絶対に絆されない。

ユア

第1話

「はぁ...」

 

堪え切れなかった溜め息は教室の喧騒に紛れる。

あたしの悩み事なんてよそに、放課後の教室は浮かれた空気に包まれている。ほんと気楽だよなぁって思う。


「狛木、でっかい溜め息ついてんねぇ。」


惣菜パンをモシャモシャと食べながら私の机まで来たのは兎渡風香、あたしの幼馴染だ。と言っても再会したのは1年前に高校に入学してからだ。小学校までは一緒だったけど中学は別の場所を選んだ。それで今年の春、高校に入学して偶然同じクラスになった。


「行儀悪いぞ、兎渡...部活前の腹ごしらえか?」

「んー...今日は部活の気分じゃなくなったから帰ろうかなぁ。」


前からマイペースな奴だとは思ってたけど3年経ってもそれは変わらないらしい。兎渡は陸上部だ。入部理由は「たまーに広い所で体動かしたいんだよね。」との事だ。ふざけた理由だしそれが許される陸上部ってのもふざけてる。

まぁ、部活の事情なんて帰宅部のあたしには関係ないが。


「早く帰ろう。」

「食べ終わるまで待ってぇ。」

「なるべく早くな。」


兎渡がパンを食べてる間に帰り支度を終わらせる。兎渡が食べ終わる頃には教室に残ってる生徒も数人になっていた。

一応急かしはしたけど兎渡には効果は無かったらしい。

 

「お待たせ。」

「おう。」


残ってたクラスメイトに軽く挨拶して教室を後にする。

あたしも兎渡も沈黙が苦にならないタイプだ。だから一緒に帰るけど会話が無いなんて事は珍しくない。けど今日は違った。


「そう言えばさっきの溜め息さぁ。なんか悩み事?」

「あー...まぁそんなとこ。」

「珍しいね。」

「そんな事無いだろ。」


高校生なら悩みの一つや二つあってもおかしくない。

勉強の事とか人間関係とか、早い人は将来とかについて悩んでるだろう...目の前のコイツは悩み事無さそうだな。気楽で羨ましい限りだ。


「失礼な事考えてない?」

「...どうだろうな。」


考えていた事を読まれたようで少し背筋が冷たくなった気がした。兎渡は妙に察しが良いところがある。きっとあたしの悩み事についても見当がついてるはずだ。

わざわざ相談する気も無い。大した事じゃないしきっと解決しないから。


「あっちに白鳥くんが居るって!」

「早く行かなきゃ!」


女子生徒が黄色い声をあげながらあたし達の横を駆けていく。

対照的にあたしは足が重くなったように感じた。女子生徒が口にした名前はあたしの悩みの種とも言える生徒の名前だ。


「どしたの?」

「いや、何でもない...」


足を引き摺るように前に進む。するとすぐに人集りが見えてきた。廊下の半分以上を塞ぐような勢いだ。あの中心にあたしの悩みの種、白鳥玲がいる。


「お、白鳥さんじゃん。」


兎渡が呟く。白鳥は背が高い。人集りの中心に居たとしても顔はしっかり見える。と言う事はあちらからもあたし達が見えるはずだ。だからすぐに物陰に身を隠した。


「どしたの?」

「兎渡、遠回りしよう。」


頭の中で校舎の見取り図を思い浮かべる。ちょっと遠回りすればあの人集りの横を通らず昇降口に辿り着くはずだ。


「えー、白鳥先輩の顔近くで見たいんだけど。」


あたしは見たくないんだよ。その言葉を飲み込んで解決方法を模索する。


「...じゃああたしだけ遠回りする。昇降口で合流な。」

「変な狛木...また後でね。」


人集りに小走りで駆けていく。それを見送った後遠回りして昇降口へ向かう。

あたしは白鳥が苦手だ。あいつに関わると心臓に悪いから。

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