第18話 社長ともなるとやっぱり器が違う
オフィスに入るやいなや、オルネドはイルオに飛びかかった。彼の身体能力は訓練していない人間なら反応も難しいほどの速度を生み出す。そして、彼の振り上げられた腕は一瞬にしてイルオの手におさまっていた拳銃を弾き飛ばした。
「ぐぅっ……!」
拳銃が床に落ちる虚しい音が響き渡る。唯一の武器を奪われ、自分の悪事に関する情報も漏れてしまったと知ったイルオは、失意の重さにその場に膝をついた。
「流石、狼型の亜人。身体能力はピカイチだな」
「いいように使いやがって……」
問答を担当していたラムロンは、実際に動いてイルオを無力化したオルネドの能力をわざとらしい拍手で褒める。
「ああ、いいように使ったぜ? 誰も傷つかないハッピーエンドで、犯人も分かってよかっただろ」
「つかみどころのない奴だ」
「そいつが俺のいい所さ。さて、社長さん。もう入ってきてもいいぜ」
イルオの罪を明らかにし、その抵抗の意まで削いだ。そうして十分に安全が確保されると、オフィスにリーヴが入ってくる。彼はラムロンとオルネドの横を通り過ぎると、イルオの眼前で片膝をついた。
「イルオ君……どうしてこんなことを」
「社長……私は」
自分を信頼してある程度の立場にまで置いてくれた社長を前に、イルオは顔を上げることができなかった。そうできるほど、彼は人間離れしていなかった。
「ん……?」
あとはリーヴ達が全て収めるだろう。自分の介入が必要ないところまで仕事が終わったラムロンは、ふとイルオが持っていた拳銃に目を向ける。床に落ちているのを拾って見てみれば、彼はその銃が持つ違和感にすぐ気がついた。
「おいおい、イルオさん。アンタどんだけ金なかったんだよ」
「どういうことだ?」
問いを投げるオルネドに、ラムロンは手に持った銃の引き金を引いて見せる。発砲しない。どころか、音も出ない。どうやらエアガンですらないようだ。
「こりゃガキ用の玩具の銃だ。いざって時に頼るものとしちゃあ、どう考えても役不足だよな」
脅しの道具としてすら不十分だ。悪事を働いているという後ろめたい事情があるなら、もっと確かなものを頼るはず。法律で銃の所持が認められているなら尚更、こんなものを使うのはデメリットしかないだろう。
合点のいかないところを見つけたリーヴは、イルオに向き直る。
「なぜ……給料はちゃんと出しているだろう。部長である君は生活に困るような額じゃないはずだ」
「…………」
「話してくれないか。君がどうして、こんなことをしたのか」
リーヴがイルオの肩に手を置く。それでようやく顔を持ち上げたイルオの目には、部下のことを我がことのように悲しむ社長の顔が映った。
「私は……」
話す以外に道はない。だがそれ以上に、イルオは頼りたいと思ったのだろう。
「息子が詐欺に遭ったんです」
ポツリポツリと話し出す。
「しばらく前に、今広まってる詐欺に遭ってしまって……。自分の給料では、巻き上げられた金を全て返して生活も守るということができず、それから、亜人達の給料に手を……」
「君以外にも、その金を受け取っていた社員がいるんじゃないのか?」
「……はい。彼らも、家族が詐欺に遭ってしまって金が必要だと言って……元々、そういう悩みを打ち明ける集まりから、亜人の給料を抜こうと……」
イルオの言葉は、オルネドの怒りに触れる。彼は全身の毛を逆立てるような勢いで、膝をついたままのイルオの襟首を掴んだ。
「それで俺達の金に手ェ出したってのか!?」
「も、申し訳、ありません……!」
「申し訳ない、だ? んなこと思うだけで許されんならなぁ……!」
オルネドは拳を握り締め、振り上げた。
「やめろ、オルネド」
度が過ぎる行為をラムロンが止める。彼はオルネドの振り上げられた腕を掴み、その暴行を制止した。しかし、その言葉だけで収まる怒りではない。
「どうしてだ。こいつはただの犯罪者だろうがッ!」
「まったくその通りだ。けど殴る必要はねえ」
「必要はなくても俺は……!」
「お前も同じようなもんだろうが」
「なんだと……?」
自分が責められるなどと思ってもいなかったオルネドは、唐突なラムロンの言葉に面食らう。
「ラムロン君の言う通りですよ、オルネド君」
「社長まで……」
リーヴはオルネドが振り上げている拳を下ろさせ、大きくため息をつく。そして、彼はオルネドとイルオの双方を見比べながら今回の件について語る。
