第3話 探索準備
急務に追われた二日間はいつもの数倍早く過ぎていった気がする。それでもどうにか準備した食料を【ソールサー】の開拓者たちの手伝いで三台の馬車に分けて積み、当日明朝、出発の準備は滞りなく完了となった。
「さすがルミ坊だねぇ。二日で十人分の食料と荷馬車の用意。並みの支援者じゃこうはいかないね」
飄々と喝采を宣うのは摩耗しにくい獣皮の軽装に身を包むハリエラさんである。開拓者は探索や戦闘を行う職業柄、鎧などのごつごつとしたものを選びがちなのだが、彼女がそういった類の装備を着ているのは見たことが無かった。朝の涼しさのためか愛用の外套を羽織ってはいるものの、おそらく探索中は荷馬車でお留守番となるのだろう。
「馬貸しの娘さんには急すぎるって怒られたし、大量の食料は事前の申請をしろって商会に注意まで受けましたよ……これ、貸しですからね」
「はいよ。いざとなったらアタシも一緒に頭下げに行ってやるさね」
けらけらと笑う彼女には至って反省の様子が見られないようだ。俺は年単位の付き合いから諦念のため息を吐いてみるが、居合わせたナゲさんによってかき消されてしまう。
「店主さん。今回は無理言ってすまんかったなぁ」
「ナゲさんが悪くないことだけは確実なんで、謝らなくて大丈夫ですよ」
「ハッハッハ! 話の分かる支援者さんだなぁ。姐さんが入れ込む理由が良くわかるぜ」
自分への褒め言葉でもないのになぜか得意顔をするハリエラさんを睨んでいると、ナゲさんは今回の探索について改めて確認を始めた。
「じゃぁ全員揃ったところで改めてだが……今回の調査は王都から東に半日ほど走った所にある『アルテナ鉱山』と周辺の森だ。現場に着いたら二手に分かれて、それぞれ鉱山と森を探索する。特に森の方は最近ボヤ騒ぎもあったっていうから、用心してかかれよぉ」
思えばハリエラさんも似たようなことを言っていた。そのボヤ騒ぎが今回の依頼の原因であるため、自然発火、人為的なもののどちらにしても強い警戒が必要だ。緊張を紛らわすようにして、腰に帯びた自衛用の長剣の柄を握り締める。その動作に、隣に居た別の【ソールサー】の人員が反応した。
「ん? あんた、戦えるのか?」
男の疑問は、俺の恰好と吊るした獲物が見合っていないせいであろう。今日着て来た服は二年振りに引っ張り出した外行き用の頑丈なコート。そしてその下には鉄部分が一つも無い軽装である。腰に回した愛用のポーチの中には『呪術』に必要な触媒が入っているが、剣を持つには些か戦場に立つことを想定していないラフな服装であった。
「お守りみたいなものです。殆ど使うことはないですよ」
俺自身の戦闘能力は開拓者に対して大きく劣る。これを抜くことがあるとすれば本当に切羽詰まった時だけだ。とは言え特別な力とかお伽噺じみたこともあるはずはなく、本当に文字通りの「お守り」に過ぎない。もっともそんな状況下に陥る場合は、俺なんかでは生きていられないと思う。
「細けぇことは道すがら話すとするぜ――それじゃぁお前らぁ! 王国直下の依頼だ。報酬には期待しようぜぇ! 帰ったら支援者さんところの店で宴だぁ!」
――なんだそれ。聞いてないぞ。
俺は唐突なナゲさんの無茶振りに一瞬硬直したが、ハリエラさんを筆頭に全員が唱和するのを聞いて逃げ場がないことを悟った。
「おぉーっ!」
――あぁ、帰ったら急いで店の仕入れしなくちゃな。
俺がやけくそで彼らの唱和に声を合わせると、音頭を取ったリーダーは満足げに深く頷いていた。
※
丸一日をかけた開拓者たちの移動は実に順調だった。借り受けた馬の調子も良く、適度な休憩を挟みながらの行進。予定通りに物事が進むこと一つを取っても、支援者としての自分の頑張りが見え隠れすれば嬉しいものだ。無論、本命をこなして初めて大手を振って喜べるのであるのだが。
「【ソールサー】がこれだけ優秀なのはきっと、ハリエラさんにこってり絞られたからなんでしょうね……」
「勝手に憐みを向けるんじゃないさね。全く失礼な支援者だよ」
肯定とも否定とも取れない返事を返すハリエラさん。しかし馬の手綱を握る開拓者がうんうんと首を曲げているのでおのずと答えはわかった。ハリエラさんに向けて皮肉っぽく笑むと、彼女は無言を貫いていた御者の頭をばしんと叩いた。
「ルミ坊は、遠征は二年振りだったっけ?」
「はい。【アメトランプ】が軌道に乗るまでは国外に出るのが不安だったので」
「そうかいそうかい。どうさね、しばらく振りの外の空気は」
不服気な御者は置いてきぼりのまま、茶化したような彼女の台詞に思わず本心からの笑みがこぼれる。思えば俺は、この人に昔の夢を語ったことがあった。
「やっぱ気持ちいいです。冒険、って感じがして」
「そりゃあ、連れてきた甲斐があったさね」
俺はお飾りの長剣を見た。それは淡い子どもの頃の夢――俺が支援者という道に踏み込んだ理由だ。今、俺の武器となるのは腰に巻いたポーチの中にある『支援者』としての道具の数々である。
「もしかしてハリエラさん。俺が最近外に出ないから、無理矢理引っ張り出してくれたんですか?」
