夏美の気持ち、慎也の現状
「…やっぱりかっこよかったな」
私はもう自分の意思でそう言っていた。
「えー…でも…えー…」
自分の気持ちに薄々気づいてしまってとても恥ずかしいようなこの気持ちを認めたくないような、そんな感覚に陥っていた。
「もう私の登録者数に迫ってるし…」
慎也の登録者数は既に32万人まで膨れ上がっていた。対して私の登録者数は37万人。きっと慎也がもう1回でも配信すれば私の登録者数は超えられてしまうだろう。
これが慎也以外の人だったら嫉妬に狂っていただろう。でも何でかな。慎也に抜かれるのは嫌じゃない。むしろ慎也の登録者数が伸びているのを見て嬉しく思っている自分がいる。
「なんか今の私気持ち悪いな…」
1回しか話したことの無い男の子に私はきっと恋心を抱いている。もうこれは誤魔化せなくなってしまっている。でも私はこの気持ちを表に出すことは出来ない。それは私が配信者だから。きっと私が慎也のことを…その…想っているなんてバレたらそれこそ取り返しがつかない程に炎上してしまうだろう。
「ふぅー…」
私は今初めて配信者であることを呪っているかもしれない。
私だって年頃の女の子なんだ。どうして配信者と言うだけで恋愛も出来ないの?それくらい自由にさせてよ。元々おかしいと思ってたんだ。アイドルだって人間だ。それなのにファンのために自由を奪われるなんておかしいと思う。それこそファンなら推しているアイドルの幸せを願うものなのではないのか?
「…やめよ」
こんなこと考えても仕方ない。もしこの風潮が変わるとするのならそれは圧倒的な権力や地位がある人が何か言わないと変わることがないだろう。つまり変わる見込みはほとんどないということだ。まぁ最初からそんな期待などしていなかった。そんな発言をしてしまえば炎上してしまうことは分かりきっている。そんな自ら不利を被るようなことをする人は居ない。
「なんでよりにもよって…あーもう!」
どうしてこんなにも頭の中でこびりついて離れないのだろう。ふとした瞬間に頭に浮かぶのは慎也に助けてもらったあの瞬間。きっと今の私は普段よりバカになっているんだろうな。
そんなふうに悩んでいるとあることにきづいた。
「…あれ?慎也配信切り忘れてない?」
そう。終わったはずの慎也の配信がまだ続いていたのだ。恐らく配信ボタンを切り忘れたのだろう。
「…もしかしたら慎也の本性が見られるかもしれない」
もし本性がどうしようもないような奴なら潔く諦められる。そうだ。性格さえ悪ければ私は潔く諦められるんだ。
私は生唾を飲み込みながら慎也が切り忘れた配信を見始めた。
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配信を切ってダンジョン内にあるメタホールを見つけてダンジョンの外に出た俺は葉由奈の待っている家の中に入った。
『は?メタホール家の庭にあるの?』
『そんなことある?ww』
『なるほどな。それで慎也が封鎖されたダンジョンに入れたわけだ』
『でもメタホールって魔力の高い場所にしか現れないじゃなかったっけ?』
『そう。魔力が高い場所で生成される。それでダンジョンに繋がってる』
「た、ただいまー…」
俺は恐る恐るそう言いながらリビングに向かった。
『おい…慎也が怯えてるぞww』
『やはり家では最弱だったかww』
リビングにはソファに腰掛けている葉由奈がいた。葉由奈は真っ直ぐ壁を見つめていて俺の方を見ていない。
「は、葉由奈?」
「…」
名前を呼ぶも返事は帰ってこない。
『ざわ…ざわざわ…』
『一体どうしたんだ?』
「お兄ちゃん」
葉由奈が冷たい声で呼んでくる。その声には抑揚がなく無機質だった。
「は、はい」
『敬語ww』
『葉由奈ちゃんKOEEEEEEE!!』
「私言ったよね。危ないダンジョンには潜らないでって」
