第14話 身代金要求型立てこもりはこう解決するのだ

 イルオがラムロンを連れて向かったのは、彼が所属しているという会社が手がける建設現場だ。まだ壁の設置などの作業が不十分で、鉄骨があちらこちらで剥き出しになっている。


「犯人の名前はオルネド。この奥に、奴と人質がいます」

「武器は持ってますか?」

「いえ。しかし、亜人である彼の爪や牙は十分凶器になり得ます。同種ですら、位置によっては一撃で致命傷となるはずです」

「まあ、そうでしょうね」

「まずは人質の安全を……」


 ドアをはめていない不完全な部屋を前にして、イルオが足を止める。その先に、立てこもって金を要求しているという亜人がいるのだろう。避難がスムーズに進んだのか、事件現場にたどり着くまで、他の人間、亜人とすれ違うことはなかった。


「この先ですか?」

「ええ、その通りです。ですから……」


 イルオが自らの考えを話そうとしたその時だ。ラムロンは何も考えを練ることなく、ドアのついていない境をくぐっていった。


「よ~っす」

「ちょ、ラムロンさん!? 無計画すぎますよッ!!」


 行きつけの店に入るかのようなノリで入った部屋の奥には、二人の亜人がいた。どちらも体表を毛皮で覆われた上に服を身につけ、狼のような三角の耳を頭上に持っている。中にいたのはその二人だけだ。

 そして最も重要なのは、大柄な方が小柄な方の首を掴み、爪を突き立てていることだ。


「止まれ!! アンタ、何者だ。ここには何をしに来た!」


 地を這うような低い怒鳴り声を上げたのは大柄な方だ。彼は部屋に入ってきた不用心なラムロンに、その鋭い目を向ける。


「ラムロン、亜人相談事務所ってものをやってるんだ」

「相談事務所だ? ケッ、人間様が俺達に慈悲をくれるってのかよ」

「その通り。この一件が片付いたらお前も来てくれよ。前科ありの亜人は流石に生きてくのに苦労するだろうしな」

「ふざけてんじゃねえぞッ!」


 冗談めかした物言いをするラムロンにオルネドは吠え声を上げる。その声に、後ろに控えていたイルオは思わず一歩下がるが、ラムロンは動じていない。


「人質の君、大丈夫? 怪我とかしてない?」

「……えっ、いや……」


 自分に話しかけてくるなどと考えてもいなかった人質は、目を丸くして言葉に迷う。だが、彼の言葉を遮るようにオルネドが腕に力を込めて拘束を強めた。


「誰がこいつと喋っていいって言った……?」

「オルネド、だったな。こんくらいはいいだろ。君、そいつとは仲悪かったのか?」

「そっ……」

「そうだよアンタの言う通りさ! 俺とこいつは正しく犬猿の仲ってヤツでね。金のついでに分からせてやろうと思ったんだよ」

「……すーっ、狼なのに犬猿って変じゃね?」

「やかましいわ!!」


 オルネドはラムロンの緊張感のない態度にますます苛立ちを募らせる。遂には痺れを切らしたのか、人質の首に獣人由来の鋭い爪の先端を食い込ませた。


「チッ……おら早く金を持って来いよッ! じゃなきゃ、こいつがどうなっても知らねえぞ!!」

「ああ、うん。そうだったな」


 オルネドの言葉にラムロンは頷き、おもむろに懐を探り出す。一体何をするつもりなのかとオルネドは身構えるが、ラムロンが取り出したのは武器でも銃でもなく……


「ほいっ、やるよ」


 札束だった。彼はそれを、オルネドに投げ渡す。


「へっ?」

「なんっ……」


 あまりにも突飛なラムロンの行動に、オルネド、イルオ、人質さえも唖然として口をポカンと開いた。


「それ、500万幣。確認していいぞ」


 部屋には静寂が広がった。全員が全員、驚きのせいで大口を開けたまま黙っている。ただ、その空間の中心に立っているラムロンだけは、平然とした様子で耳をほじっていた。


「って、えええぇぇェーーッ!!!?」


 沈黙を突き破ったのは、イルオの叫び声だった。

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