悪役令嬢の道から外れた僕の未来
こま猫
第1話 僕と彼とは同類だ
「おい、エヴァン!」
背後から呆れたような声が飛んできたけど、僕はそれに構わず右手の中にある剣の柄に力を込めて地を蹴った。魔術で腕を強化しているから、剣の重さなど感じることもない。刃が空気を裂く音も、いつもと変わらず心地よい。
「唸れ相棒」
僕が小さく呟くと、白銀の刃が甲高い音を立てた。そして、僕の右腕から魔力が剣先へと流れて――いや、奪われていくのを感じた。
一閃。
右上から左下へ。両腕に伝わる、僅かな衝撃。
その途端、剣の周りに黒い炎が噴き出して――。
赤黒い血が舞い踊り、目の前にそびえ立つようにして存在していた毛むくじゃらの魔物が地面に沈んだ。
しゅうしゅうと音を立て、魔物の傷口から血煙と一緒に魔力が空気に飛び散っていくのを見下ろしながら、僕は剣を腰に下げている鞘に収める。魔物の血と魔力を吸って、以前にもまして鋭く輝く刃。
――この魔剣は、魔物の血が好きらしい。
手に入れた初めの頃は、全く魔力の気配すら感じさせなかったというのに、ここのところ立て続けに魔物を狩るために使っているせいか、刃に魔力を吸収して威圧感を放つようになった。
まるで生きているみたいだと奇妙に思うが、逆にそれがぞくぞくするほど嬉しいのも事実だった。
「呆気なかった」
僕が冷静な声音を意識しつつ短く呟くと、背後からガブリエルの虚脱したような声が続いた。
「俺の出番を残しておいてもらいたかったぜ」
「悪いね」
「本当に悪いと思ってんのか」
「こういう言葉というのは様式美みたいなものだよ」
僕が息絶えた魔物の傍に膝をつき、その大きな傷に乱暴に手を突っ込んで魔石を引きちぎると、聞きなれたガブリエルのため息が響く。そして、地面――僕たちが今回潜っているダンジョンの最下層の岩盤に、彼の相棒である大剣の切っ先が突き刺さったのが横目で見えた。僕の相棒である細身の剣と比べるとそれは分厚く、魔物殺しの剣として相応しいと言えた。
とはいえ、僕の持つ魔剣と比べると――。
「お前の剣だけどんどん育っていくな?」
彼は僕の頭上で不満そうに鼻を鳴らす。
「体重の差かな、君が動くのが僕より遅いから。まあ、僕としてはそのお蔭で獲物をたくさんもらえて、ありがたいけど」
「俺が太ってるみたいに言うな。お前が痩せてるんだ」
「言い訳お疲れ様」
自分の右手だけでは握り込めないほどの大きな魔石を、僕は彼に向って放り投げる。ぱしん、という音を響かせながら赤い魔石を受け取った彼――ガブリエルは、短い金髪をもう片方の手で掻き上げながら目を伏せた。
僕は彼のことを名前だけしか知らない。年齢もおそらく、十四歳の僕と同じくらいだろうという予想だけだ。
でも、ダンジョンを攻略するだけの仲間という関係なら、それで充分だと言える。
ガブリエルは年齢の割に背が高くて、女性受け良さそうな男らしい顔立ちをしている。僕とは全く違う、美丈夫というやつだろう。彼が身に着けているのはくたびれた黒いシャツとズボン、銀糸で刺繍の入った高価そうなマント。細身ではあるけれどしっかりと筋肉がついていると解る、そんな身体つき。
そして僕はと言えば、フード付きの大きなマントで身体を隠しているとはいえ、痩せて小柄なのが一目で見て取れる。
「でもまあ、これで終わりか」
ガブリエルは気を取り直したように辺りを見回し、僕の魔術によって照らし出された広い空間を観察する。ごつごつした地面、遠くに見える石の壁。植物らしきものは何もなく、大きな岩がそこら中に転がっているだけだ。
さっきとどめを刺した魔物がこのダンジョンの主だったのだろう、もう辺りに僕ら以外の魔力は感じ取れることもなく、ただ静かだった。
「帰ろうか。他に目ぼしいアイテムもなさそうだし」
僕が立ち上がってズボンについた土を払い、視線をガブリエルへ向けると少しだけ困ったような表情がこちらに向いていることに気づく。
「……この魔石」
彼は眉根を寄せながら手にした大きな魔石を見下ろす。売るにしろ自分で使うにしろ、大きく役に立つのが間違いないサイズだ。
しかし、彼はそれを素直に受け取るのを嫌がった。
