I’s LOVE YOU’s

八月六日

第1話

 十年来の友人である神代から告白されてしまった私は、私のクローンを作ることにした。私がヘテロだからである。私は神代と付き合う気は毛頭ないが、それはそれとして神代が泣いている姿には耐えられなかった。

 今の時代、クローンなんて少しのお金と時間があれば誰でも作ることができる。私は意気揚々とクローンを作った。この事を神代に伝えようか迷ったけど、やめた。なんか論理的にやばそうだったから。


 私のクローンのことを、大昔の羊になぞらえて『ドリー』と呼ぶことにする。いちいち『私のクローン』なんて、文字数稼ぎもいいところだ。


 ドリーは、早速神代のもとへ向かう。さすがは私のクローンといったところで、その行動力はすさまじいものだった。

 ドリーが生まれたその日、神代とドリーが付き合い始めた。

 五年後、二人が結婚した。

 六年後、ドリーが神代を殺した。


 大事なものはなくなってからじゃないとその大切さに気付けない。神代が死んだことによってできた胸の空白。その形は『恋』だった。

 私はドリーを殺すことにした。私には復讐劇が似合うからだ。厳密には復讐ではないのだが、それについては言及しないものとする。

過程については省かせてもらおう。【とある人脈】を頼り、【とある道具】を使用し、【とある方法】を用いたとだけ言っておく。

「なんで神代のこと殺しちゃったの?」

 目の前に転がるドリーは、いつ死んでもおかしくないような状態だった。

「だって、神代が愛していたのは、私じゃないもの」

 笑みを浮かべてドリーが言う。自分が死の淵に立っていることなんて、忘れているかのように。

「私はクローンよ。いくら神代が私のことを愛したって、その愛は私に向かわないのよ。じゃあいっそ、その愛もろとも消してしまったほうがいいでしょう?」

「私はそんなにひねくれた思考回路してないわよ」

「そんなことないわよ。だってそうだとしたら、神代を殺した意味ないじゃない」

「はあ? それどういう……」

 と、意味の分からないことを言い残してドリーは死んだ。ちなみに死体については問題ない。【とある場所】に捨てることで、未来永劫誰にも見つかることはないのだ。こうして私の復讐劇は幕を閉じた。


 私は神代のクローンを作ることにした。自分が神代に恋をしている以上、そうしない理由はどこにもない。


 神代のクローンのことを、『神代』と呼ぶことにする。『神代のクローン』なんて、人権無視もいいところだ。


 神代はやっぱり私が好きで、私も神代が好きで。そうなったらもう、付き合うしかなかった。私の行動力はすさまじいのだ。

 神代が生まれたその日、私たちは付き合い始めた。

 五年後、神代と結婚した。

 六年後、神代を殺した。


 神代との生活は、それはもう筆舌に尽くし難い素晴らしいものであった。神代だけではない。木が、空が、野良猫が、全て輝いて見えた。

 だが、私の愛する神代はクローンであり、かつての神代ではない。神代の愛を感じるたびに、そんなことを考えてしまっていた。所詮、偽物の愛に過ぎないのではないだろうか。

 もちろん、私の記憶の神代と妻である神代になんの相違もない。それが私の中では許せなかった。

 だから、私が神代を殺したことも当然の行いであると言えるだろう。死体となった神代を見ながら、私の心には何の揺らぎもなかった。

 彼女が私を愛していたことは理解している。そこに本物も偽物もないだろうと人は言う。だが、彼女は、神代はクローンだ。いくら私に愛を向けようと、いくら私が愛を向けようと、その一点は変わらない。


 私は死ぬことにした。古今東西、映画のラストを締めくくるものは主人公の死に他ならないからである。雪が降り、地面は白に染められていた。点滅する光が私を祝福している。

 登場人物は『私』『ドリー』そして『神代』と『神代』である。願わくば、この四人の愛が本物であると、証明する手段ができますように。

 こうして,私の物語は幕を閉じた。


 私はエンドロールを眺める。神代の手を握る。神代の頬には涙が伝っていた。

 劇場が明るくなり、私たちは満足して席を立つ。キスをする。

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I’s LOVE YOU’s 八月六日 @ayatyou

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