シンデレラの姉

光野じゅうじ

◆前編『招待状』

 シンデレラ。

 美人で、優しくて、健気で、誰からも好かれるような理想の女の子。

 ――そして、私の義理の妹。

 私はシンデレラが嫌いだ。

 私よりも可愛いから。私よりも心が綺麗だから。女の子として私よりもずっと魅力的だから。私はあいつのことが憎くて、妬ましくて、嫌いで嫌いでたまらない。

 でもシンデレラよりも嫌いなのは、私、自分自身だ。

 可愛い妹に勝手に劣等感を抱いて、いつも邪険にする最低な女。

 私は性格だけじゃなく顔までも醜く、自分でも悲しくなるくらいに不細工だ。

 そんな性格と容姿をしているため、縁談を組んでもすぐにご破算になってしまう。そのため私は、年頃の令嬢だっていうのに婚約者すらいない。

 ママは私のことが大好きだから、世の男どもの見る目がないだけだって励ましてくれるけど、そんなわけない。悪いのは他の誰かじゃなくて私自身なのだ。

 ママには口が裂けても言えないけど……私は、こんな容姿に生まれたくなかった。こんな性格になりたくなかった。

 できることなら――私は、シンデレラになりたかった。




「舞踏会? それも、王子様主催の?」


 ママから手渡された招待状を読んだ私は、目を丸くした。


「これ、本当なの?」


「ええ、本当ですよ。なんでも王子様は舞踏会で気に入った女性と結婚するつもりのようで、国中の未婚の若い女性がいる家に招待状を配って回っているそうです」


 説明を聞いて納得する。

 招待状を配る相手に容姿や人柄を求めるなら、私の元には絶対に送られてこなかっただろう。

 しかし、私に送られてきたということは――。


「じゃあシンデレラはどうなの? あいつにも送られてきたの?」


 気になって訊いてみると、ママは苦虫を噛み潰したみたいな顔をした。


「……ええ、送られてきましたよ。ですがシンデレラに招待状を渡すつもりはありません。あんな呪われた子を、王子様と合わせられるものですか」


 さも当然といった面持ちで、ママはひどいことを言う。けどそれはいつものこと。ママは義理の娘のシンデレラが大嫌いなのだ。

 シンデレラの本当の母親はママの妹で、私から見たら叔母に当たる人物である。叔母とその夫はシンデレラがまだ幼い頃に馬車の事故で亡くなった。両親に先立たれたシンデレラは親族が面倒を見なければならなくなり、ママは嫌々ながらも彼女を義理の娘として引き取った。

 そういった経緯で家にやってきたシンデレラをママは娘扱いせず、呪われた子と呼んで蔑み、奴隷のように無下に扱っている。

 料理も掃除も洗濯も、家のことをすべて無理やり押しつけて。衣服を買い与えず、ぼろきれを縫い合わせたものを着させていた。

 誰がどう見ても、シンデレラの境遇は可哀想だ。

 でも私は絶対にそんなことは口にしないし、思わないようにしている。ママがシンデレラを奴隷として扱うなら、私もそれに倣う。そうすることが、ママの娘として生まれた私のあるべき在り方だから。


「舞踏会は一週間後です。頑張って王子様の心を射止めるのですよ」


 ママが期待の籠もった眼差しを向けてくる。

 私なんかが王子様を落とせるわけないでしょ──内心ではそう思いながらも、私は笑顔を取り繕って「もちろん。頑張るわ」と答えた。




 王子様主催の舞踏会を前にして、街は色めき立っていた。

 国中の若い女の子たちは「私が王子様を落とすんだ」と躍起になって、ドレス選びや靴選びに奔走している。

 王子様の結婚相手──つまりはプリンセスになれるかもしれない機会なんて、その辺の街娘はもちろん、私のような子爵令嬢でさえ普通ならありはしない。誰も彼もが騒ぎ立てるのは無理もないことだろう。

 けれども。私の心は依然として冷めたままだった。

 自分なんかが王子様に相手にされるわけがない、頑張ったところでどうせ徒労に終わるだけだ、そんな諦観が私の頭の中を満たしていたのだ。

 舞踏会の当日になってもその考えは変わらず、私は乗り気ではなかった。だがママにあんなことを言った手前仮病を使うわけにもいかず、私は舞踏会の支度をしなければならなかった。