相変わらず葉由奈は俺を見ない。
「い、いや…その、あれがいつも潜ってるダンジョンなんだよ…」
『一体いつから潜ってんだよ…』
『そりゃ葉由奈ちゃんも兄貴があんなところに行ってるなんて思わないよな』
俺は事実をそのまま伝える。すると葉由奈がバッとこちらに振り返った。
「私あんな危険なダンジョンだなんて聞いてない!」
その声は先程までと打って変わって悲痛な叫びになっていた。目元には涙も浮かべている。
『兄貴想いのいい妹ちゃんじゃないか』
『俺もこんな妹が欲しかったなぁ…』
『諦めろ。ここは2次元じゃない』
『じゃあこの兄妹は?』
『ここは特別なんだよ』
「わ、悪かったよ」
『よ、弱々しい…』
『あのダンジョンでの慎也が嘘みたいだぜ…』
俺はそう言うことしか出来なかった。俺にとっては危険じゃないダンジョンでも葉由奈にとっては不安になるようなダンジョンだったらしい。それを瞬時に判断出来ない俺はまだまだ兄としてダメなんだろうな。
「お父さんとお母さんがオーバーフローで死んじゃって…もう家族は私とお兄ちゃんの2人しかいないんだよ?」
『そうだったのか…』
『慎也…お前まじですげぇよ…』
『ほんとに苦労してんだな…』
「てかお兄ちゃん、今私真剣な話してるからこの飛んでるやつうるさい」
「あ、ご、ごめん…」
『あー!ちょっと待って!』
『やめろ…やめろぉぉぉ!!』
『待ってください!』
『ほんとにお前慎也か?ww』
俺はまだ飛んでいるドローンに目を向けずに飛行モードを解除して机に置いた。
『お?まだ気づいてない感じ?』
『今は葉由奈ちゃんに説教されてて気づいてないんだろうなww』
「ねぇお兄ちゃん。私とお兄ちゃんは血は繋がってないけど本当の家族なんだよ?そんなお兄ちゃんがいなくなったら私1人になっちゃうよね?」
「は、はい…」
『は?血繋がってないの?』
『はー?うらやま』
『もしかしてここは2次元の世界ですか?』
『違うぞ。これは紛れもない3次元だ』
『ちきしょう!どうして人はこんなにも不平等なんだ!』
「私…そんなことになったら耐えられないよ…」
「葉由奈…」
葉由奈は遂に泣き出してしまった。俺は葉由奈の側まで近寄って優しく抱きしめた。
「ごめんな。そんなに心配させて」
「本当だよ…怪我がなくて良かった…」
『あぁ…これが美しき兄妹愛か…』
『これって慎也だから許されてるところあるよな』
『わかるww』
『でも羨ま死刑』
『おいww』
「もうこれからは無茶しないで」
「できるだけしないようにするよ」
俺がそう言うと葉由奈がいっそう強く抱きついてきた。それが今の俺にはとても痛かった。
『まぁ慎也も葉由奈ちゃんのためにやってるからな…』
『危ないことをして欲しくない葉由奈ちゃんと葉由奈ちゃんを養いたい慎也…難しいな』
『これは慎也の強さの問題じゃないんだろうな』
葉由奈と数秒間抱き合っていると家の中にインターフォンの音が響いた。
「誰だ?」
『来客か?』
『誰だろう』
「俺ちょっと見てくるよ」
そう言って葉由奈から離れて玄関に向かう。
『あー、慎也が見えなくなった』
『てか慎也まじで良い奴なんだな』
『これは人気になりますわ』
『配信グループ放っておかないだろうな』
玄関を開いた先には真っ黒なスーツに身を包んだ屈強な男を数人連れた女性が立っていた。
「えっと…どちら様ですか?」
俺がそう言うと女性はぺこりと頭を下げて名刺を渡してきた。
「初めまして。私、
中宮と名乗る女性はキリッとした切れ長の目で長身、髪型はアシメバングのショートボブでかっこいい女性というイメージの人だった。
『連盟キター!』
『マジかよ!このタイミングでかよ!』
『ヤバいヤバいヤバい!!』
「は、はぁ…」
名刺を受け取った俺はぽかんとしていた。どうしてここに連盟の人が尋ねて来たのだろう?