「……お前が倒したんだから、これはエヴァンが」
「別にいらないよ」
僕は軽く右手を上げて彼の台詞を遮り、ずり落ちそうになっている自分のフードを左手で引き下ろした。自分の黒い髪の毛が胸元に流れているのも気になって、さりげなくマントの中に押し込みつつ続ける。
「前も言ったと思うけど、僕には必要ないんだ。戦うことだけが重要」
「俺もそうだけどな?」
「そう?」
僕らが今いるのは、最近街の外れに生まれたばかりのダンジョンだ。ダンジョンから小さな魔物が湧きだして、街に被害を与えそうになってきたからギルドに対して討伐依頼が出ていたのだ。
でもここはかなり小さなダンジョンだったし、内部で拾える報酬も少なそうだということもあって、他の冒険者たちは別の依頼に群がっている。誰だって金になるアイテムが拾えるダンジョンの方がいいだろう。たとえそれが危険を伴うものであっても、冒険者にとっては安全より優先すべきことがあるということだ。
僕がギルドでその余り物の依頼を聞きつけたのは偶然で、その場にガブリエルがいたのも偶然だ。でも何故か、そんな偶然が何度も続く。本当に不思議なことだが。
最初に彼が僕に気づいて声をかけてきた時の台詞は、「お前、一人? 俺も一人なんだけど、お互い頑張ろうぜ」だったと思う。
おそらくガブリエルも、その時は僕と一緒に行動しようなんて考えていなかったはずだ。彼の明るい笑顔の裏に潜んでいる警戒心は見間違えるはずもない。
だが。
初めて彼を見た時に感じたのは、『彼は自分と同類だ』ということ。
もしかしたら彼も同じように考えたのだろうか、いつの間にかギルドで会うたびに何気ない会話することが増えた。そして少しだけ距離が近くなった。
これまで僕は、ソロで活動できるような些細な依頼だけ受けていた。それでも、薬草採取などといったつまらない依頼だけ受けるのには辟易していたのも事実。
幼い頃から剣術を学び、戦闘に役立つ魔術も会得した。自分が強くなったという確認をしたかった。そのためには実戦に飛び込む必要があった。
だから、短期間でも一緒に行動してくれる人間が欲しいとも思っていた。魔物討伐中に怪我をしたとしても、お互いに庇って動くことができるような相手だ。
だが問題は、僕に近づいてくる人間たちが信用できそうになかったこと。僕が子供で小柄だから、甘く見ている人間ばかりだった。せっかくダンジョン内で手に入れた報酬も、同行者に奪われてしまっては元も子もない。
そういう時に出会ったのがガブリエルだ。
彼もまた、僕と同じ懸念を抱いているようで他の冒険者たちと距離を取っているのが解った。
お互いの利害が一致したから、最初は緊張しながら手を組んだ。
そしてお互い、小さめのダンジョンの攻略から始まって、それぞれダンジョン内で武器や防具といった報酬を手に入れた。
それが今、僕たちが持っている魔剣であったり、魔物の皮で作られた靴や手袋、魔石を組み込んだ魔道具へと変化したわけだ。
戦うための道具というなら、もう充分に整っていると言える。無理にダンジョンに潜って報酬を得る必要はないのだが――。
「受けるのか?」
僕の隣に立った彼は、壁に貼り出されたその依頼書を見つめつつ、そう声をかけてきた。
「……まあね」
僕は短く返しながら、その依頼書を壁から引き剥がし、ギルドの受付に持って行く。そして、何も言わないのに彼は僕の後をついてきた。まるで、それが当然かのように。
それを期待した。
そして期待に応えてくれた。
「実は、この街を離れることになったんだ」
僕はダンジョンの最下層であるこの空間から出るために、ごつごつした階段を上がりながら言った。僕の右手の上には、魔術で造り出した火の玉がふらふらと揺らいで足元を照らしている。
背後からガブリエルがついてくる気配を感じながら、さらに続ける。
「君と一緒に行動するのもこれが最後かもしれないし、その魔石は餞別みたいなものだ」
すると、背後から驚いたような彼の声が響いた。
「……俺も、この街を離れる予定なんだ」
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