「いいなぁ。舞踏会、わたしも行きたかったなぁ」


 ドレスの着付けをシンデレラにやらせていたところ、彼女がぽつりと言葉を漏らした。

 声色に嫌味ったらしさはない。シンデレラはただただ純粋に、舞踏会に行けないことを残念がっているようだった。


「ふーん。あんたもそういうの、興味あったんだ」

 

「そりゃありますよぉ、女の子ですもん。それに……お母さんからもらった靴も、履いてみたかったですし」


「あー……あのガラスの靴ね」


 ガラスの靴。それはシンデレラがうちに引き取られるより前、本当の母親から誕生日祝いにもらった靴だ。

 靴のサイズは子供用ではなく大人用で、添えられていたメッセージカードには『あなたが大人になったら、この靴を履いて舞踏会に出てほしい』と書かれていたらしい。

 もっともシンデレラの本当の両親は、娘の成長を見届けることはできず、馬車の事故で亡くなってしまったのだが……ともかく、ガラスの靴はシンデレラが本当の母親からもらった大切な贈り物なのであった。


「ガラスの靴を履いて、舞踏会に行って、ダンスを踊る。それがわたしの夢なんです」


「ハッ、呆れるほどガキ臭い夢ね」


 無垢に夢を語るシンデレラに苛ついた私は、ついひどいことを言ってしまう。

 私は夢なんて持てないのに。なんでこいつは、奴隷扱いされているのにそんな希望に満ち溢れたことを言えるんだろう。

 シンデレラのそういうところは本当に眩しくて、見ているだけで自分が惨めに思えてくるから、嫌いだ。


「あはは、たしかに子供っぽいかもです。姉さん、舞踏会に行ったら、わたしの分まで存分に楽しんできてくださいね」


 シンデレラはそう言って微笑みかける。

 その笑顔を見て私は……心底ムカついた。


「なによ、それ。あんただって舞踏会に行きたいんでしょ? なのに、なんでそうやって笑えるのよ」


「なんでって言われても……わたしが舞踏会に行くのなんて、お母様が許してくれませんから。ですので姉さんが楽しんで来てくれれば、それでいいんです」


 理由を述べるシンデレラは、なおも笑っていた。

 こいつは絶対に不平不満を言わない。どんなにひどい扱いを受けても、罵声を浴びせられても、石膏で塗り固められたみたいに笑顔を崩さない。

 そんなシンデレラに対して、いつもは気持ち悪いなとか不気味だなとしか思っていなかったけれど、今この時ばかりはそれらとは違う感情を抱いた。


「あんた馬鹿なの!? このままじゃあんたは、一生夢を叶えられないのよ!?」


「たしかに、そうかもしれないですね」


「だったらもっと嘆きなさいよ! 喚き散らしなさいよ! 私を、ママを、憎んで恨んで呪いなさいよ!」


 私は激憤していた。

 こいつはこんなにも健気ないい子なのに。私よりもずっと美人なのに。それなのに自分を無下にして簡単に夢を諦めてしまうことが、許せなかったのだ。

 シンデレラはこのままでは、無意味に年を重ね、老いて枯れていくだけだ。それは美しい花が誰に見られることもなく、茶色く萎びた汚物に変わっていく様を見るようで……私は、そのような未来は認められないと強く思った。


「……招待状はママの部屋の机の引き出しの中に入ってるわ。鍵は掛かってないから、すぐに取り出せるはず。ドレスは私のを適当に見繕えば。あんたなら水色が似合うと思う」


 私がぶっきらぼうな口調でそう言うと、シンデレラは目をぱちぱちとさせて驚いた。


「え……? 姉さん、わたしに舞踏会に行ってもいいって言うんですか? でもそんなことをしたらお母様に──」


「バレなきゃいいのよ。もし仮にバレたとしても、招待状もドレスもネズミか小鳥が持ってきてくれたと答えなさい」


「……ありがとうございます。姉さんは、やっぱり優しいですね」


「べつに優しくなんかないわよ。あんただって招待状もらってるんだから、行かなきゃもったいないって思っただけ。舞踏会に行くからには、できるだけ金持ちの男を引っ掛けてきなさいよね」


 私は真っ向からシンデレラの言葉を否定する。

 そう、私は優しくなんかない。シンデレラに同情もしていない。

 シンデレラを舞踏会に行かせるのは、そうしなければ私が我慢ならなかったからだ。故にこれは私が私のためにしたことであり、決してシンデレラを想ってのことではなかった。


「ふふっ、わかりました、姉さん」


 シンデレラは可憐に微笑む。幸せそうなその笑顔を見て私は、心の澱を洗い流されたみたいな、そんな気がした。

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