第38話 うさぎの王と孔雀の王

「行くぞ、覚悟はいいな」

「もちろんだ。お前には指一本触れさせない」


 官邸内での乱戦を覚悟していたが、中に人の気配はなく、不気味な雰囲気だった。

 スパイラビットを敷地内に放ち、新堂の居場所の特定を急がせる。


「あちこちに穴を空けさせてある。いざとなったら地下へ逃げろ」

「そうならないことを祈るよ」


 索敵も得意とするスパイラビットからの声を聞いたウェルヴィの後を追う。

 大ホールと書かれた部屋はテレビで見たことのある場所だった。


「待っていたよ、ラビ。いいや。鴻上こうがみ シンくん」

「…………」

「仮面のボイスチェンジャー機能が壊れているのによく思い切ったね。フランスのラビは偽物だ。ミラージュラビットを使ったな」


 鷺ノ宮エンタープライズよりも魔物の情報に詳しいのか。

 俺はゆっくりとフルフェイスの仮面を外し、顔をさらけ出した。


「なぜ、ここに来ると分かった?」

「きみは進歌しんかの息子だ。彼女なら問答無用で本丸を叩く。それが理由かな」


 母さん、何者だよ。

 ただの家を空けるキャリアウーマンじゃないのかよ。


 世界的に有名な企業の社長、内閣総理大臣、闇医者と知り合いなんて、とんでもない時代に生まれたのは分かるけどさ。


「おじさんを襲わせたのはあんただな」

「鷺ノ宮は甘かった。魔物と支配する世界なんて反吐が出る。それにやり方も回りくどい」


 これが一国のリーダーのオーラか。これまでにない重圧感が感じる。


「私はね、魔物が支配する世界を創る。その方がわかりやすいだろ?」

「なんだと!?」

「シンくん、私と共に新世界を創ろう。君だって怒り狂う魔物に殺されたくないだろう」

「なんで、そんな酷いことを……」

「君の隣にいる魔王を含め、魔物は人間よりも遥かに優れた存在だ。私は実際に彼らの世界を見て、感銘を受けた。この世界も変わるべきだ」


 新堂は演説でもするように大振りなジェスチャーを加えながら理想を語る。


「人間は争いを続けるが、魔物たちは争いのない世界を築き上げた。この世界もそうあるべきだ。私は魔物に世界の崩壊と創造を託す!」


 突如、官邸の天井が剥ぎ取られ、新堂の背後には孔雀の魔物――ヴェガルミナスが舞い降りた。


「哀れだな、ウェルヴェリアス。そのような小僧にうつつを抜かすとは。実に醜い姿だ。早く元の姿に戻れ」

「ヴェガルミナス。貴様が裏で糸を引いていたな」


 人の言葉を話す巨大な孔雀の魔物の鋭い目が俺を捉えた。


「この世界はいいぞ。どれだけ殺しても、誰もわれを責めない。それどころか挑んできた人間を非難する。ザコが粋がるな、だの。ざまぁ、だの。実に滑稽な種族だ」


 そうか。

『虹のダンジョン』があと一歩で攻略できないと言われているのは、ボスであるヴェガルミナスが絶妙なパワーバランスで人間の欲を駆り立てているからなんだ。

 それを知らずに攻略に挑んで命を散らした冒険者が何人もいるなんて。


「貴様は元の世界への帰還を望んでいるのだろう? 弱々しい種族の王はこれだから困る。人間の子供を利用して、自分たちだけ元の世界に戻ろうとした臆病者め」

「それは過去のわたしだ。今はシンがいる。シンはわたしたちをザコとは呼ばない」


 ヴェガルミナスは金切り声で笑った。


「つく側を間違えているぞ、ウェルヴェリアス。こいつを見ろ。人間の中でも特に傲慢で野心の強い男だ。我が同胞を率いてこの世界を破滅へと導いてやろう」

「そうだ。破滅の先にしか平和はない。私とウェガルミナスが世界の支配者となるのだ!」


 彼らは利害が一致して共闘している。

 俺たちとは異なる関係性を構築しているのだ。


 今にもウェガルミナスは俺たちに飛びかかろうとしている。


 以前ウェルヴィが言った通り、魔物を使役できるようになったら直接的な争いが生まれてしまった。

 俺はウェルヴィの願いを叶えたいだけなのに……。


