第9話 愛は腹痛を伴うらしい

 次の日。教室は物々しい雰囲気だった。


「お前だよなぁ! 柴崎があのうさぎにやられた時に偶然居合わせたって奴は!」


 登校した俺を待っていたのは『ガイオアース』のリーダー大石の弟で、俺にとっては学年が2つ上の先輩だった。


 自分が柴崎を誘ってCランク冒険者に育てた、と息巻いているようだが、先輩自身はEランク止まりの小物だ。


 そんな小物に胸ぐらを掴まれているのだから立場がない。

 そもそも俺は冒険者ですらない。


「そ、そうですけど。いきなりなんですか!?」

「昨日の配信を知ってるよなぁ! 俺の兄貴が魔王にやられたんだよ!」

「なんのことですか!? 僕は冒険者じゃないので何も知りません! 離してください」


 突き飛ばされた俺は大袈裟に咳き込んで、制服の襟を正した。


「魔王について知ってることを話せ」

「何も知りませんよ。校長先生にも聞かれましたが、同じように答えています」

「嘘だろ! じゃあ、なんでお前はあいつに襲われてねぇんだよぉ!」

「そんなこと知りませんよ! 僕は柴崎くんに言われてついて行っただけなんですから」


 舌打ちをした先輩が机を蹴り飛ばしながら出て行く。

 遅れてきた教師たちが先輩を追いかける中、俺は気まずさを感じながら自分の席に着いた。


「災難だったな、鴻上こうがみ

「でも、お前はラッキーだよ。柴崎、もう2週間も起きないんだぜ。将来を期待された冒険者だったのに」


 そんなことを言われると心が痛む。

 俺だってそこまでやりたかったわけではない。


「ガイオアースがやられたなら、国家冒険者に再攻略を任せるのかな?」

「ここまで来たら政府が動き出しそうだけどな。あの魔王って反逆者な訳じゃん?」


 やっぱりそう捉えられるか。

 俺はただ魔物と共存できることを証明したいだけなんだがな。

 でも、ウェルヴィたちが一方的に傷つけられるのを黙って見ているのも気分が悪い。


「シンくん、大丈夫? 眉間のしわが深くなってるけど」


 覗き込む佐藤さんをはぐらかしていると、担任が入ってきてホームルームが始まった。


 帰宅するとウェルヴィはテレビを見ながら生のニンジンにかじりついていた。

 処分に困っていたから大変助かる。


「中途半端に帰してよかったのか?」

「何度も言ってるだろ。人殺しはしない。柴崎たちも意識が戻らないみたいだし。あいつらが目覚めないことで助かっているのは事実だが、あれはやり過ぎだ」

「わたしだけが悪者か? 人間はなぜ自分たちだけが被害者だと思い込んでいるのだろうな」

「……どういう意味だ」


 ウェルヴィは意味深に目を細めながら、スマホを見せつけてきた。


「おい。ロック画面を変えろ」


 そこには足を組みながらふんぞり返る俺の写真が表示されていた。

 自分でも嫌になるくらいの悪役顔だ。こんな姿は絶対にクラスメイトには見せられない。


「違った。こっちだ」


 ロックを外したスマホには『ガイオアースの復讐』と書かれたスレッドが表示されていた。


「これによると奴らは『始まりのダンジョン』での戦闘を諦めたらしい。魔王シンをおびき寄せたいらしいが、どうするつもりだろうな」

「お前まで俺を魔王なんて呼ぶな」

「いいじゃないか。かっこいいぞ」


 皮肉にしか聞こえない。

 俺はスマホを返しながら夕飯のメニューを考えることにした。


 昨日はピザだったから、今日は唐揚げ弁当でも買ってくるか。


「買い物に行く。家から出るなよ」

「付き合ってやろう」

「ポテチはなしだ」

「いけずめ。わたしはシンの愛を受け止めるために人間の姿になったのだぞ」


 何を言っているんだ、こいつは。

 それだと元々は違う姿で無理して人型になったと言っているようなものだ。


「初めてシンが食べ物を恵んでくれた日、わたしは腹を下した」

「だろうな」

「これがシンの愛なのだと知り、元の力を取り戻した暁には消化不良を起こさない体を手に入れて、お前の愛を受け止めると誓ったのだ」

「……アホなのか?」

「見た目もお前好みしたつもりだ。どうだ、こういうのが好きだろう?」


 ウェルヴィを一言で表すなら妖艶だ。

 流れるような黒髪のストレートロングがさらりと揺れる。

 服装は胸元が開き、深いスリットの入ったドレスばかり好むから、一緒に外を歩くと目立ってしまって仕方がない。


 耳、角、尻尾は自在に出し入れできるらしく、ダンジョン以外の場所ではしまっている。その気になれば翼も生やせるとか。

 とんでもなくスペック過多なうさぎ様だ。


「いくら外見を似せても中身までは真似られない。お前と凪姉なぎねぇは違う」


 ウェルヴィの顔と話し方は俺が姉と慕う幼馴染の女性と瓜二つだった。

 ただし、纏う雰囲気と性格は全然違う。


「わたしの準備はできた。さぁ、行くぞ。エスコートは男の役目だ」

「うるさいぞ、うさぎ女め」


 差し出された手をそのままにするわけにもいかず、玄関を出るまではエスコート役に徹した。

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