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 浩平は海を眺めていた。すでに海女は今日の漁を終えていて、穏やかな海が広がっている。その美しい海は磯島の自慢であり、多くの観光客を魅了している。


 午後6時近いのに、まだ明るい。いかにも夏らしい。近くの海水浴場には海水浴客がいたが、夕方になり、もう誰も海水浴場にいない。海女はすでに漁を終え、家に戻っている。昼間の賑やかさがまるで嘘のような静けさだ。


「浩平、ご飯できたよー!」


 周吉の声が聞こえた。ご飯ができたようだ。浩平は笑みを浮かべた。実家の料理が食べられるからだ。


「はーい!」


 浩平は1階のダイニングにやって来た。テーブルには海の幸を使った料理が多くある。アオサのみそ汁、サザエの炊き込みご飯、伊勢海老、黒アワビのお造りだ。これらは今日、海女さんが獲った物ばかりだ。


「おいしそう!」


 浩平は椅子に座った。見ているだけでもうっとりする。


「いただきまーす!」


 浩平は食べ始めた。どれもこれもおいしい。海人も七子も周吉もおいしそうに食べている。


「やっぱ伊勢海老はおいしいなー」

「でしょ?」


 周吉は自信気だ。磯島は静かな漁村だけど、こんなにおいしい海の幸が食べられて、本当に素晴らしい所だ。


「東京の中国料理店で伊勢海老のチリソースを食べた事あるんだけど、高いんだよなー」

「そうか。でもここでは普通に食べられるよ。ほとんど料亭とかに行っちゃうんだけどね」


 海人は東京の中華料理店で伊勢海老を使った料理を食べた事があるが、何千円もする。とても高いが、とてもおいしい。


 だが、浩平の箸はすぐに止まってしまった。どうしたんだろう。周吉は心配している。


「どうした、浩平・・・」

「おばあちゃんがいなくて・・・」


 それを見た海人は怒った。まだハルの事が忘れられないのだ。


「また落ち込んでる! 乗り越えなよ!」

「うん・・・」


 周吉は自分の皿にある黒アワビのお造りを浩平に分けた。食べ盛りなんだから、もっと食べなさい。


「ほらほらもっと食べて!」


 周吉はもっと食べるように促した。だが、浩平は食べようとしない。海人と七子はその様子を心配そうに見ている。




 次の日、浩平は東京ではなく磯島で目を覚ました。朝の磯島は美しい。ここから昇る朝日は、多くの人を魅了する。そこに点在する牡蠣の養殖いかだもまたここの名物だ。ここで養殖されている牡蠣は絶品で、来月から4月にかけては食べ放題やフルコースもあるらしい。


 朝早くから近くの道路には高速バスが出入りしている。それらは都会からやって来た夜行バスで、この時期は多くのバスが来ている。帰省で乗ってきた人もいれば、観光客もいる。


 浩平は1階に降りてきた。1階では七子が朝食を作っていた。周吉は新聞を読んでいる。海人はテレビを見ている。幼少期に実家で見た光景だ。だが、そこにハルの姿はない。当たり前のようにいたのに。そう考えると、少し寂しい。


「おはよう」

「おはよう」


 声をかけたのは七子だ。七子はみそ汁を盛りつけている。みそ汁にはアオサやネギの他に、昨日の炊き込みご飯で余ったサザエが入っている。


 浩平は朝食を食べ始めた。ここは朝食も本当においしい。東京で食べる野菜たっぷりのみそ汁もいいけど、ここの朝食もいいな。七子は嬉しそうにその様子を見ている。


「今日は海水浴行こうかな?」


 ふと、浩平は思った。せっかくの盆休みなんだ。ここで海水浴を楽しもう。磯島にいるんだから、ここでしか体験できない事を楽しもう。


「いいじゃないの! 行ってきなさい!」

「うん!」


 七子は笑みを浮かべている。思う存分遊んで、気分を晴らしてほしい。そうすれば、ハルのいない寂しさを紛らわす事できるかもしれないから。


 朝食を食べ終え、歯を磨くと、浩平は2階に戻った。2階には着替えがある。しっかりと確認しておかないと。だいたい、準備は昨日にするんだが、今日、突然決めた事で、準備は全くしていない。


 浩平はしばらく畳に仰向けになった。決して急ぐことではない。出発するのはいつでもいい。東京とは違う、のんびりとした時間がここにはある。


 浩平はそのまま寝てしまった。夢の中で見るのは、幼い日の事だ。ハルと一緒に海水浴に行った時の事。ハルと一緒に海を泳いだ日々だ。ハルは漁が空いた時間によく海で遊んでくれた。その時間がとても好きで、かけがえのない宝物のような時間だった。そして、今の自分を作った時間だった。


 浩平が起きると、お昼前だ。そろそろ昼食の時間だ。昼食の後に海水浴に行こうかな? 多くの人が来ていて楽しいだろうな。


 昼食を食べ終えたら、浩平は再び2階に向かった。そろそろ支度をして海水浴に出かけよう。


 すぐに浩平は2階から降りてきた。背中に背負っているリュックに必要な物を入れている。


「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」


 浩平は実家を出て行った。ここから海水浴場までは歩いて10分ぐらいだ。そんなに遠くない。


 浩平は剣先のメインストリートを歩いていた。通り過ぎる人々の多くは老人ばかりだ。ここでは高齢化が進んでいる。そして、海女の高齢化も進んでいる。


 浩平が歩いていると、ウェットスーツを持った女性とすれ違った。海女だ。ウェットスーツを持っている女性を見たら、海女だと確信している。


「あれっ、浩平くんじゃないの!」


 海女は浩平に気付くと、声をかけた。海女は浩平の事を知っているようだ。


「あっ、佐藤のおばちゃん!」


 浩平もその人を知っている。ハルと親しかった佐藤だ。佐藤も海女で、ハルは佐藤の師匠のような存在だ。


「元気にしてたみたいね」


 佐藤は安心した。東京に行って以来、元気にやっているかどうか心配でたまらなかった。


「おばあちゃん、いなくなったんだね」

「うん」


 佐藤はハルの事を思い出していた。あれほどの天才はいないと言われている。多くの海女がハルに憧れていたぐらいだ。


「あの人、すごかったわ。あの人ほどの海女さん、もう出ないんじゃないかって」

「そうそう! あの人は永世名人と言うべき存在だったわ」


 その横にいた高柳も声を上げていた。それほどの天才だったそうだ。


「ふーん、そうなんだ」


 浩平は全く興味がなかった。海女の事をあまり知らない。ハルが海女だったという事は知っていたが。


「あんた、水泳うまいでしょ?」

「うん」


 確かに浩平は水泳がうまい。なかなかの実力で、顧問の先生も感嘆しているぐらいだ。


「まるでハルさんのようだね」

「どこが?」


 浩平は驚いた。自分が水泳が得意な事に何か関係があるんだろうか?


「泳ぎがうまいとこだよ」

「そうかなぁ・・・」


 浩平は照れている。水泳が得意だけで、こんなに褒められるとは。


「そう思ってるわよ!」


 佐藤は浩平の肩を叩いた。佐藤は浩平を温かい目で見ている。いつか五輪に出場する姿を見たいな。

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