My souls with you

小松加籟

In the deep autumn of a moonnlit night a fragrant smell, an extreme light was behind me.

 周防は、廣い霊園の或る墓標の前に膝を屈して居た。

 酷く徐かな風景の裡に、ぽつりと、立淀んでいた。

 「亦、来るからね……」

 其処へ、黒猫が、ふいッと姿を現した。

 「お前も来ていたのか、来光」

 と、周防は言った。

 「墓参りとは結構なことだな。私は散歩の次いでに、少し立寄っただけだ。周防、生者とは、頑是ない嬰児の様に死者を想って許りも居られぬ。然し、命日だったか? 彼世への旅路に赴く記念すべき日じゃないか……」

 と、来光は言った。して、心底退屈そうに欠伸をした。

 周防は、来光の喉許に触れた。そっと。

 「何をする、周防」

 「いいじゃん、一寸位」

 陽光が翳り、夜が、近附いて来た。薄暮が、世界の黎明を嘲笑うかのように、茫漠と、昏き底無しの夜を、掌を敲いて、招来するらしい。

 来光はくしゃみをした。

 「寒いな……」

 「月夜には 轟く鼓動 耳朶を打つ」

 「イマイチだな」

 人肌めいた微風が、周防の黒髪を、撫でた。夜気が、鳴り出した。周防の気分は、動湿りはじめて、来光の瞳に映える景色は、色や線を、少しずつ、曖昧模糊にしているような、気配が、ほのかに背後に廻って、背筋を凍らすような気がした。周防には況や亡霊だの幽霊だのと云う亡者が人世の淵を闊歩する、百鬼夜行の時刻だと、言い換えれば、涅槃の者共が、其人間的な饒舌りをする、人間は其第六感から、霊的存在の実在を感ぜられる、死後の意識の在続の裏付けは、その熄むことを知らぬかのような豪雨染みた対話に在る、と云う霊的実存の古城に、来光は夜遊びに耽っていた。

 周防も、来光のみならず、霊との対話を可能にしていた。けれども、周防は幻聴と捉えた。藪医者からは、服薬を命ぜられていた。

 「時に周防。友禅葵の命日に墓を訪うのは結構だが私の霊園には来ないのか?」

 「え? お墓、在ったの? 来光」

 「無論だ。而も、私の前世は小説家で、有名な墓地に在る」

 「はぁ……来光って、女々しいよね」

 「人間だけが、自ら呼吸いきを止めようとする。何故、自ら其余りに短い生命活動をやめようとするのか。人間の生き死にの別れ道が一体何処に在るというのか。私は前世から考えていた。それは、一般的に言えば、運命や性格やから飛来する悲劇だ。然し、私はこう結論附けた。私の死生観とは、死者は生者を見守り、生者は死者を、折に触れ思い出すべきだ、というものだ」

 「人生とは永い旅の思い出だよ、来光」

 「小癪な……」、と来光は人間めいて笑った。

 「死後の世界を、肉体からだの在る人間に知らしめようという私の野望は遂についえた。だが、周防、お前は、私の友だちだ。死が、私に微笑みを呉れるときに、私は笑い返した気がしたけれども、友禅葵は、おそらく、その性格を想えば、人間の肉体と霊体とが存する超自然的現実に、思わず笑みを、零したろう」

 「人間は、常識を生まれ持っている。それはおのがじし個性が有する、其個性の理解の上に、人間の肉体は完璧だとされているが、その精神の個人的完全性は、時空に於いて最早死後の世界には樹々が生えている、という瞑想にとどまった」

 「生き死にの最果ては、生まれ変わりの約束にすぎん……」

 「魂って、何なんだろね、来光」

 周防は、空を仰いだ。既に夕陽は山陰に落ちゆき、雲の裂目から、満月フル・ムーンがちらりと

 「魂が、人間の外に、宿るかどうか、と云う類の質問か?」

 「んー、どうかな」

 「最近、私以外にも、動物の姿を取る者が、少なからず存するという噂がある」

 「噂ね……非現実的な話だね」

 と、周防は皮肉を籠めて言った。

 「魂とは、言い換えれば、人間の生命とは、永遠なる実存の混迷だ。然し、笑ってしまうよな。路傍に咲いた花を愛でるのが私の生まれて来た理由だとしても、友だちを作って遊んでいれば、そんな目的も、いつしか、忘れるものだ。其こそ、生きている真の理由に近附く蓋然性プロバビリティーだ。忘れるということが、人間の生きる上での知恵だ。必定だとか宿命だとか言ってもいい」

 「ねえ……来光。気が変になりそうだよ」

 と、周防はぽつりと言った。

 「肉体を持っている有利さを自ら捨てるという愚行が、私には未だに理解できぬ」

 「葵は、私のことを好きって言ってくれた……」

 「好きならば、生きるだろう……」

 しばらくの間、沈黙した。

 「死が、二人の棲む世界を隔てても、想いは変わらぬ」

 「そうだったらいいね……でも、人間はカンタンに心変わりするものだよ、来光」

 「そうだな――然し、不変の愛というものが、若し、ほんとに実在するというのなら、私はこのいのちを懸けてもいいが、それは、魂の親密感シンパティコという霊的レベルで実感されるものだ。普通の意味で言えば、愛とは普遍的に存するが、」

 周防は来光の言葉を、遮って、

 「私は葵が好きだった……それは疑う余地の無い真実じゃない」

 「…………」

 「愛なんて、そんな不確かな、曖昧なものに、人間は囚われる。それが宿命だと言えば、簡単に信じて疑わない。私は信じてる。葵は、私のことを、すきだった……」

 「そうだな。相思相愛だ。ならば結構」

 来光は、言った。

 周防は、窓辺に立つ葵がふッと振り返った折に、己れに笑い掛ける幻想を、徐に、抱いた。彼女は、幸せだった。それが、淡く儚い一と時の夢だとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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