004
次にロッカーを調べるため、英子は沙羅のロッカーの前に立った。ロッカーの中身もおそらく空なのだろう。それでも何かわかることがあるかもしれないと、勇気を振り絞って開けることにした。
取っ手に触れ、開ける時に一瞬力を入れたが、軽い金属音がした後、すぐに扉は開いた。予想通り中身は空っぽだった。きれいに掃除もされているようだし、残っているものは何もない。ロッカーには、中央に鉄版が一つ横についていて、中で仕切られているのだが、下を覗いても上を覗いても何も見つからなかった。
なんの収穫もなかったと思っていたが、扉を閉めようとした時、チャリンと何かが落ちた音がした。床を見渡したがそれらしいものは何も見当たらない。ロッカーの壁伝えに歩いて行くと、5円玉が落ちているのが見えた。確かにそのチャリンという音はお金の音によく似ていたので、落ちたのはこれで間違えないだろうと思い、拾い上げる。最初はただの5円玉だと思っていたが、その5円玉には二種類の髪の毛が結び付けられていた。一つは黒く長い髪。一つは少し茶色がかった癖の強い短い髪だった。
英子は驚き、ひいと声を上げながらその5円玉を落としてしまった。5円玉は勢いよく転がり、教室のドアの手前まで移動し、誰かの上履きにぶつかって止まった。
その上履きの人物はその5円玉を拾い上げ、まじまじと見つめた。
見たことのない男子生徒だった。いかにも真面目そうで落ち着いた雰囲気の少年だ。まさか、こんな場所に誰か立っていたとは思わず、英子は吃驚してしまう。
「これ、おまじないですよ」
少年はそれを見るなり、そう言った。英子はきょとんとしている。他人のロッカーを覗き見ていたのだ。注意の一つでもされるのかと思っていたのに、最初にかけられた言葉がそれだった。
「満月の夜に月に翳しながら、お互いの髪を5円玉に結んでいくんです。それを次の満月までにかかさず行うと、両想いになる。そんなおまじないですね」
「気持ち悪い……」
英子はつい本音を口にしてしまった。人の髪がお金に結び付けられていたら、不気味に思う方が普通だろう。しかし、目の前の少年は顔色一つ変えず5円玉を見つめ、その意味をすぐに理解したのだ。
「ま、普通はそういう反応をしますよね。ただ、このおまじないをした張本人はいたって真剣なのでしょうけど」
彼はそう言って、そのまま空いていたロッカーの前まで歩いて行き、その中にお金を戻した。英子は彼を警戒しながら、睨みつけている。
「これ、美堂先輩のロッカーですよね」
彼はロッカーを静かに閉めながら、英子に質問した。いい訳を考えようとしたが浮かばなかったので、英子は仕方なく、無言のまま頷いた。先輩と呼ぶのだから、この少年はおそらく下の学年なのだろう。1年生にしてはしっかりしているから、おそらく1つ下の2年生だろうと思った。
「高倉先輩も美堂先輩の事、調べていたんですか?」
少しの間、そのロッカーを見つめていた彼が英子に尋ねた。英子はなぜ少年が、しかも学年も違うにも関わらず自分の名前を知っているのかわからなかった。しかも、彼の『も』という言葉が気になる。
彼はすぐに英子が不信に感じていることに気が付き、困ったように笑って見せた。
「覚えてないですか、僕の事。以前、高倉先輩が作文で入賞した時、昼休憩の時間に放送室で朗読していただきましたよね。その時にいた、放送部員の
「放送部って、美堂さんの…」
「はい。以前は美堂先輩も放送部で、部長をされていました」
彼はにっこりと笑う。
英子が放送室で朗読をした時はまだ沙羅が部長をしていた。英子は、原稿を読むことに夢中だった為、他の部員を気に留めたことはなく、樹の事も全く覚えていなかった。
それと気になることはもう一つあった。
「あなたも美堂さんの事を調べているの?」
彼は静かに頷いた。
「僕個人、美堂先輩が自殺するなんて考えられないので、納得するまで調べようかと思いまして」
「警察は自殺じゃなくて、ただの転落事故だって。だから、調べることなんてないんじゃない?」
「俺は事故死とも思っていません」
樹は躊躇なく、はっきりとそう言った。英子も同じだった。だからこうして調べている。しかし、それでも英子は樹の死因を疑う理由を確認しておきたかった。
「どうして?」
「一番の理由は、あの美堂先輩が不注意で転落事故を起こすなんてことが信じられないということなんですが、それ以外にも気になることがあるんです」
「気になること?」
樹はロッカーの前から離れて、近くの椅子に座った。
「彼女にはストーカーがいたんですよ。僕が知る限り、過激なストーカーが2人…」
それはわかっていた。さっき見た机の中のカッターの刃やおまじないと称された5円玉。どんな理由にしろ、沙羅の意図としないところで、誰かが彼女に付きまとっていた。カッターの刃とその5円玉が別人であるなら、きっとストーカーは2人いる。
「それが今回の事故と関係しているかはわかりません。それ以上に美堂先輩は本当に謎が多い人でしたから、長く付き合ってきた僕ら部員でさえ、彼女が何を考え、どう行動していたのかわからないんです。自分から意見を言うこともなく、気が付けば窓の外をぼんやり眺めている。それが、僕の中の美堂先輩でした」
英子も樹の考えに賛同した。
そう、沙羅は本当に謎の多い女子生徒だったのだ。自らの話はほとんどしたことはなく、人の話を聞いてばかり。弱音を吐いているところも、怒ったところも見たことがない。だからこそ、ミステリアスで魅力的だったのだろう。噂が未だに横行しているのは、そんな謎だらけの彼女の事を知りたいと思わせてしまう何かがあるからだ。
「高倉先輩。もしあなたが、僕と同じように彼女の死の原因を探るのであれば、一緒に調べませんか?」
樹は本気であった。英子を真っすぐ見る瞳。彼の決意は固かった。彼がどうしてそこまで沙羅の死が気になるのかは知らない。英子と同じように、単純にこの謎多き事件の真相を知りたいというそれだけの理由なのかもしれない。それでも、この少年について行けば、いつかは沙羅の事が、この謎が解決できるような気がした。
英子はただ小さく頷いた。
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