第16話 ナンナンダコレハ。これが噂の異世界転移か。


 あれから俺は一旦家に帰った。

 ニャーバーイーツでも呼んで、晩御飯を一緒に食べて。若菜のうちに泊まろうかなと思ったけど。それじゃあきっと、若菜は気が休まらないだろうから。


 ーー先輩から告白されたみたいだし、本当は攻めて攻めて、攻め倒したいけどな。


 でも念の為、若菜から合鍵を預かった。

 悪用しようとか思ってないぞ?

 例えばこの機会にこれで合鍵作るとか。

 俺は彼氏であってストーカーじゃないからな。

 若菜の熱が治るまで、緊急時のために預かってるだけだ。


 ーー欲を言えば。

 本当は、添い寝して。

 熱があろうがなかろうが、若菜の全身に、これでもかと甘々に尽くしてあげたいところだけど。

 高熱だから、それも我慢だ。


「うし! できたですよっと」


 俺は◯ーグル先生に師事して、消化のいいおじやを作った。若菜に少しでも栄養のあるものを食べさせてやりたくて。


 ◇


「若菜、入るぞ〜」


 寝てるところを起こしたら悪いから、軽くノックだけして中へ入る。

 若菜らしい、白を基調とした可愛らしい部屋と甘い香り。俺は自然と、緊張してしまう。


「すぅ〜すぅ〜」


 若菜は可愛い寝息を立ててスヤスヤと寝ているところだった。枕脇に置いてあるうさぎのぬいぐるみが可愛らしいけど憎い。場所変わってくれ(笑)。


 整った目鼻立ちに、小さな顔。

 ふんわりとしたボブヘアに、透き通るような白い肌。今は熱で頬が紅潮している。

 小さくて、可愛い唇。


 俺は汗ばんだ若菜のおでこをティッシュでそっと拭う。


「……ったく、可愛い顔して。本当」


「んんん……まさ……たか……?」


「悪い、起こしちまったな。汗かいていたからついつい、おでこ触っちまった」

「大丈夫だよ。……わぁ! なんかいい匂いする」


 いつものことだけど、心なしか、いつもより若菜がぽけーっとしてる。熱のせいだろう。


「もしかして、作ってくれたの?」

「美味しいかわかんないけどな。今食べられそうか?」


「うん。あーん」

「へ?」

「あーーーーん」


 ーーあ、あーん……だと……?

 多分若菜は熱にやられてる。それとも俺がどこまで耐えられるのか試してるのかッ⁉︎


「ふーふーしてね? あーん」


 やべえ。マジ照れる。

 俺はお姫様の仰る通りにふーふーして、おじやの乗ったスプーンを口元へ運び……


「あ、あーん」


 などと言ってみる。

 うおおおおおおおお穴があったら入りてえええエエエエエ!


 ーーぱくっ。もぐもぐ。


「おいしいー♡ 雅貴、ありがとう」


 その後も俺を試すかのような応酬は続く。

 俺のHPは羞恥心によって死亡寸前だ。

 赤いランプが点滅しているはず。


「美味しかった。ごちそうさま」

「ど、ドウイタシマシテ」


 ーーなんとか修行が終わったぞ。いや、苦行だった。26のいい歳した男があーんとか言ってるところ想像してみてくれ。吐けるぞマジで。


「ねえ、雅貴?」

「ん?」

「……ぎゅーして?」

「は、はいっ?」


 俺は声が裏返る。

 いやいやちょっと待て。今若菜の熱は何度あるんだ?


 俺はテーブルの上に置いてあった体温計で若菜の熱を測ると……


「はっ? 39度? はぁ。……だからか」

「なあ若菜、俺薬買ってくるからさ、このまま待ってて……」

「やだ」

「やだって」


 なんだこの聞き分けのない駄々っ子は。

 おそらく、高熱すぎて夢の中かなんかと思ってんのかもしれない。


「ねえ、ぎゅー、は?」


 ーーあぁ、もう。知るか。


「なぁ、言っとくけど後悔すんなよ?」

「早く、ぎゅ〜!」


 若菜の方から、抱きついてきた。

 ナンダコレハ。

 新手の拷問か?

 ここから何もできない俺への、神からの試練かなんかか?


 俺はどうやら、異世界転移したらしい。

 若菜2号がいる、この部屋へ。


「えへへ。ぎゅうう〜」


 羞恥心のカケラもなく、無防備に抱きついてくる若菜。汗をかいているはずなのに、甘いシャンプーが漂ってくる。


 俺は仕方なく、苦行に耐えることにした。

 いや、嬉しいは嬉しいぞ? でも、ここから先に進めないんじゃ、苦痛でもあるわけで。


 でも。それだけじゃなかったんだ。


「ねぇ、雅貴?」

「ん? なんだ?」


 俺は若菜を軽く抱きしめながら背中をトントン叩いて応じる。

 ……ところまでは良かったんだが。


 ーー俺は次の瞬間、自分の耳を疑った。


「ねぇ、雅貴? キスして。昨日みたいに」


 ーープチン!


 俺の理性は、ついに弾けた。


「マジで俺、知らないからな」


 俺は若菜をベッドに押し倒し、若菜を抱きながら、若菜にあついキスをした。


「ん、んんっ」


 吐息とともに漏れる若菜の熱のこもった声。


 ーーもう、耐えられねぇよ。


 俺は夢中で、若菜にキスをした。

 何度も、何度も。


 念の為、息継ぎしてるか確認してみる。

 一旦手を離し、両腕をついて、距離をとる。

 すると……。


 目を潤ませて、トロンとした顔で、こちらを見てくる若菜がいた。しかも俺の首元に両手を伸ばして。


「雅貴、気持ちいの。……やめないで?」

「……バカ。後悔しても、知らないからな」




 俺はただひたすらに、若菜とのキスを繰り返したーー。

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