「残念だったな小僧。ウェルヴェリアスとはそういう奴だ。いくら魔物との共存を証明しようとも、こいつは貴様を捨てる」


 俯いたウェルヴィがウェガルミナスの元へ進む。


「……すまん、シン。わたしの姿を見ないでくれ」


 そして、寂しげに微笑んだ。


「我に勝てると思っているのか? 哀れなうさぎの王よ」

「悪知恵のついたわたしをなめるなよ。最後までシンだけは裏切らない」


 次の瞬間、ウェルヴィの体を突き破って、巨大なうさぎの魔物が現れた。

 トレードマークの山羊やぎの角とさそりの尻尾に加え、獰猛どうもうな牙と爪を持つうさぎの魔物がウェガルミナスに飛びかかり、官邸の外で戦闘を始めた。


 さながら巨獣大戦争だ。

 これが現実だなんて、思えなかった。


鴻上こうがみ シンくん。君の理想はついえた。鷺ノ宮と同じように寝ているといい」

「おじさんを襲った魔物と、ラビの相棒が戦っているんだ。みんなはどっちが正義だと思うだろうな」

「鷺ノ宮はダンジョン・スタンピードを起こした犯罪者だ。あいつに裁きを下したウェガルミナスを悪とはみなさないだろう」

「そんなにペラペラ話して大丈夫か?」

「全世界に自分の正体を明かす度胸があるのかね? それに子供の言うことは誰も信じない」


 不覚にも俺は笑ってしまった。


「大人の言うことなら聞くよな。特に内閣総理大臣の言葉なら」


 俺は物陰から跳ねて出てきた小さな魔物を抱き寄せた。


「それは、ミラージュラビット!? 唯一の個体はフランスにいるはずでは!?」

「こいつらの繁殖力を見くびったな。こんな都合のいい魔物を俺が超貴重種で終わらせるわけがないだろ」

「貴様っ!」


 一部始終を見ていたミラージュラビットの子供が他のラビットたちと協力して、ダンジョン配信の準備を進める。


 俺が新堂を押えつけ、外ではウェルヴィがウェガルミナスを押し倒した。


 抵抗する新堂に投げ飛ばされた俺だったが、すでに配信が始まり、ホログラムとして現れた新堂総理が腹の中に隠していた野望を全世界に向けて発信していた。


「どっちが正義かは視聴者に委ねよう」

「ガキがっ! ウェガルミナス!」


 襲来する孔雀の魔物の背中に乗るうさぎの魔物。

 ウェルヴィはウェガルミナスの翼を食い千切り、尻尾の毒を注入し続けた。


「まさか! 最強の魔王種、ウェガルミナスが負けた……!?」

「うさぎにはうさぎの戦い方がある。ただ空を飛んでいるだけの鳥に負けるわけがないだろ」


 新堂はついに膝をついた。


「あの時しくじったのが敗因だ。鷺ノ宮も進歌も貴様もダンジョン・スタンピードで死亡すればよかったのに」

「やっぱり、あんたの計画か」

「いや、まだだ。まだやり直せる! ウェガルミナスがやられても他の魔物たちで貴様を!」

「なわけないだろ。鷺ノ宮 夕凪ゆうなぎはもっとヤバい情報を持ってるぞ。なんてったって鷺ノ宮 朝陽あさひの一人娘なんだからな」


 俺は『サンセット』というユーザーがラビの公式アカウントに送ってきたDMを見せつけた。

 送られてきたデータの中には、これまでの鷺ノ宮 朝陽と新堂 あらたの会話が全て記録されている。

 これが世に出れば、新堂政権は終わったも同然だ。


「くそ! くそ! くそぉ!」

「狩っていいのは、狩られる覚悟のある奴だけだ」


 ウェルヴィとウェガルミナスの戦いは周囲に甚大な被害をもたらし、テレビ中継されて全世界に放送された。


 その後、新堂総理は駆けつけたダンジョン管理局員によって強制連行。

 俺も一緒に連行されるはずだった。


「シン!」


 人型に戻ったウェルヴィの声に振り向くと、足元には粘液質な水が滴っていた。


「なっ!?」


 無抵抗の俺を取り囲む管理局の連中には目もくれず、どこからともなく現れた、かたつむりの魔物に襲われた俺は気を失ってしまった。

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