神聖魔法

「…」


辛い。何もしたくない。葉由奈が居ないのなら俺はもう…


失意のどん底に突き落とされた。俺の世界が急速に色を失ってく。もう葉由奈は起きない。もう共に笑い合うことは出来ない。どうして…だがなぜだか身体の疲労が少し取れたような気がした。


「ううん…」


どこからかそんな声が聞こえてきた。まるで寝起きのようなそんな声が。


「え?」


俺はその声が腕の中にいる葉由奈から聞こえてきたような気がした。いや…そんなはず…


そう思いながら腕の中にいる葉由奈を見る。すると葉由奈は眠たそうに目を擦りながら欠伸をしていた。


「は、はゆ、な?」


俺は驚愕を通り越して呆然と妹の名前を呼ぶことしか出来なかった。


「ん?お兄ちゃん?どうしたの?そんな顔して…うわ!なにこれ…家がなくなっちゃった…」


目を覚ました葉由奈は辺りを見渡して家が無くなったことに驚いていた。確かに家が無くなったら誰でも驚くだろう。だが今はそんなことを言っている場合では無い。


「は、葉由奈?な、なんともないのか?」


俺が恐る恐るそう聞くと葉由奈は首を傾げた。


「え?どういうこと?それよりもお兄ちゃんだよ!オーバーフロー…大丈夫だった?」


生きている葉由奈が俺を心配してくれている。お兄ちゃんと呼んでくれている。それだけで心が満たされる。


「…あぁ。お兄ちゃんは大丈夫だ。大丈夫」


自然と涙が溢れる。自力で涙を止めることが出来ない。


「え?お、お兄ちゃん?なんで泣いてるの?どこか痛いの?」

「…気にしないでくれ」


なぜだか分からないが葉由奈は生きている。今はその事実を喜びたかった。


それから数分して落ち着いた俺は中宮さんに電話をかけた。


すると中宮さんは数コールで出てくれた。


「高雛さん?!大丈夫ですか?!」


電話に出た中宮さんはとてつもない声量でそう聞いてきた。耳がキーンとなる。


「はい。大丈夫です。それといきなりで悪いんですが…今日先生はいますか?」

「先生ですか?今日は、というよりいつもいますが…どうかしましたか?」

「いえ、ありがとうございます。今からそちらに伺います」

「え?高雛さん?」


俺はそこで電話を切った。


間違いなく葉由奈は…でも実際葉由奈は今生きている。これは間違いなく異常だ。もしかしたら何か身体に異常があるかもしれない。そして今それが分かる俺の知人と言ったら前に俺を検査した先生しか居ない。


「お兄ちゃん?」

「葉由奈。今から行くとこがあるからついてきてくれ」

「え?どこ行くの?」

探索者シーカー連盟だ」


俺はそう言って葉由奈の手を引いて歩き出した。


-------------------------------------------------------


そして今、俺たちは先生の前に立っていた。


「お、お兄ちゃん…何…この人…ほ、ホームレス?」

「大丈夫だ。見た目はこんなだがこの人は危ない人じゃない」


先生は前に来た時よりも酷い身なりをしていた。それこそ…葉由奈の言った通りホームレスのような…


「先生。実は…」

「ちょっと待て。お前の妹か?いきなりな挨拶だな」

「先生。実は…」

「おい、無視して話を進めようとするな」

「先生。実は…」

「…はぁ。分かった。話せ」


そう言われて俺は今日あったことを話した。


「なるほど…家のメタホールがオーバーフローを起こした。その時にお前の妹は確実に命を落としてしまった。だが今はピンピンしている…」


詳細を話すと先生は考え込んでしまった。


「おい妹」

「え?わ、私…ですか?」

「あぁ、そうだ。お前、あの家には何年住んでるんだ?」

「え、えっと…多分小さい頃からずっとです」


そう、俺と葉由奈はかなり小さい頃から一緒に過ごしている。多分10年以上は一緒にいるんじゃないだろうか?


