第12話 うさぎの王は真実を語る

 へろへろで帰宅すると、鍵を開ける前に玄関の扉が開き、腕を引かれて中へと引きずりこまれた。


 平均的な体重の俺を軽々と持ち上げたウェルヴィに背骨が折れるほどの力で抱きしめられる。

 俺は体を仰け反らしながらウェルヴィに抗議した。


「放せ! 暑苦しい! 首に巻きついたうさぎが顔を舐めやがったぞ!」

「お前が無事でよかった」


 着地させてくれたが、ウェルヴィはまだ俺に抱きついて離れない。


「……ありがとう。お前がルートを送ってくれなかったら巻き込まれていた。間一髪だったよ」

「危険な目に遭わせてすまない」


 は?

 こいつ、まさか――!?


「ダンジョン・スタンピードを予測していたのか!?」


 ウェルヴィの腹を押し返して怒鳴りつける。


 最初から分かっていながら、俺に教えなかったのか。

 あたかも救世主のような登場の仕方をして、悦に浸っていたのか。

 俺を試したのか。


 いや、俺のことはいい。凪姉を巻き込んだことが許せなかった。

 しかし、いくら怒鳴ってもウェルヴィは反論しなかった。


「ニュースを見ろ。話はそれからだ」


 納得はいかないが、言われた通りにリビングのテレビを点ける。

 どのチャンネルでも今日の渋谷でのダンジョン・スタンピードの報道で持ちきりだった。


「負傷者多数。詳細な数が出せないだと。これをお前は知っていたのか!?」

「そうだ」

「なんで教えなかった! スタンピードは防げなくても、迅速な避難はできたはずだろ!」

「違うな。誰がただの学生の声を聞くというのだ? よほどの影響力がない限り、お前の声は誰にも届かない」


 ウェルヴィはいつになく真剣な眼差しで俺を見下ろして、手を伸ばした。


「ダンジョン・スタンピードは災害ではなく、人災だ。これから話すことをよく聞け。そして、わたしの手を取れ」

「なんだよ、それ」


 ウェルヴィはそのままの姿勢で話し始めた。


「ダンジョンの入り口には特殊な電磁波が張られている。人間に害はないが、魔物には耐え難い音だ。それがあるから魔物はダンジョンの外には出ない」

「それが解除された、とでも言いたいのか?」

「その通りだ。わたしのように特殊でない限り、外には出られない仕組みなのだ。証拠を見せてやろう」


 ウェルヴィは左手だけで器用にスマホを操作して、一枚の写真を見せてきた。

 薄暗い研究室のような場所に映し出されたモニターをカメラに収めたのだろう。画質が荒くて鮮明ではない。

 その写真はダンジョンの入り口の構造について描かれた設計図のようなものだった。


「スパイラビットに撮らせた写真だ」

「ここはどこだ?」

さぎみやエンタープライズの研究施設だ」

「なんだとっ!?」


 鷺ノ宮エンタープライズ。

 元大手ゲーム会社で、世界で初めて日本にダンジョンが出現した時からダンジョン攻略に目をつけて、装備や防具の販売、開発、ダンジョンの研究を行なうようになった大手企業だ


「鷺ノ宮がダンジョンそのものを管理している」

「じ、じゃあ、スタンピードも……?」

「入り口を開けて、最下層のボス部屋でなんらかのアクションを起こせば、中にいる魔物は興奮して地上を目指す」

「本当に人為的なもの、なのか……」


 しかし、ニュースではそんな報道をしない。

 ダンジョン・スタンピードを考察したサイトはあるが、要領を得ないものばかりだ。

 一部の過激なユーザーが陰謀論を唱えたり、神の裁きなどと記事にしていることもあるが、その程度だった。


 誰も人間が意図的に災害を引き起こしているなんて、思っていない。


「でも――」

「シンは本当にわたしたちが自らの意思で興奮して暴走していると思うのか?」

「それは、違うと思うが」

「わたしたちに何のメリットがある? ただ疲れるだけだ。それに討伐されるリスクを冒してまで外に出る理由がない」

「お前はどうなんだよ。お前だって、餌を求めて外に出たんじゃないのか!?」

「わたしは特別だ。穴を掘れるからな」


 いつもの得意顔ではない。

 ウェルヴィが俺を騙そうとしていないことは分かったが、納得できるわけではない。

 もしも、ウェルヴィの言っていることが正しいなら、魔物が悪者という世界の常識が覆ってしまう。


「人間の敵は人間ということだ。今回の騒動を引き起こした男の証拠写真も収めてある。見るか?」


 ウェルヴィはスマホを裏向きにして俺に差し出した。


「シンに本当の敵を知って欲しかった。そのためには惨状を実際に見てもらう必要があったのだ。ニュースでは真実は語られない。だったら、暴くしかない」

「そんなことをしても……」

「シンは人間側に立つか、それとも魔物側に立つか、選べる特別な人間だ」


 残酷な二択問題だ。

 だけど、俺は迷わなかった。


 ウェルヴィのスマホを裏返したときから答えは決まっている。


「凪姉を巻き込んだ男を潰す。手を貸せ」


 俺は差し出されたままのウェルヴィの手を取った。


「俺たちは共犯者だ。最後まで付き合え。ダンジョン配信をするぞ。一つのパーティーが崩壊する様を全世界に晒してやる」


 ウェルヴィは恍惚の笑みを浮かべて跪いた。


「それでこそ、うさぎの王を使役する覇者だ。準備はできているぞ。思う存分やるがいいさ」


 この日、俺は魔物との共存を実現させるための大きな一歩を踏み出した。

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