第2話 亜人は変装する時に困ることが多い
ダイバーシティ。多様性の名を冠するだけあって、街の往来を行き来する者達にはそれぞれ大きな違いがあった。これといった外見的特徴を持たない人間から、全身毛皮に覆われた亜人、体の一部だけに動物的特徴を持った亜人まで、顔ぶれは様々だ。
そんな街中を、ラムロンはドグとフォクシーを引き連れて歩いていた。二人の頭と腰にはそれぞれ、人間にはない亜人の耳と尻尾が生えている。
「こんなこと言うのもアレなんすけど、俺達、このまんま外に出れたりしないっすかね」
唐突に、ドグが何も考えていなさそうな呆けた表情で提案する。楽観的な彼の言葉に、ラムロンは頭を抱え、フォクシーは苦笑いを浮かべた。
「アホか、お前」
「無理だよドグ。私達亜人の出入りは色々なところで管理されてるから。検問で引っかかっちゃう」
「つかそんなんで解決すんならわざわざ俺の所まで来ねえだろうよ」
考えの足りていない提案を二人は正すが、ドグはめげずに頭をひねった。そして、すぐさま思いついた策を自信満々に人差し指を立てて宣言する。
「それもそっか……じゃあ、変装で出るとかは?」
「耳もそうだが、テメエらのケツから出てるぶっとい尻尾はどうするつもりなんだ?」
「あ~……ウンコってことで」
「随分長くてモフモフした糞が出るんだな、お前は」
「快便には自信があるんすよ」
亜人に変装は難易度が高い。とりわけ自分を人間であると偽るには、亜人が持つ特徴を全て隠さなくてはならない。その高い壁を示すように、二人の後ろでは巨大な筆のような尻尾が揺れていた。
「や、やめてください……二人共」
女性の前で大便を話題に挙げるデリカシーの欠如したラムロンとドグ。そんな二人の会話を、フォクシーが弱々しい声で遮る。
「私の尻尾紫色だから、まるで体壊してるみたいじゃないですか」
「いやッ! 目線おかしいだろーがッ!!」
「お、おかしいって……ラムロンさん。私の健康はお腹の子にも影響するんですよ? まるで、我が子の心配するのがおかしいって言ってるような……」
「いや言ってねえだろうが、んなことはよぉッ!!」
「そ、そうでしたか。すみません、誤解しちゃって」
「いや、別にいいけど……」
被害妄想が激しいフォクシーの誤解をラムロンは大きな声で正す。すぐに認識を正して謝ってはくれるものの、いつまた間違った捉え方をするのか分かったものじゃないな、とラムロンは少々引いた目線を彼女に向けた。
そんな中、何やら真剣そうな顔で考え事をしていたドグが手を叩く。
「まあでも、やっぱり変装もワンチャンあるんじゃないっすか。ワンチャン」
ドグは目を輝かせてラムロンの顔を覗き込んでくる。
「あ? 何かいい案でも……」
瞬間、ラムロンはドグの言葉の真意を考え、彼を振り返る。そこで目についたのは、ドグの犬のような耳と尻尾、そしてまん丸な目だった。
「ワンチャンだけに、ってか?」
「ハハハ」
「……馬鹿がよ」
あまりにも緊張感のないドグの態度に、ラムロンは大きくため息をつく。そもそもが面白くないし、これで笑えというのも無理な話だ。だが、陽気なドグの様子に合わせてフォクシーは笑顔を浮かべている。無理に調子を合わせているというわけではない、自然な笑みだ。
(ったく、幸せそうなツラしやがって)
そうして、三人が事務所を出てしばらく。ラムロンが二人を連れて辿り着いた場所は、トラックが何台も停められている小さな駐車場だった。整然と並ぶ車の間を、荷を抱えた人々が頻繁に行き来している。
「お前らはちょっと待っててくれ」
ラムロンは駐車場の入り口で待っているように二人に伝えると、手近なところを通りがかった男に声をかける。
「よっ。今暇か?」
「ん、久しぶりじゃねえかラム。今回もまた、何かまずいもんを運んでほしいのか?」
「別にいつも危ない粉やら武器やら運ばしてるわけじゃねえだろ……。あそこにいる二人、街の外に出る車に乗せてってほしいんだ。隠したまま、な」
ラムロンは知り合いらしい男に声をかけると、入り口で立っているドグとフォクシーを指で示す。だが、亜人である二人を目にした男は途端に顔をしかめた。
「ありゃ亜人じゃねえか。おい、俺に犯罪の片棒担がせようってか?」
「全くもってその通り。共犯者になってくれよ」
「誰が好きでなるかってんだ。けどま……」
男は話の途中、急にいやらしい目線をラムロンにチラチラと送る。男の口の端からはよだれが溢れ、目は弓なりに歪んでいる。そのあまりの気色悪さを前に、ラムロンは自分の身を守るように一歩退く。
「おい、俺にそっちの気はねえぞ」
「あ? ちげえよボケがッ!!」
「差別はしねえけどよ、そういうのはそういう人同士でやってくれよな」
「ちげえって言ってんのが聞こえねえのか? 耳ちぎり取って新しくこさえてやろうか?」
苛立ちを隠さず拳を握り始めた男の表情を目にすると、ラムロンは冗談だと笑い飛ばし、本題に入る。
「分かってる。誰でもその気になる魔法の紙をやるよ」
「どのくらいだ?」
「一番高いの、十枚」
「おっほ♡ 愛してるぜ、ラム」
「だからそっちの気はねえっての」
「金のためなら……やってやってもいいぜ?」
「キッ……早く準備しろやボケがッ!!!」
純粋な気持ち悪さを前に、ラムロンの脊髄には生暖かい怖気が走る。彼はその感覚への嫌悪を抑えることなく、男の背を蹴飛ばしてその作業を急かした。
こうして仕事の話が一段落つくと、ラムロンは大きくため息をついて肩の力を抜く。その後、そういえばと駐車場の入り口を振り返って見てみれば、ドグとフォクシーが心配そうな目でこちらを見つめてきていた。自分達の進退がかかったことだから当然と言えば当然だろう。そんな不安そうな彼らに、ラムロンは歯を見せて笑い、親指を立てて順調であると示すのだった。
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