。お騒がせしました。これからも兄をよろしくお願いします」
「こちらこそ」
それから進藤くんは、マナちゃんに引っ張られて帰って行った。
「なんていうか、イマドキの小学生ってあんなもんか?」
「しっかりさんだったね」
「うーん。稀有なんじゃないかな?」
「ま、とりあえず話の続きは帰りの車の中でするとして、お楽しみはこれからだよ。後輩くんたち?」
『みなさま! お待たせしました。
これから 花火を打ち上げます!
夜空を彩るファンタジックな世界を、
ぜひご堪能ください。
それではいきますよ!
5 4 3 2 1 0〜!』
ーーパァン! パーン!
アナウンスとともに夜空を彩る無数の火花。
赤白黄色……何色あるだろう。
打ち上げられてはハラリハラリと落ちる火花。
勢いよく弾ける花火。
夏を感じる、火薬の香り。
「とっても綺麗……」
「本当だな」
「直樹先輩、こんなに素敵な場所で花火を見せてくれてありがとうございます」
「俺も。ありがとうございます、先輩」
「可愛い後輩たちに喜んでもらえて、何よりですよ」
ーーこれからのことを考えなくちゃいけないけれど。今だけは束の間の夜空に目も心も奪われたい。
今日の思い出を、振り返りながらーー。
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