圭以子の肖像

清瀬 六朗

第1話 井岩家の一人娘

 「行って来ます」

と軽く言って、圭以子けいこは玄関を出た。

 後ろからお母さんが

「遅くなるようだったら電話なさいよ。お父さんが迎えに行くから」

と言っている声がする。

 「うん」

とぞんざいに返事して圭以子は戸を閉めた。

 親が気にしているのかどうか。圭以子にはわからない。

 自分が腹が立っているのかどうか。それも圭以子にはわからない。

 お見合いをして、「井岩いいわ家のお嬢様」だからという理由で断られたことについて。

 最初から、断られるだろうな、という感じはしていた。

 相手は、ここより都会らしい街に住んでいて、若いうちからエリートコースに乗った会社員だった。自分では、エリートコースなんてとんでもない、と言っていたけれど、そう言うときの穏やかな物腰からして二〇歳台の男らしくない。それ自体がエリートコースのあかしのようなものだと思った。

 そんな街で、そんな会社員が、一人、孤独に生きているということはないだろう。

 たぶんその街でつき合っている女くらいいる。

 圭以子と話をしていても、ときどき会話のタイミングがずれていた。

 そのあいだその都会の女のことを考えてるんだろうな、ということは想像がついた。

 だから、圭以子は最初からあきらめの気もちで、お見合いだということなんか考えないで、来年には閉園するという遊園地に行って、いろんなアトラクションに乗って楽しんできたのだった。今日限定のお友だち、ということで、めいっぱい、心から楽しんだ。

 でも。

 「井岩家のお嬢様」だからという理由で断られるなんて。

 しかも、その理由をつけられてお見合いで断られたのは今回が最初ではない。

 最初の年にはお見合いは年に二回だった。次の年は三回、その次も三回だったかな?

 今年はこれで二回め。

 数えてみるつもりもないが、その半分くらいで同じ理由で断られている。

 「井岩家のお嬢様を嫁にもらうなんておそれ多い」

 だったら、最初からお見合いの話なんか受けなければいいのに、と思うのだけど。

 無理なのだ。

 「会ってみて、だめでした」は言えても、会いもしないで「だめです」は言えない。

 それが井岩家。

 この地元限定の名家「井岩家」。

 「あれもいいわ。これもいいわ。県議は井岩」

という、脱力する選挙運動で知られている井岩家。

 その本家の一人娘が圭以子だ。

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