「イルオ君もオルネド君も、自分が辛い状況だからと、他人から搾取することを厭わなかった。人間か亜人かなんていうのは関係なく、二人共、平等に犯罪を犯した。君達の違いはせいぜい、相手が内輪か外部か程度のものです」
多少の違いはあれど、二人のしでかしたことはほとんど変わらない。直前まで責める立場だったオルネドも、省みる立場だったイルオも、同じように黙り込んだ。
そんな時だ。リーヴが急に妙なことを口走る。
「そして、私も同じように犯罪を犯しました」
「「「……えっ?」」」
あまりの唐突さに、先ほどまで神妙な面持ちで反省していたオルネドとイルオは顔を見合わせ、傍観を決め込んでいたラムロンでさえ声を上げた。三人の視線を一気に集めたリーヴは頭を抱えながら、さも苦心しているかのようなわざとらしい声で自分が犯したという罪について話す。
「ついこの間、お金を拾ったのですが……警察に届けず、自分のものにしてしまいました。生活の足しになればという悪心のせいで……はぁ、これは立派な窃盗罪です」
「いやちょ、社長。それは……」
「誰だってやったことあるんじゃ……」
敵と言っても差し支えないほどの関係性であるはずのイルオとオルネドが、声を合わせてリーヴの罪を庇った。彼らの言葉を耳にすると、リーヴはククッと喉の奥で笑う。
「大なり小なりありますが、我々は犯罪者というわけです。それも、この場にいる三人だけではありません。もし警察に届けることになったら、あなた達に協力した者まで全員裁かれることになってしまいます。一会社の社長としては、それはあまりにもマイナスが大きすぎると思いましてね」
わざとらしく会社の都合まで持ち出してリーヴはこの場を収める。しかし、納得がいかないのは部下二人だ。
「今回の件は、全員の罪を不問とします」
「しかし、それでは俺達は……」
「我が社に残ってもらいますよ。もちろん、オルネド君をはじめ、給料を正当にもらえなかった亜人の労働者達への補填はします。イルオ君達の給料に関しては、要相談という形になるでしょうね」
「社長……」
イルオとオルネドは社長の言葉に抗しない。言葉を上げられるわけもなかった。社長からのこれ以上ない温情に、種は違っても二人は同じ感動を覚えていた。
そうして、リーヴが頭の硬い社員を二人説き伏せた後のこと。リーヴはふと、脇で静かにしているラムロンに目をやった。
「さて、我が社の方針としてはこう固まったわけですが……ラムロン君」
「ん、なんです?」
「余計な事、警察に言ったりしないでくださいね?」
「……アンタ、社員には優しいのに外部の奴には厳しいんだな」
「まあどこの社長もこんなもんでしょう、ははは」
リーヴは恰幅のいい体を揺らして笑う。そんな愉快な調子で、彼はとんでもない言葉を続ける。
「それで、なのですが……ラムロン君」
「ン、まだなんかあんのかよ」
「さっき持ってきてた500万、ご融資いただいてもよろしいですか?」
「……ん? はっ? え、口止め料ってヤツを真逆に勘違いしてんのか」
「そんなものです」
思わず何度も確認してしまうほどぶっ飛んだ提案に、ラムロンは思わず動揺を顔に浮かべた。そんな彼に、リーヴは表情を変えて事情を伝える。
「真面目な話をしますと、我が社はそこまで大手ではありませんし、彼らの給料に補填をしようとすると辛い状況になってしまうんですよ」
「へぇ……そ、そうかい」
「確か、亜人相談事務所でしたっけ? 金ならいくらでもある、金を積めば解決できる問題持ってこいやギャハハ……みたいな触れ込みでしたよね?」
「いやそこまでは言ってねえよ!? つかなんかこっちが悪いことしてるみてぇじゃねえか!」
あまりにも偏った印象。ラムロンが訂正すると、リーヴは笑いながら分かっていますと補足した。どこからが冗談でどこからが真面目なのかよく分からない彼を前にペースを乱されながらも、ラムロンはやれやれと首を縦に振る。
「ったくよぉ……。まあ、いいぜ」
「よかった。では、この分はいずれ返しますね」
「はいよ。ったく、図々しいこったぜ……」
口ではそう言いながらも、ラムロンは自分の社員を見捨てないリーヴを信じ、懐から札束を取り出すのだった。
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