「さすがに買い被り過ぎだよ。アタシはアンタの能力が適任だと判断したからお願いしただけ」
「命令、の間違いでしょう?」
「失礼な支援者さね」
お人好しはどっちだ、という言葉を飲み込んで、俺は馬車の荷台から空を見上げた。青い空に広がる雲はどこから見ても同じはずなのに、こうしている間は随分と違うものに見える。
※
「目的地へは滞りなく到着……お前ら、準備は良いか!」
一夜が明け、出発から翌日の朝。【ソールサー】プラス二名は調査団として『アルテナ鉱山』の入り口に立っていた。総勢十名。クランの規模としては平均的な人数と言える。音頭を取るのはもちろんクランリーダーのナゲさんだ。高い身長に鉄鎧を着ているため、隣に居られるとすごい圧迫感を覚える。
「ここからは出発時に言った通り、森組と鉱山組に分かれて行動する。森はボヤ騒ぎのこともあって危険もあるかもしれねぇが、ハリエラの姐さんは支援者さんを守るために鉱山組だ。全員、締まってかかれよ」
「もしヤバそうな奴がいたら尻尾巻いて逃げな。命あっての物種さね」
ハリエラさんがそう付け加えると、メンバー全員が深く頷いた。俺と彼らは開拓者と支援者という立場の違いがあれど皆等しく人間だ。一つしかないものを失くしてしまえば取り返しがつかないことは、誰しもに共通する不変の真理である。いつもより一層深く首を折ったナゲさんは全員の顔を見ると進行を取り直した。
「幸い支援者さんは多少の治療もできるらしい。何かあったらすぐに診てもらえ。誰一人、欠けるのは許さねぇぞ!」
ナゲさんが背負っていた巨大な斧を高らかに掲げると、おぉっ! という勇ましい返事が響いた。それを合図に全員が各々の場所へ赴く様子を見せ始める。俺は鉱山組全員よりも準備を早く済ませ、彼らが万全であることを確認すると、一同を一箇所に集める。
「みなさん! 『術』を使うので、一旦集まってください」
俺が言うと、ナゲさんとハリエラさんが鉱山組の二人を連れてやってくる。さらに全員に座ってもらうように指示すると、ナゲさんが髭を撫でながら訝しげな顔で尋ねてきた。
「店主さん、あれは洞窟の中を明るくする術だったろう。まだ入ってもないのに、こんなところで何かすることがあるのかよ」
確かに【アメトランプ】で見せた呪術はナゲさんの言った通りのものだ。ただあれだけ派手な灯りを洞窟の中で使えば、仮に外敵がいた場合に一方的に位置を教えてしまう。その対策のために編み出したのがこれから施す『まじない』なのだ。俺は呪符を持ち、ナゲの背に手を当てて、集中のために目を強く閉じる。
「“暗視のまじない”」
その一言を発する時は、あたかも祈祷のように願い、かつ強く命令を下すかのように。すると俺の体の内側はほんのりと熱を持ち、それは心臓から左腕を伝い、手と呪符を介し、鎧を抜けて男の背中へと流れ込む。その証左に怪奇な文様を持った呪符が黄緑色に発光する。そしてその光が失われると、役目を終えたと言わんばかりに呪符は灰になって消え去ってしまった。
「ふぅ。これで終わりです」
「あ? 今のがか? 全然、何も起きた気がしねぇんだが……」
それはそうだろうなぁ、と間の抜けた感想を抱くのはいつものことだ。傍目から見たらただ紙が発光して消えただけの事象であり、派手さとは縁遠い。その点『魔術』の方が大量の水を生み出すとか、突風を巻き起こすとか見た目にもわかる変化があって誰でも認識できる。普段から魔術を見慣れている開拓者たちが地味だと感じるのは当たり前だった。
「その術の凄さは洞窟に入れば分かるさね。さぁルミ坊、早いとこアタシらにもやっとくれ」
ハリエラさんに促され、俺は彼女ともう二人の男に同じことを。さらに自分の胸に呪符を押し当てて“暗視のまじない”をかけ、全員がその効力を得た。
「ホントに、火はいらねぇのか?」
「大丈夫です。しっかりと見えますから」
準備に不備が無いことを確認したら、ようやく鉱山の中に入っていく。すると先頭にいたナゲさんの驚き声が空洞に反響した。
「おぉっ? すげぇな、奥の曲がり角までバッチリ見えるぜ」
“暗視のまじない”の効果によって、俺たちは洞窟でも新月の夜でも、その視界には日が射し込んだようにはっきりと見えるようになっている。これで松明やらランプやらで片手を塞ぐこともなく、さらには燃料の心配も要らない。このような細々とした部分に対して、『呪術』が開拓者支援の有用性を発揮すると確信している。
「おそらく半日は持つと思います。それまでに鉱山内に中継地点を立てることを目標にしましょう」
「おう! 暗闇が普通に歩けるだけでかなりの時間短縮だ。一気に行こう」
「だからって、あんまり無理すんじゃないよ」
この中では一番の実力者であるハリエラさんが言うと、浮かれ気分のナゲさんも気が引き締まったようだ。開拓者という生業は王国軍の騎士にも引けを取らないほどに死と隣り合わせ。この未開の洞窟も例外ではないことを、俺たちは知っている。
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