第16話 二度とは語られぬ歴史へ


 遠征が始まる日。支援者たちは集合時刻の一時間前には馬車と荷物を用意してルディナ王国の西関所に待機していた。俺を含めて十人は居るが、その半分以上が新たに【ソラティア】に関わる人間だという。それだけでもクランの実態が窺えて、あまりの酷さには言葉を失うしかない。


 トウマいわく、支援者の失敗は開拓者の戦闘でのミスよりも余程手厳しく指摘されるらしい。明らかな差別だが、それでもここに現れた支援者たちは、各々が地位や名誉のために参加を決意した野心家なのだ。


「こうして見ると、支援者って逞しいんだなぁ」


 自分のことを棚に上げて感嘆してしまう。支援者という職業は『力』の実力で名を挙げられる開拓者と違って英雄的な認知はされない。あくまで開拓者や同業者間での誉れでしかないのに、彼らもまたこの未知の世界で夢を掴み取ろうとしているのだ。


「皆さんお若いですね。見たところ、店主さんと変わらないくらいの人たちばかりです」


 フードを深く被っていたマイがそれをほんの少し押し上げて、興味深そうに周囲を観察している。幌がかけられた荷台や大量に積み上げられた木箱に樽。他では商会の倉庫へ搬入する時くらいしか見られない光景だ。初めて見るマイの好奇心は大いにくすぐられるのだろうが、慣れた人間にはどうにも歪な空間に感じ取れた。


「……不安だな」


「みなさんがお若いことが、ですか?」


「うん。人気のある支援者っていうのは経験豊富な中年くらいの人が多いんだ。で、そういう人は、新進気鋭のクランに目をつけて自分を売り込む」


「どうしてですか? そういった方は、自分から売り込む必要も無く引っ張りだこですよね?」


 マイの言ったことは間違っていない。人気の支援者は方々ほうぼうからスカウトや長期契約を持ち掛けられるため引く手あまただ。もちろん日々を暮らすだけならそれで良いが、やはり彼らはどこか野心家なのである。


「若手クランの躍進に関わるっていうのは、この業界じゃかなり評価される。探索のノウハウが未熟なクランに、準備とそれを教えられるだけの技量があるってことだからね」


 探索だろうが獣の討伐だろうが、開拓者という生業には常に危険が伴う。その危険をいかに排除するか、つまりどれだけ良い下地を整えられるかが売れる支援者の条件ということになる。


「なるほど。じゃあ、そういった方が居ないというのは、つまり……」


「彼らは知識のある支援者には、もう見限られた後なんだ」


 【ソラティア】のやり方は既に支援者の界隈で有名となってしまっており、安定した収入を得ている人間があえて苦労をしてまで協力しようとは思わないだろう。ただしそこに食らいついたとあれば、相応の地位と名誉を築けるのは間違いない。一番古株だというトウマなんかは、この状況を乗り切れば必ず待遇の良いクランに目をかけてもらえるはずだ。


「マイはできるだけ俺から離れないで。基本的な仕事はある程度教えたけど、まだまだわからないことの方が多いはずだ。下手に目立つと、目的地に着く前に帰されることになるかもしれない」


「わかりました」


 今回はあくまでマイの依頼の延長であり、目的はドゥーマの手掛かりを手に入れることだ。俺だけでは補えないセアル家の知識のために彼女を連れてこざるを得なかったが、本当は宿で待っていて欲しかったと思っている。アレスはともかくとして、ソラウの思想は他者を傷つけかねない。今回は支援者として参加した彼女が失敗をしようものなら、彼の逆鱗に触れる可能性があるからだ。


その時は、身を挺してマイを守ろう。依頼を受けた者として、俺には彼女を守る義務がある。支援者は戦えないけれど、一度でも希望を持たせた者として、最後にはマイを笑顔で見送ってやらなければならないのだ。


「下手に目立ってんのはお前の方なんじゃねーの?」


 声のする方に向くと、そこにはいつもの茶色のはね髪を揺らす旧友が居た。前に会った時よりは隈が取れていくらか顔色が良く、普段と変わらない軽口を飛ばしてくる。


「トウマ。もう寝不足は解消されたのか?」


「おう。お前が来てくれたおかげでだいぶ仕事が楽だったぜ。正直めちゃくちゃ助かったよ」


「そりゃ良かった」


 トウマが元気そうに親指を突き立てるので、ちょっぴり笑ってしまう。このお調子者の性格が遺憾無く発揮されている間は、少なくとも彼は大丈夫だろうという安心があったから。


「んーで、そっちの子が言ってた依頼人?」


「はい。マイと申します。今回は無茶な要望をお聞きくださってありがとうございました、トウマさん」


「うお。礼儀良いねー。よろしくな、マイちゃん」


 粗暴者も多いこの界隈では、彼女のような礼節を尽くした態度を取る者は少ない。むしろトウマのような軽やかな挨拶の方が好まれやすいとすら言える。もちろんそんなところまで支援者になりきれだなんて言わないが、俺たちからすれば物珍しいのだ。俺はトウマの耳に口を近づけて、他には聞こえない程度の声で言った。