「だからお前も慎也程では無いが異常な魔力量なのか…だがお前は1度もダンジョンに潜ったことはないんだろ?」

「は、はい…」


当たり前だ。あんな危険なところに葉由奈を行かせる訳にはいかない。


「ならその魔力量はおかしいな…通常、ダンジョンに初めて潜る時にダンジョン内にある濃い魔力を身体が急速に吸収することによって魔法が発現する。だが妹は潜ったことが無い…だとしたら異常な程に濃い魔力を身体に受けた。そう考えるのが普通だ…」


また先生はブツブツと言いながら考え込んでしまった。そして俺を見て口を開く。


「おい慎也」

「は、はい。なんですか?」

「お前、妹の近くで魔法使ったか?」

「そ、そんな危ないこと…」


するわけがない。そう答えようとしたが脳内にさっきの出来事がフラッシュバックする。巨大な魔力の塊である『全ての《オール》・終焉ドゥームズデイ』を庭で使用してしまったことを。


「なんだ?何か心当たりがあるのか?」

「えっと…純粋な魔力の塊を家の周辺に撒き散らしてしまったんですが…」

「間違いなくそれが原因だな。きっとお前の魔力がダンジョンの中に流れている濃い魔力を凌駕した濃さだったんだ。それが妹の身体に急速に流れ込んだんだ。そして妹に魔法が発現した」


確かにそれなら理解できる。だが…


「なら…妹はどうして…生き返ったんですか?」

「それが分からない。おい妹」

「は、はい」

「魔法を発動してみろ」

「え?ま、魔法ですか?」


葉由奈は戸惑っている様子だった。葉由奈の魔法…一体どんな魔法なんだ?俺と同じ闇魔法か?


「わ、私魔法なんて使った事なくて…」

「問題ない。頭の中でどうすればいいのか無意識で分かっているはずだ」

「え?あ…」


確かに言われてみればそうだ。俺も始めて魔法を使った時、どうやって魔法を発動したかと言われてみれば『何となく使えた』としか言いようがない。


「ほら、発動してみろ」


そう言われた葉由奈は俺の方を不安そうに見てくる。


「大丈夫だ。もし魔法が暴発しても俺が何とかしてやる」


そう、俺の魔法は闇魔法だ。全ての属性の魔法を吸収できる。もしもの時でも大丈夫。


「…分かりました」


葉由奈はそう言うと息を吐いた。そして魔法を唱える。


「『命の息吹』」


葉由奈がそう唱えると淡い光が辺り一面に広がる。そしてその光の中に居た俺たちにある変化が訪れる。


葉由奈は身体中にあった擦り傷や切り傷などが傷跡1つ残さず綺麗に消えていた。俺は先程まで疲労が溜まっていたがそれが嘘のように吹き飛んでいた。先生は…なんだか顔がスッキリしたような気がする。


「ほう…これは…」

「先生何か知ってるんですか?」


俺はそう聞く。


「あぁ…これは…」


俺は緊張して続く言葉を待つ。


「お前と同じで全く新しい魔法だ」

「…新しい…魔法」

「お、お兄ちゃん!凄い!私魔法が使えるようになったよ!」


どこか興奮気味の葉由奈がそう言ってくる。


「あぁ、凄いな葉由奈は」

「これはただの治癒魔法じゃない」

「そうなんですか?」

「あぁ…現に俺の目が魔力を感じなくなっている」

「え?」

「憶測だがこの魔法は欠損した部位ですら直してしまう程強力な力を持っている。それが普通の治癒魔法なわけが無い」

「そうなですか…」


なんだろう。葉由奈の魔法はどこから神々しさを感じる。


「神聖魔法…」


俺は小さくそう呟いた。


「神聖魔法か。いい名前だ。おい妹、お前の魔法は神聖魔法だ」

「神聖魔法…」


名前が決まってしまった。


「妹が生き返ったのは多分魔法に目覚めた時に自身の危険を感じて無意識で魔法を発動したんだろうな。そのおかげで心臓が息を吹き返したってところか」

「そんなことが…」


あるから実際葉由奈は生きてるんだろうな。良かった…本当に良かった…


「言うなれば『命を司る魔法』ってとこか」


先生がそう言った。


「命を司る…」


葉由奈は魔法を使えるようになった。だが俺は葉由奈をダンジョンに潜らせる気は到底ない。もうあんな胸が張り裂けるような経験をしたくない。


俺はもう慢心しない。常に全力で相手を叩き潰す。



【あとがき】


葉由奈は最初から死ぬ予定はありませんでした。1度瀕死になってもらったのは葉由奈の『命を司る魔法』の異常さを分かりやすく演出する為です。不快な気持ちにさせてしまった方は申し訳ありません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る