お前たちが苦戦しているダンジョンのボスを育てた俺、なぜか魔王と呼ばれるようになったけど、本物の魔王は別にいるからな?

桜枕

第1章

第1話 うさぎと出会った日

「今日もダンジョンに行こうぜ」

「魔物を狩るだけでストレス発散になって、小遣いも稼げるなんて最高だぜ」


 放課後はいつも教室中がざわめき始める。

 俺はさっさと下校するために玄関へと向かった。


「シンちゃぁん! お前もダンジョンに行こうぜ。いざとなったらオレ様が助けてやるぞ」

「可哀想だろ。臆病者にダンジョンなんて行けるわけがないじゃん。入り口でちびっちまうよ」

「それを配信してバズらせようぜ」

「ハハハハッ! それ最高」


 後から来たガタイのいい男子生徒、柴崎に肩を組まれ、耳元でそんな話をされた。

 俺は靴を履き替える手を止めた。


「いや、俺はいいよ。家に帰って勉強するから。じゃ」


 肩に置かれた大きな手を払いのけると、胸を押されて下駄箱に背中を叩きつけられた。


「なんだ、その態度は! お前も魔物みたいに切り刻んでやろうか!」

「いいねー。待って、動画撮るから」


 魔物、魔物って。お前たちが魔物を狩れるのは、そういう環境を用意してもらっているからだろ。


「なんだ、その目は!」


 柴崎が拳が振り上げる。

 覚悟して奥歯を噛み締めていると、背後から「こらー!」という快活な女子生徒の声が聞こえた。


「シンくんをダンジョン攻略に巻き込まないで!」

「んだよ。冗談に決まってるだろ。行こうぜ」


 舌打ちと共に去って行く柴崎たちを制服の襟を直しながら見送る。


「ありがとう、佐藤さん」

「もう! シンくんも言い返さないとダメだよ!」

「次からはそうするよ」

「また、そうやって」

「じゃあ、また明日」


 俺は鞄を持ち直し、そそくさと玄関をあとにした。


 ダンジョン。10年以上も前に突如として世界中に出現した魔物という謎の生物が生息する特殊な場所だ。

 ただし、そんなものが出現したからといって人間が魔力を得ることはなかった。


 俺たち人間は魔物の脅威に怯えながらの日常生活を余儀なくされた。

 そんな時、とある大手ゲーム会社がダンジョン攻略のために必要な装備や防具の発売を宣言し、今ではダンジョン攻略が世界中で人気のコンテンツになった。

 中には自分が戦闘している様子を動画配信する人もいるとか。


「魔物狩り、ねぇ」


 正直、俺はダンジョン攻略に興味がない。

 これから先の未来もダンジョンが存在するとは限らないし、冒険者という職業が一生続けられる仕事になるとも思えない。

 だったら、これまでの大人たちがしてきたように大学に進学し、まともな職に就いた方が将来のためになると思う。


 俺は近所の図書館に入り、文庫本を広げた。

 横目で隣の席に座る男の机を盗み見る。


 彼が読んでいたのはダンジョン攻略について書かれた本だった。

 ここでもダンジョンか。うんざりする。


 決意が固まったのだろうか。彼は「よし」と小さく意気込んで、図書館から出て行った。


 2時間ほどの読書を終えて、図書館を出る頃にはすっかり夕方だった。

 町は帰宅する会社員や買い物中の人、下校途中の学生で溢れている。


 そんな中で異質な集団。冒険者や攻略者と呼ばれる武装した人たちが凱旋パレードのような雰囲気で歩いてくる。


 彼らの手には倒した魔物の一部や、ダンジョン内で手に入れた鉱物などが握られている。

 一般人は彼らに道を譲るのが暗黙のルールだ。


 ゴミでも見るような、反対に憧れを抱くような、人によって反応は異なる。

 それでも多くの人が注目する職業であることは間違いない。


「シンちゃぁぁん!」


 そのパレードの最後尾にいたのは放課後、俺をダンジョン攻略に誘った柴崎たちだった。


「見ろよ。オレ様に刃向かうとこうなるんだよ」


 指さす方に目を向ける。

 柴崎の足元には丸まったうさぎのような魔物が横たわっていた。


 元々の毛並みは白色なのだろう。しかし、今はどぶのような色で汚い。


「ここまで蹴ってきたのか」

「お前も小学生の頃にやっただろ? 弱い魔物は石ころを同じなんだよ!」


 きゅう、と小さくうさぎが鳴き、空気の抜けたボールのように転がる。


「ちょっと! 魔物がダンジョンの外にいるじゃない!!」

「魔物を蹴るなんて、さすが冒険者は違うな」

「おい、誰か駆除班を呼べよ。魔物が暴れ出したらどうするんだ。責任は取れるのか!?」

「これからギルドに行くんだろ? あの生きたうさぎが依頼品かもしれないし」


 俺は無意識のうちに奥歯を噛みしめていた。

 周囲には人が集まり、思い思いのことを口にするが誰も実行には移さない。


 当然、誰も魔物を助けようとはしない。

 それはそうだ。俺たちは魔物と共存できないとされている。

 日本では総理大臣がはっきりと言い放った。他の国でもそれは共通認識だ。


「……どいつもこいつも」


 俺は駆け出していた。


「おい、お前、大丈夫か」


 汚れたうさぎに手を伸ばして、すぐに躊躇した。


 俺はこいつに触れて平気なのか?

 冒険者は手袋をつけているが俺は素手だ。もしも噛みついてきたら? 変な菌に感染したら?

 嫌な想像が頭の中でぐるぐる回る。


「学生救助隊登場ってか」


 他の冒険者も、一般の人たちも俺を笑う。


「やめとけよ、シンちゃぁん。怖いんだろ? それなら動物病院まで蹴って連れて行ってやれよ。ま、絶対に診てくれないけどな!」


 その発言は周囲を沸かせた。

 柴崎の先輩らしき男も笑いながらウケたことを褒めていた。


 小さく顔を上げたうさぎのつぶらな赤い瞳と目が合う。

 その時、声が聞こえた気がした。


『やっと見つけた』


 周囲を見渡しても俺に語りかけた声の持ち主はいない。

 むしろ、キョロキョロする俺を馬鹿にしているようだった。


「……お前、なのか?」


 気絶してしまったうさぎからの返答はない。


 このまま放置して冒険者ギルドに連れて行かれたら殺処分が待っているだけだ。

 介抱してダンジョンに戻してもまた同じ目に遭うかもしれない。

 だったら、残された選択肢は一つだった。


 俺は小汚いうさぎを腕に抱き、立ち上がった。


 周囲からは「うわぁ」という引きつった声が聞こえる。

 一歩進む度に汚物を見るような視線が突き刺さった。


「……二度と誰にも負けないようにお前を育ててやる」


 周囲には聞こえないように呟く。

 腕の中からは絞り出したような小さなうめき声が聞こえた。

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