第39話 もう一つの理想
気づくと薄暗い建物の中だった。
湿った室内に置かれた台の上に寝かされていたようだ。
起き上がると足元には足首の高さまで水が張っていた。
「どこだ……? ウェルヴィ!」
声が反響するだけで返事は聞こえない。
服装は仮面がないだけで、ラビの衣装のままだ。
ポケットの中に入れておいたものは全て抜き取られている。
ここがどこで、総理官邸からどれだけ離れているのか検討もつかなかった。
「いい仮面でしょ? うちの最高傑作なの」
「誰だ!」
「この仮面の作成者。そして、ダンジョンを管理する者ってところかしら」
うさぎを模したフルフェイスの仮面を被った人物。
壊れていたはずのボイスチェンジャーが直っていて、声からは性別を特定できない。
話し方は女性だが、そう決めつけるのは軽率だ。
「もう仮面も衣装も必要ない。それは返す」
「どうして?」
「鷺ノ宮と新堂が理想としていた世界は創れない。そこにダンジョンが存在して、冒険者という職業がある元通りの世界だ。あんたたちがダンジョン・スタンピードを起こさない限り、魔物との共存が実現される。ラビの一人勝ちだ」
「あなたは何がしたかったの? 悪いのは鷺ノ宮エンタープライズで、その後ろにいたのが政治家だったって証明したかっただけ?」
「違う。俺は魔物との共存を証明したかっただけだ。俺と【
仮面の人物はデスクの上から何かを取り上げ、俺に見せつけてきた。
「じゃあ、私の理想に近いってわけだ」
「それは……」
「このスイッチを持っていたってことは、ハートロックネックレスを知っているのね」
万が一にもあの女医が不信な行動を取ったときに迷わず始末するため、肌身離さずに持っていたスイッチだ。
「これは人間用のスイッチ。で、こっちが魔物用」
モニターには同じ形で色違いのネックレスとスイッチが映し出された。
「私は魔物を支配する世界を創る」
「あんたもかよ」
「そのために必須のアイテムよ」
「鷺ノ宮と同じじゃないか!」
「あの人は洗脳しようとした。私は服従させる。対等である必要なんてないの。同じ場所で生きるなら、どっちが上か理解させる必要がある。犬と一緒よ」
その言葉を聞いたことがある。
俺が仮面の人物に近づくと、背後で水の跳ねる音が聞こえた。
「……装着済みかよ」
「ドミネイトネックレス。私がスイッチを押せば、その魔物は死ぬ」
そこにはネックレスをつけられた、かたつむりの魔物がいた。
間違いなく俺を連れ去った奴だ。
「どうしてこんなことを」
「ダンジョン・スタンピードは誰でも起こせる。自分の大切な人に危機が迫ったとき、これがあれば安心でしょ。スイッチ一つで魔物を討伐できるの。冒険者は廃業ね」
「魔王種もドラゴン種も一筋縄ではいかないぞ」
「簡単よ。証拠にそれのステータスを見せてあげる」
モニターが切り替わり、かたつむりの魔物の情報が開示された。
***
name:【
type:魔王種
Level:99
***
「魔王種……!」
「魔王狩りって少し前にあったでしょ。あれ、私がやったの。あなたのお友達以外にはネックレスを装着済み。はい、これ」
差し出された2つのネックレスとスイッチ。
ウェルヴィとルクシーヌの分だ、と察しがついた。
「あなたが新堂と戦っている間に、各ダンジョン内の全ての魔物にネックレスを取りつける任務が始まった。現在、世界中で65%の作業が完了しているわ」
「こんなの共存じゃない。俺はあんたの考えには賛同しない!」
「あなたは目立ちすぎた。だから、私が変わってあげる」
かたつむりの魔物の触手が俺の腕を掴む。
刺されたような鋭い痛みの後から手足が痺れ始め、やがて立っていられなくなった。
「自分でネックレスを付けられないなら、私が手伝ってあげる」
衣装のポケットにスマホやスイッチ、そしてドミネイトネックレスを入れられた。
抵抗しようにも体が動かず、かたつむりの魔物に抱きかかえられた俺は仮面の奥にある瞳を睨みつけるしかなかった。
「次に目覚めたとき、世界は変わっている。その時にどうするのか、自分がどうしたいのか。よく考えなさい」
視界が霞む中、目の前の人物は脱いだ仮面を俺に被せた。
ほんのり甘い香りがする。
俺はこの香りを知っている。
顔を見ることはできなかったが、嫌な推測だけが胸の中で大きくなった。
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