「作戦は前伝えた通りだ。目的地に着いたら、探索の休憩中に俺たちだけで抜け出して、目的の場所に向かう」


「あぁ、くれぐれも見つかるんじゃねぇぞ。支援者が勝手な行動をしたとあっちゃあ、ソラウの野郎に何されるかわかったもんじゃねぇからな。それとな……」


 トウマは言葉を止めると後ろの方を向いて、おーい! と誰かを呼んだ。薄汚れた麻縄を巻いていた者、馬車の幌を確認していた者、各々の準備を進めていた四人の支援者たちが、一斉にぞろぞろと集まってくる。全員が以前のトウマのようにやつれたような顔をしているのが少しだけ怖かった。


「えっと……この人たちは?」


「何回か前の仕事から一緒の連中なんだ。みんな、お前に一言言いたいんだってよ」


 切れ味鋭いナイフみたいな眼と、血色の悪い肌が迫ってくる。じりじりとにじり寄られるので俺が上体を反らしかけると、先頭に居たぼさぼさ頭の男性が掠れたような声で言った。


「……ありがとうな」


「うぇっ?」


 まるで感謝されるような雰囲気ではなかったがために、かなり間抜けな声が出たと思う。知らないところで恨みでも買ったのだろうかなどと考えていたが、どうやらそれは杞憂だったらしい。しかしながら感謝される謂れもまた無い――と思っていたら、後ろに立っていた厚手の服装に長身を包む女性が補足するように言ってくれた。


「私たち、みんなキミに感謝してるんだ。クイップさんを寄越してくれたのって、キミなんだろ?」


「え、えぇ。そうですけど」


「お陰で、クランメンバーからの当たりが目に見えて減ってね。みんなでどこかで一度礼をと……トウマに相談してたんだ。そうしたら【ソラティア】の遠征に参加するって言うからさ」


「そんな、別に良いですよ。影響を及ぼしてるのはクイップさんですし。俺は『開拓者至上主義』っていうのが気に入らなかっただけですから」


「それでも感謝したいんだ。あんな状況が続くんだったら、私らは多分ここに居られなかったよ。だから、ありがとう」


 女性がさっきのマイみたく頭を下げたのに倣って、他の支援者たちも深々とお辞儀をする。戸惑いつつトウマの方を見遣ると、彼は少しだけ笑顔だった。やがてさっきの先頭の男が厳つい人相を上げ喋り出す。


「俺たちなりの礼を考えたんだ。トウマから聞いたが、お前は遠征中に用事があるんだってな。だから俺たちはその手伝いをする。キャンプ地から【ソラティア】の連中が出ないように仕向けるから、その間に用事とやらを済ませてこい」


「いや、でも……」


「ルミー。これがコイツらなりの礼なんだ。ありがたく受け取っておけよ」


 躊躇いかけた俺にトウマは釘を刺してきた。この件は俺が抱え込んだ問題で、間違いなく彼らには無関係だ。それどころか仮に見つかりでもしようものなら、ソラウや他の開拓者至上主義の者の制裁の対象になるかもしれない。ただの支援者でしかない彼らには何一つのメリットも存在しないのだ。


それでも協力を申し出てくれるのは、きっと俺の与えた影響が、俺の想定を遥かに上回っていたから。だったらその声を無下にしてしまうのは、むしろ失礼というものだろう。


「わかりました。みなさん、よろしくお願いします」


「任せておけ」


 情けは人の為ならず、とはよく言ったものだ。頼り甲斐のある助っ人を手に入れて、これほど心強いことはない。あとは『厄災』への調査が円滑に進みさえすれば、今回の遠征は上出来と言えよう。マイが家を抜け出してからしばらく経つ。この間にキッグ・セアルが動きを見せていないことが、むしろ不気味なほどに。


 刻時石に異変が見られたあの日以降、ハリエラさんともめっきり会えていない。事情を知る人間が限られる中ではやはり研究も滞ってしまっている。もしこの遠征で何の収穫も得られなかったら、その時はトウマにも事情を話して、本格的に協力してもらうしかない――


「集まっているわね」


 俺の思索の途中に、数日前に聞いた女の声がした。語感の柔らかさに対してハリのある通る声と、神速の剣の音が未だに忘れられない。以前のような普段着ではなく、薄い胸当てのついた戦いのための軽装備を身に纏うアレス・ミークレディアが【ソラティア】を引き連れ現れた。


「……」


 そのやや後ろに立つのは白髪の老剣士“破剣”のクイップ。こちらは店に来た時と同じ背広のままで、治療した左目はすっかり調子が良さそうに見える。やはりその風格は他の若手開拓者たちとは一線を画し、たじろぐ様子を見せた支援者も居た。


「準備、終わってます。アレスさん」


「ご苦労さま」


 トウマが手早く報告を済ませる折り、三十は居る開拓者の内に、激しく俺を睨みつける男が居た。支援者迫害の『開拓者至上主義』を掲げる【ソラティア】の副リーダー、ソラウ。その瞳に宿る不機嫌の正体は知らずとも、この遠征において最も警戒しなければならない相手だ。


「すぐに出発するわ! 全員、すぐに馬車に乗り込みなさい!」


 アレスの指揮によって全員が声を上げて動き出す。それぞれが乗り込む中、すれ違ったクイップさんが俺にしか聞こえない声で耳打ちをした。


「感謝を」


 深い吐息のような声音には歴戦の戦士の凄みが感じられた。いかにただの調査とは言え、長らく開拓者を続けていた伝説の男には、あたかも命懸けの戦いに挑むかのような決意があった。野心、目的、厭忌、願い。思惑同士が一同に会し、因縁に火をつける。


 ――これは、決して歴史に名を残すことのない旅の始まり。

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