第4話 バズってたらしい
「おい、うさぎ。朝ご飯だぞ」
次の日の朝。食パンとニンジンを持ってリビングに入った俺は、あの魔物が家にいないことを思い出した。
たった数日でも習慣化すると恐ろしい。
まだまだ余っているニンジンをどう処理すればいいっていうんだ。
そんなことを真剣に悩みながらテレビをつけて驚いた。
昨日のうさぎが進化する瞬間と柴崎たちを突き刺す戦闘シーンが何度も放送され、国立大学の偉い教授や解説者が饒舌に語っていた。
アングル的には一番最初にへたり込んだ男の視点だ。
「あの男、救援じゃなくて配信してたのか」
カメラでも捉えきれないうさぎの素早い動きと、繭から飛び出した進化シーンは何度もスロー再生されている。
幸いなことに俺の姿は映っていなかった。
「あいつの進化は全世界に公開されたわけか」
俺が『始まりのダンジョン』に行かない限り、もう関わることはないだろう。
50階層で好きに生きればいいさ。
俺も好きなように生きる。
ただ疑問だったのは俺たちは柴崎を含めた4人だけしか倒していないはずなのに、搬送されたのは57人だと報道されている点だ。
また冒険者がダンジョン内で喧嘩でもしたのか?
玄関で靴を履き替えているとき、スマホの通知音が鳴った。
「母さん? 珍しいな」
俺の母は仕事で家を空けることが多い。何の仕事をしているのか詳細を語ってくれないから、俺は勝手に雑誌の編集者ということにしている。
メッセージ内容を要約するとこうだ。『学校はサボるな。寄り道せずに下校し、話を聞かせろ』以上。
とくに話すべき内容に思い当たる節はない。あの魔物と俺が関わっている証拠なんてどこにもないんだからな。
しかし、何か重要なことを見落としている気がする。
俺は重い足取りで学校へと向かった。
校門前にはごついカメラを持つ男やマイクを持つ清楚な女の人たちが大勢いた。
迷惑そうに彼らの隣を通り抜けて校舎へ進む生徒や、カメラに映ろうとしている目立ちたがり屋の生徒。
教員はメディア関係者に何度も立ち去るように訴えかけていた。
俺はそんな彼らを横目に何食わぬ顔でいつも通りに登校した。
今日、有名人が来るなんて聞いてないけど。
階段を昇り、静かに深呼吸する。
あのうさぎと同居を始めてから、教室に入るときは無駄に緊張するようになってしまった。
今日も静かに扉を開いて中に入ると、「
「昨日の動画見たよ。自分をいじめてる奴を助けるなんてすげぇな!」
「でも、なんでダンジョンの中にいたの? しかも制服で。何も装備してなかったよね?」
「魔物の進化も間近で見たの!?」
「さっきのカメラって、鴻上くんの取材に来たのかな?」
「魔王ってなに?」
「なんであの魔物は鴻上を襲わなかったんだ!?」
一度に話しかけられても答えられない。
俺があたふたしていると、「ストッーープ!」という快活な声と共に両腕を広げた佐藤さんが俺とクラスメイトの間に割り込んだ。
「困ってるでしょ。質問は一人ずつね」
委員長気質な彼女のおかげで難を逃れて、席に着く。
お礼を伝えると、彼女は深く頭を下げてきた。
「この前はごめんなさい。私、確認もせずに柴崎くんの言葉を信じちゃってた。魔物を拾ったなんて嘘なんだよね? 拡散されてるあの動画の魔物とシンくんは関係ないんだよね?」
「あ、あぁ。俺は関係ないよ。偶然、あの場所にいただけ」
佐藤さんの言う通りで柴崎は、俺がボロボロの魔物を拾ったという事実を吹聴した。しかし、それだけだ。
実際に家に持ち帰ったことは知られていないし、「大勢の前ではかっこつけて拾ったくせに、すぐに別の場所に捨てた偽善者だ」と言いふらしていた。
俺は柴崎のおかげでコソコソとうさぎのレベルを上げることができて、魔物の味方というレッテルを貼られずに済んだ。
「そっか。良かった。本当にシンくんが魔物を拾っていたら……」
意味深に言葉を切る佐藤さんの目は一切笑っていなかった。
「それはないよ。あるはずがないだろ」
佐藤さんの話ではネット配信された動画の最後に俺が柴崎たちに駆け寄って救護する姿が映っていたらしい。
しかし、配信していたスマホが衝撃を受けて途中で映像が止まってしまったということだった。
一瞬とはいえ制服が映ったことで在籍している学校も特定された。
俺を知っている人は背格好と声で分かったらしい。
危なかった。
一時的に魔物を拾ったと噂されただけで、ひんしゅくを買った俺だ。
本当に魔物を育てたと知られれば、学校だけでなく国が、いや世界中が敵になるかもしれない。
それくらい魔物と関わることは禁忌とされているのだ。
クラスメイトの質問攻めは佐藤さんの協力を受け、曖昧に答えておいた。
制服姿でダンジョンの最下層にいた理由は自分でも思いつかない。誰かが「柴崎にパシられたんだろ?」と言ってくれたおかげで助かったなんて、情けない話だ。
クラスメイトの次には校長室に呼び出され、またしても質問攻めされた。
全部、「知りません」、「分かりません」、「すみません」の3つで乗り切った自分を褒めよう。
口は災いの元だ。
あとは柴崎たち4人が真実を語らなければいい。
俺が極悪人なら病室へ行き、何かしらの毒物を注射するのだろう。
そんな物を所持しているはずもなく、俺は柴崎たちが昨日の一件を忘れていることを願いながら帰宅した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます