第5話・一葉が消えるのを阻止する方法
【ねえ、優ちゃん。寝てたらごめんね。でも今一葉は寝てるからちょうどいいと思って。……私はどうやったら一葉を助けてあげられるのかな……一葉は消えてほしくないよ……by二葉】
そのメッセージが何を意味するのかは出会って間もない私でもよくわかる。それに文章なのに二葉が泣いているような気がして、気づいた時にはSNSの通話機能を使っていた。
コール音が耳に響く。急に電話なんて私だって驚く、多分二葉も驚いて電話を取るのをためらってるのかもしれない。でも私は待ち続けた。すると糸がぷつりと切れたような音が耳を刺して二葉の声が聞こえてきた。真っ先に聞こえたのはすすり泣く声。やっぱり泣いていたみたいだ。
「二葉……」
『優ちゃん……ぁぁぁ……』
「落ち着いて、二葉」
『落ち着けるわけないよぉぉぉぉ……ぐす』
「うん……そうだよね。ごめん……でも私も協力するよ。一葉には消えてほしくないし」
『あ、ありがとぉぉぉぉ……』
話せば話すほど二葉の泣く声が大きくなっているような気がする。今はまだ端末を耳に当てて通話してるけど、このままだともはやハンズフリーとたいして変わらなくなりそうだ。そもそも今は夜なんだからかなり近所迷惑なような。
それは本人もわかっていたのか、案外早く泣き止み話の続きを始めた。
『あ、あのね……確かに私はいずれ二葉だけになっちゃうんだけど、消えない方法もあるんだ……』
「え!? 本当に!?」
『こ、声が大きい……』
静かに音色のように綺麗な声がその言葉を発した。っていやいや、さっきの二葉さんの泣き声と比べたらそうでもないと思うんだけど。――とは流石に言えないからごめんと一言謝ってもう一度本当なのか尋ねた。
『本当だよ。一葉はその方法のこと一切知らないけど……まず知っていてほしいのは一葉が消えていく原因は、現実逃避なんだ。特に最近は、この世界には居たくない。もう嫌だって口癖みたいに言うし……でもまだ互いの意思で交代できたり思考を共有できてるだけいいけど、これが悪化すると多分勝手に人格が変わったり思考共有もしなくなくなると思うんだ……多分そうなったらもう手遅れ。そうなる前に一葉には生きることの楽しさを思い出してほしいんだ。そうしたら一葉は消えない……気がする』
「気がするって……」
『だって実際にやったところで消えない保証がないんだもん……』
「いやまあそうだけど自信持ってよ……」
『ごめん』
「それで、私はどう手伝ったらいいの?」
『あ、うん。それはね――』
一葉が消える原因とその原因が悪化の一途を辿ってることを教えてもらったけど、それを阻止して一葉を守る方法がどうにも自信のなさそうな回答だった。とはいえ少しでも可能性があるのなら手伝ってあげたい。ならばとその方法とやらを尋ねてみると。
『それはね、一葉が誰かに惚れることなんだよ!』
「え、えええええ!?」
『だから声が……』
凄く真剣な話なのに途端にぶっとんだ内容で思わず叫んじゃった。いや、だって、誰かに惚れることって……つまり一葉は好きな人を作らないと消えるってことで……ああ、なんだか頭が痛い。
そもそも恋をするにしてもそんなにすぐには相手も見つからないだろうし、私が手伝えられることは限りなく少ない。それについては二葉も多分わかってるはず。なのに私に協力を求める――正確には私から協力をもちかけたけど――なんて、なにを考えてるのやら……。
「でも、そうなると私協力とかできないと思うよ……? こう見えて恋愛経験ゼロだし」
『ん? やだなぁ、一葉ちゃんのお相手は優ちゃんだよ?』
「わお、今さらっと告白したね……まさかこんな形で驚きを超すと無になることを知るなんて思わなかったよ……そもそも冗談でそんなこと言ったら」
『こんなの冗談で言うわけないよ?』
「……ごめん、ちょっと整理が追い付かない」
昼から心配するほど、二葉の元気は少しから回っている。だから今の言葉もどうせ冗談だと思えば、まだなんとか気持ち的な面で受け入れていたのに、まさかの本気。いやまあ私が協力するって言ったから協力してあげるのがいいのだろうけど、でもだからと言って、私が一葉と……。
正直一葉のことはかっこよくてモデルみたいだし好きではある。しかし抱えてる悩みが凄く深くて好きとかよりも助けたいという気持ちが一番だ。そもそも私が一葉に抱く好きという感情は決して恋愛のそれではない。
二葉のことは一葉とは違った可愛さに惹かれたけど、やはりそれも好きという感情ではない。どちらかというと犬みたいな可愛さだから愛でたいのと、陰から見守っていたいという気持ちが強いんだ。
だから私が一葉と付き合うとか、そういう関係になることは全く想像できない。
仮に今承諾したとて、一葉は知らないわけで。バレると凄くめんどくさいことになりそうだしなにより気まずくなる気しかしない。
色々考えているうちにしんと静まり返った空気になっていて、慌てて私は言った。
「す、少し考えたけど、付き合うとかはその、一葉が起きてる時の方がいいと思う。それこそ勝手に話を進められてストレスが原因で変になるかもしれないし」
特に私が変わるかもしれないからね!
『そっかぁ……ってあれ? もしかして説明不足だった……?』
「な、なんの?」
『あ、いやお相手は優ちゃんとは言ったけど、誰も付き合ってとは言ってなくて』
「えっ」
『なんなら今日明日とか、そもそも付き合うとかの話じゃなくて、一葉に恋をしてほしいってだけなんだけど……いやまあそりゃあ誰かと付き合ってくれればそれはそれで良いとも思うけど』
つまり、今のは単なる私の早とちり!? うっわ恥ずかしい……恥ずかしくて顔が暑いし、無性に顔を隠したくなってスマホを乱暴に布団の上に置いてから顔を隠して暴れてしまった。いやまあ顔を隠したところで、二葉との会話は通話だし、自分の部屋なんだから私以外誰もいないんだけどさ。条件反射って怖い。
『もしもーし大丈夫?』
「あ、ごめん……」
二葉の声が聞こえて我に返った私は、すぐにスマホを耳に当てて会話を続行する。
『まあ、ちょっと語弊はあったけど、一葉が優ちゃんのことを好きになれば、学校も楽しくなって友人も増えると思うんだ。そうなればきっと消滅しなくなる。だから……改めてお願い! 一葉を助けるのに協力して!』
「……要するには昼に言った思い出作りの一環ってことね」
『そう! だから――』
「わかったわかった。乗りかかった船だし、協力するよ」
そうして私は、一葉が消えないように二葉の提案に乗り、一葉にいい思い出を作戦を始めることにした。
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