夢か現か

グカルチ

第1話

 あるバーにて、数十人ほどの客が間をおいてすわっており、そこに警察官の格好をしたわりと高齢の男が来店する。男は頭を抱えている。なぜだか客や世界の一部が時々虹色にみえたり、二重に見えたりする、彼は頭をかかえながら

「バグっている」

 とつぶやく。そして店主のいるバーのカウンター席にすわった。


 客の一部、奥のせまい個室にがらの悪い男たちが3人ほどたむろしてタバコをすい、にやにやしている。みると、店員の若い女性にちょっかいをだしたり、へたに肩や腰に手を回したりする。そしてヨボヨボとした様子の警察官をにやにやしながら笑っている。

 しばらく一人でその老人は飲んでいたが、やけに快活そうな青年が老人のすぐとなり、といっても一つ席をあけて同じカウンター席にすわった。

「老人、気を付けてくださいよ、このバーは特殊ですから」

「ええ、重々承知です、でもこのバーに入り浸らなければいけない」

「昨日も乱闘さわぎが……」

「ええ、でも私はこのバーによく似た場所で、罪を犯した経験があるのですよ、それは、つまり冤罪で若い子を刑務所にいれて、彼の人生を奪ってしまった……その後彼は、自ら命を……」

「それは哀れな……」

「ええ、本当に、だから私は冥福をいのり、かつ自分に罰と教訓を与えるためにここに通うのです、どんなひどい目にあっても仕方がありません」

 老いた警官は、どうやら、左手をひどくかきむしり、さらには拳銃で自分をいためつけたのか、左手の甲に幾重にも弾痕があった。しばらくすると横にすわった男が胸元から十字架をとりだした。

「私は神父です、私も似たようなものですよ、邪悪だとおもっていた“悪魔憑き”が実は、ただの精神疾患だったことがわかり、私は法で裁かれました、それ以来自ら危険に飛び込み、“自らを律して”いるのです」


 その男たちのうしろに、気づけば数人の先ほどの奥の個室から出てきたガラの悪い男たちがたっていて、男たちに襲い掛かった。警官の拳銃をうばい、神父が隠し持っていたナイフを奪い男たちは、警官と神父に戦いを挑むが、なんと逆にコテンパンにやらせてしまい、店を出ていった。

「お強いですね」

「あなたこそ」

 店主は、いった。

「助かりました、ここは“クセ”のある人間ばかりが入り浸り」

「ああ、わかってるから」

 と若い神父のほうが、店主の首元に手を伸ばした。それと同時に、それをとめにかかる老警官。

「何を……」

 とつぶやく、だがその手もまた奇妙に、神父のポケットへと手を伸ばした。

「いやいや、みていてください」

 と、そのバーの店員は奇妙な様子をみせた。虹色に光ったり、ロボットのように関節をカクカクうごかしたり、同じ言葉を繰り貸したりする。

「助かりまシタ、ここは“クセ”のある人間ばかりデ」

 神父が店主の首元に奇妙なスイッチがあるのを確認すると、老警官もそれにきづく、神父がのスイッチに手を伸ばす、

「ヤメて、やめテ“神父”いう事を聞くんだ、君の“治療”は続いテイル……」

 話を聞かずに、神父は店主のくびもとにさらに手を伸ばし、やがてスイッチをおすおすと、店員はシュウゥという音をならしながら、

「メンテナンス、を、開始シマス、再起動、再起ドウ……」

 ひと時のメンテナンスモードにはいった。

老警官がいった。

「彼はロボットか」

「いいえ、AIですよ、おじいさん」


 そして、神父がいう。

「時に……」

「なんでしょう」

 ギクリ、とした様子で老警官がおびえた様子になる。若い神父はにこりとわらっていった。

「あなたにはスリ癖があるようですね、私が店主を修理している間に私のポケットから何をとりだしたのですか?……まったく、あなたは贖罪というが、結局新しい罪を抱えているのでは、無意味ではありませんか」

「ヒ、ヒイィイ許し……てっ」

 次の瞬間、老いた警察官は壁へ壁へつきとばされた。しかし男はさらに老人の襟首をつかんだ。そして、にやり、とわらうと、これでもか、これでもか、と老人にパンチを叩き込む。

“ドガッ、バシッ、ゴンッ、ガツッ” 

 老人が嘔吐する。

「オエエエ!」

 血しぶきがはしろうと神父はとめない。客は誰も止めず、むしろ当たり前の用にその様子を見ているばかり。老人がいう。

「い、いいじゃないか、誰が犯罪を犯そうと……君は警察官でもないし、ここは夢の中だ」

 そういうと、一瞬殴る手をとめて、神父はいった。 

「おじいちゃん、ちがいますよ、ここは“メタバース”老人には難しいか」

そういいながら、男は老人の頭を突然殴った。


「ああ、俺はあなたと違ったクセでね、これはつまり、正義のパンチではない、私のほうもいま、罪をおかしているのです」

 神父はまたにやりと笑いながら、老人を殴り続けた。やがてつかれた神父。殴る音はやみ、老人は意識をうしない、店内は奇妙な静けさにつつまれた。再起動をおえた店主がいう。

「何か、問題が?」

 神父はいう。

「何も問題などないよ」  

 その老警官が盗んだ財布を老警官のポケットからとりもどし、埃をはたいていう。

「やれやれ、まあ、これで許してあげましょう、だって、私も人の事をいえませんから、贖罪といいつつもこの“暴力癖”のほうはぬけなくてねえ……私の本当の罪とは、“悪魔祓い”そのものではなく、その途中に暴力をふるうことだったのですよ、だからこの“メタバース”のバーに入り浸っているわけですが……そしてあなたもまた、“罪”を一部認めてはいるが、実際、冤罪だけではなく、スリでも行ったのでしょう、まったくロクデナシですねえ、まさに、ロクデナシのたまり場、といった様相だ」


 やがてカメラはきりかわり、バーの入り口にたてかかっている看板にむけられた、そこにはこう書かれていた。

「メタバース、犯罪者予備軍治療室」

 実は、ここは、“あるクセ”それも特段法を犯す“クセ”を持つものが集められる、つまりは再犯率の多い患者を治療するメタバース空間だったのだ。あえてここでは犯罪者同士の罪を許している。それというのも、そもそもメタバース空間だからいくら罪をおかしても他人に迷惑をかけない、かつ犯罪者当人同士の問題なのだ、それが快楽を感じさせて、罪を犯すものに対してどうなのかという話もある。だから実験されている、こうした実践が、再犯を止める効果があり、かつ、刑務所にいる犯罪者などに効果があるのかどうか、その実験も兼ねているのだ。


 そして、その“メタバース”施設は厳粛だった。再犯の可能性の高い人間には、メタバースによりつよい“現実感”を与える、それがよいものであろうと悪いものであろうと、だから、老人の感じた“スリ”という“クセ”を実行する喜びと、殴られたことによる痛みは、より一層つよいものであっただろう。

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夢か現か グカルチ @yumieimaru

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