「高雛 慎也さんですね?」
「そうですけど…」
「突然で申し訳無いのですが、あなたには
突然そんなことを言われた。
「まぁそのつもりではいましたけど…」
全く話が見えない。
「そのことについて少し特別な条件を付けさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「条件、ですか?」
『お?条件?』
『どんな条件なんだ?』
『てか連盟がそんなことしていいのか?』
俺は疑うような目を向けながらそう言う。それに対して中宮さんは言葉を返してきた。
「はい。まず、高雛さんが売却する魔物の素材を本来の1.5倍の値段で買い取ります」
「っ!ほ、ほんとですか?!」
『慎也とんでもない食いつきで草』
『音声だけだけどどんな顔してるから予想できるww』
それは思ってもみない提案だった。なら俺が今まで集めていた雑魚魔物の素材でもかなりの値段で売れるかもしれない。
「はい。本当です。ですが、通常より高く買取る条件として手の付けられないようなダンジョンの攻略をお願いしたいのです」
『うおおおおぉ!!慎也の強さに目をつけての条件ってことか!』
『強すぎた男の特権ww』
「そんなの絶対だめ!」
途端、後ろから叫び声が聞こえてきた。
「葉由奈…」
「お兄ちゃん、絶対にそんなの許さないからね。もう危険なことしないで」
『葉由奈ちゃん…』
『そりゃ心配だよな』
葉由奈の目には大粒の涙が溜まっていた。それを見て心が締め付けられる。だが俺だってここで引いていられない。
「葉由奈。お兄ちゃんは大丈夫だ。
俺は言い聞かせるようにそう言う。
「だめ!私いい暮らしなんてしなくていい!お兄ちゃんが居てくれたらそれでいいの!」
『なんて健気なんだ…』
『やば…泣けてくる…』
『この兄妹はお互いにお互いを想い合ってるんだな』
「で、でもな葉由奈。俺はもうお前に不自由な暮らしをさせたくないんだ。俺がちょっと頑張ればいいだけだから葉由奈は何も心配しなくていいんだよ」
「嫌だ!この人に帰ってもらうまで私はお兄ちゃんから離れないから!」
そう言って葉由奈は痛いくらいに俺を抱きしめた。
『ほんと…なんでこの兄妹はここまで推せるんだ…』
『慎也が心配なんだよな…』
「す、すいません中宮さん」
俺は中宮さんに謝った。中宮さんの後ろにいる数名のガタイのいい男たちは目を潤ませて鼻を啜っていた。この人達絶対いい人達だ。俺はそう思った。
「いえいえ、妹さんの気持ちも十分分かります。今日のところは一旦帰ります。ですが決断をされましたらその名刺に書いてある電話番号にかけてください。私が出ますから」
そう言うと連盟の人達は帰って行った。
「ダメだからね」
葉由奈は俺の目を見据えてそう言った。
「…」
俺は何も言えなかった。
「ところでお兄ちゃん」
「なんだ?」
「あのお兄ちゃんの側に飛んでた機械、赤く光ってるけど大丈夫なの?」
「…え?」
俺はその瞬間、真っ青になった。葉由奈の言っていることが本当なら…俺はとんでもないことしてしまっている。急いでドローンの元に向かう。そして俺は絶句した。
『あ?やっと気づいた?ww』
『やっほーww』
『お前まじで良い奴だな!』
『顔真っ青で草』
「お、お前ら!気づいてたなら早く言えよ!」
『確認しなかったお前が悪いんだろww』
『いやー、いいものを見たww』
「と、とりあえず今日の配信は終わりだ!じゃあな!」
俺はそう言って半場無理やり配信を切った。今度はちゃんと赤い点が消えたのを確認した。
【あとがき】
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