第41話 二者面談

 机と椅子しかない、清掃の行き届いた部屋で麦茶を飲みながら待つ。


 ガチャリと扉の開く音が聞こえ、俺の鼓動がはやくなった。


「母さん、話があって来た」

「よく私の職場が分かったわね。なにか相談事?」

「よく言うぜ。俺を拉致らちったくせに。これ、俺の進路調査票。三者面談だってさ」

「ふぅん。なんでこんなに低レベルな大学ばっかり書いたの? もっと上を目指せるでしょ」

「それよりも前に、はっきりさせよう」


 俺はリュックの中からラビの仮面と衣装を出した。


「鷺ノ宮エンタープライズ、ダンジョン技術部主任、鴻上こうがみ 進歌しんか。俺は母さんの理想の世界を受け入れるつもりはない」

「…………」

「こんな世界で進学も就職も考えられない。考えるつもりもない」

「じゃあ、どうしたいの?」

「ウェルヴェリアスたちを元の世界に帰す。それが俺の夢だ」


 母さんは仮面を撫でながら、俺をじっと見つめてきた。


「まさかシンがこれを使うとは思っていなかった。これは鷺ノ宮くんと新堂くんのために作ったのに」

「どうして、こんなものを作ったんだ。母さんたちは友達なんだろ? なんでみんな違う方向を向いてるんだよ」

「最初は友達だった。高校生のときに3人で世界を取ろうって約束したのが始まりだったかな。だけど、ダンジョンの出現によって考え方が変わってしまった」


 母さんの話はそれぞれの大人が俺に話してくれた内容とほぼ同じだった。


「鷺ノ宮くんは、ただのゲーム好きな男の子だった」


 親の跡を継いでゲーム会社の社長になったおじさんは、赤字回避のためにダンジョン攻略に着手した。

 事業を軌道に乗せることには成功したが、魔物が存在しなくなると会社の存続が難しくなると判断して、洗脳という手段で魔物と支配する世界を創ると決めたらしい。


「新堂くんは私が出会った頃から政治家になることを夢見ていた」


 新堂元総理は自分の理想とする国を創るためにダンジョンに棲む魔物に目をつけた。

 冒険者に武器を与えるように鷺ノ宮エンタープライズに依頼し、心地良い言葉で冒険者をダンジョン攻略へと誘った。

 最終的には魔物側にヘイトを溜めさせて、全面戦争を企んでいたらしい。一度、世界を壊し、魔物が支配する世界へと創り替えようとしたのだ。

 魔物のトップがウェガルミナスであれば、彼と共闘している自分も王になれるという浅はかな考えだったようだ。


「そんな2人を変えてしまったのが私。私が異世界を見つけて、道を繋げてしまったのが全ての始まり」

「母さんが元凶……?」

「3人で向こうの世界を視察して、こっちの世界へ連れてきた。3人で魔物の名前を決めて、専用のアプリを作って、出現したダンジョンの整備をして。そして、新堂くんが総理として国民に説明した。その頃には新堂くんはウェガルミナスと関わりを持っていたわ」


 俺の知らない時代の話だ。おおよその流れは歴史の教科書で読んだことはあるが、そこに登場する人物の一人が母さんだとは思わなかった。


「最初はシンの言った通り、共存に近かった。人間の暮らしの中にダンジョンと魔物がいる、ただそれだけ。でも、スタンピードを起こしてしまった」


 一番最初のダンジョン・スタンピードは外国の小さな島だ。

 そこから大きな町でも発生するようになり、被害も大きくなったと聞いている。


「もしかして、実験?」

「そう。人間は知的好奇心に勝てない生き物なのよ」

「母さんが……?」

「いいえ。私の管轄外で発生したの。鷺ノ宮くんも、新堂くんも怒っていたわ」


 いや、違う。

 絶対に新堂が関わっている。


 母さんは知らないのかもしれないけど、俺が巻き込まれたダンジョン・スタンピードは新堂が引き起こしたものだ。

 俺だけが母さんたちから離れたことで巻き込まれ、奇跡的にウェルヴィに救われた。


 しかし、新堂は俺たち4人全員を殺そうとしていた。

 俺は喉元まで出てきた言葉を飲み込み、母さんには真相を伝えなかった。


「ダンジョン・スタンピードなんて、どうでも良かった。でも、あの事件だけは許せない」


 母さんの目がつり上がる。


「愛する息子シンを巻き込んだ罪は重い。だから、魔物を支配する世界を創ると決めた」


 あっぶね。

 新堂の名前を出していたら、拘置所に乗り込みかねない。

 それほどまでに母さんは殺気立っていた。


「あのうさぎにはネックレスをつけた?」

「いや、まだ。ウェルヴィにあんな物はいらない。あいつは俺の友達だ」

「友達? 夕凪ゆうなぎの顔をした化け物が? わざとあなたを危険な目に遭わせたのに? 本当の願いを言えない臆病者のくせに?」

「やめろよ。息子の友達を侮辱するな」

「友達は選びなさい。私はあのうさぎを認めないわ」


 母さんは1mmも笑うことなく、淡々と会話を続けた。


「シンは魔物に関わらないで普通に生きるの。あのうさぎにネックレスをつけて。そしたら、私が管理してあげる」

「つけるわけないだろ」


 俺は違和感を抱いていた。

 母さんは非効率的なことを嫌う人だ。

 そして、諦めが悪い。


 そんな人がどうして、魔物を管理するという面倒なことに拘るのか。


「ウェルヴィたちを元の世界に戻す方法があるんだろ?」

「……不可能よ。何度も試した」

「いや、絶対にあるね。試したんじゃない、試せないんだ」

「…………」

「新堂元総理が言ってたよ。母さんなら迷わず本丸を叩くって。俺も間違いに気づいた母さんなら魔物を元の世界に帰す選択をしたと思う。絶対に」


 このとき、初めて母さんが表情を歪めた。

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