第12話 憧れるものは自分で選ぶのが一番

 ナフィはリザの家に戻ると、早速つくった薬の一部をリザの母親に飲ませた。直後にすぐ熱が下がるということはもちろんなく、ナフィとラムロンはもうしばらく家に残って彼女の熱の経過を見ることにした。


 リザの母親が最初の薬を飲んでから、しばらく。ナフィは再び彼女の体の調子を調べていた。


「熱っぽくありませんか?」

「大丈夫です」

「頭痛や胸の痛みといった感覚は?」

「さっきの薬を飲んでから、だいぶ楽になりました」

「……よし、順調ね」


 ある程度の問診と実際に触れての検診を終えると、ナフィは一つ息をついて肩をストンと下ろす。その様子を見たリザは、喜々とした跳ねる声で問う。


「ナフィさん、お母さんの病気は良くなったんですか!?」

「うん、これから良くなるよ。はい、これ」

「えっと……?」


 ナフィは薬局から持って帰ってきた小さな紙袋を、首を傾げているリザに手渡す。


「お母さん用の薬。これからしばらく、ちゃんと症状がなくなるまで飲ませてあげて。注意事項は中の紙に書いてあるから」

「うん……じゃなくて。はい、分かりました」

「お母さんはちゃんと水を飲んで、食欲がなくても最低限は食べてください。お母さん自身の体力も重要ですから」

「ありがとうございます」


 リザ親子は揃ってナフィに頭を下げ、お礼を告げる。二人のそれを、ナフィは凛とした笑みと共に受け入れた。


「医者ですから、できることをしただけです」

「……そうは言っても、何かお礼をしないと。分割でも、お金をお支払いします」

「わっ、私も! 私にできることがあったら、なんでも言ってください!」

「やっ、やめてください。お金のためにやってるわけじゃありませんから……」


 大人としての責任や立場から、母親はナフィに礼をしなければならないと思い詰めている。そして、それはリザも同じだった。


「ナフィさんにはお世話になったから、何かお礼がしたいの」

「えぇ……う~ん」


 言ってしまえば、金を取られなくてラッキー、程度に思ってくれればいいという勘定でいたナフィは、二人の言葉にどうしようかと悩む。


「いい案があるぜ」


 ナフィが返しの言葉を考えあぐねていた時だ。隣で胡座をかいていたラムロンが、人差し指を立てる。


「リザに働いてもらおうじゃねえか。もちろん無理強いはしねえけどよ」

「え、私ラムロンさんのとこで働くなんて嫌だよ。それだったらトイレ掃除がいい」

「……テメェは相変わらず遠慮がねえなぁ。そうじゃなくてよ」


 息を吐くようにつかれた悪態に出鼻を挫かれるも、ラムロンは意志を曲げることなく宣言した。


「ナフィのとこで働けばいい」

「えっ」

「……え私!?」


 リザもナフィも、ラムロンの提案に驚いて目を丸くする。戸惑う二人を前に、ラムロンは理路整然と自分の提案が持つ利点について語っていく。


「第一、今回俺はほとんど何もしてねえからな。礼を受けるならナフィだ。人手にも困ってるだろ」

「いや、別に……まあもちろん、あるに越したことはないけど」

「だろ? それに、リザは……」


 そこまで言って、ラムロンはこれ以上口にする必要はないようだと言葉を止める。彼がそうしたのは、リザの表情を見たからだ。ラムロンの視線につられるように、ナフィもその先に目を向けた。

 そこには、前のめりになって、目をキラキラと輝かせるリザがいた。


「ん~……別に、そんなに憧れられるようなことしてるわけじゃないよ? 色々大変だし」


 ナフィは自分を大したものじゃないと卑下する。しかし、リザの目に満ちた憧れは褪せなかった。


「“私は”!! 憧れたんです!」

「……そう。じゃあ」


 言っても聞かなそうだと判断したナフィは、リザの母親に断りを入れる。


「一週間に何日か、適当にお子さんを借りてもいいですか? 無茶はさせませんから」

「もちろんです。ウチの子がこんなに楽しそうにしてるのは、久しぶりですから」


 問いに、リザの母親は体を起こして笑顔で答える。彼女の具合は話している内にだいぶ良くなったのか、顔の血色が随分とマシになっていた。


「よし、それじゃあそういうことで」


 話がまとまったのを見ていたラムロンは、パチッと手を叩いて立ち上がる。


「リザ、お前疲れたろ。飯用意してやるよ」

「え、ラムロンさん作れるの?」

「ああ。一人暮らしの男の料理舐めんなよ? ほんじゃ、キッチン借りるぜ~」


 言いたいことだけ言って、ラムロンは部屋を後にしようとする。彼の後ろ姿を見送ったナフィは、テーブルに頬杖をつきながらうっとりとした顔で呟いた。


「ラムの料理食べるの久しぶりだなぁ。おいしいんだよね」

「…………」


 ナフィは何気なくそう口にし、過去に食べたことがあるらしいラムロンの料理に思いを馳せた。しかし、彼女のその言葉と態度は思わぬところでリザの対抗心に火をつける。

 一つ息をつく間もなく、リザは勢いよく立ち上がると、部屋の出口を目の前にしたラムロンの肩をガシッと掴み、その歩みを止めた。


「ちょっ……なんだよ。お前は休んどけって」

「い~や! 私がご飯用意するから。これからお世話になるナフィさんに料理の腕見せとかなきゃいけないしっ!!」

「あぁん? ……あぁ」


 一言二言でリザの考えを察したラムロンは、ニッと口角を上げて彼女の対抗心に乗っかる。


「ほんじゃ、どっちの料理がうまいか、ナフィとお前の母さんに決めてもらうか」

「いーわ、望むところよ!! ボコボコにしてやる!」


 余裕の表情を見せるラムロンと、闘争心をメラメラと燃やすリザ、二人は揃って部屋から出ていくのだった。


「可愛いお子さんですね」

「ええ、あんなにいい子を持てて私は幸せです」


 自分の背にかけられる愛情と期待に、幼いリザが気づくことはなかった。




※ ※ ※




 その後、圧倒的な身内贔屓のナフィの採点により、リザが完全敗北を喫したのはまた別のお話。


「チクショオオオォォォォォーーーーーッッッ!!!!!」

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