第20話

「何を勝手なことを。そんな気持ちを、愛と呼べるか。あの人が、どんな気持ちで貴方に尽くしたと思ってる? 貴方の愛を得ようとして……!」


 思わず声を荒らげた。


 フィリップの示す愛は ”自己愛” に過ぎない。


 エミリアを想っていると口で言っても、実際は自分の保身に溢れている。


 腕を掴んで、引き留める。


「どうして殿下がそんなに熱くなる? 庇護を求める隣国の妃など、お荷物に他ならないでしょうに……」


 フィリップは鼻を鳴らして、エドワードをねめつけた。


 エドワードも目を逸らさない。


 こんな大馬鹿者が、無自覚にエミリアを苦しめたかと思うと、我慢ならない。


 掴んだ腕を払おうと、フィリップが抵抗するが、放さない。


 するとフィリップの目は怒りより先に戸惑いを映した。


 続いて、にやりと……口の端が浮く。


 エドワードは、彼が何を思ったかをすぐに察した。


「おや、もしかして……殿下は、エミリアに想いを寄せていたのかな?」


 図星だ――と確信すると同時に、フィリップの口が動いた。


 わざとらしいほど軽々しい口調だった。


 見透かされて、握りしめていた手の力が緩む。


「なるほど、そういうことか……彼女は美しいからな。無理もない。それで、殿下は庇護を買って出たわけだ」


 フィリップはすかさず身を引いて腕を振りほどくと、掴まれた手首を反対の手で擦った。


「それで、殿下は、もうエミリアを抱いたのかい……?」


 フィリップは途端に、下品な笑みを浮かべた。


 エドワードは閉口した。


 質問の内容が馬鹿げている。回答する価値もない。


「その様子だと、まだのようだね。だが、良かった。これなら交渉の余地がありそうだ。提案なんだが、私は今日、一旦引こう。エミリアをしばらくの間、殿下に預けてもいい。理由付けは何とでもできる。疲れたから、静養する、とかね」


「……?」


「返すと約束してくれれば、身内の批判は抑え込める。その間に殿下は望みを遂げればいいさ。時間はたっぷりあるだろう?」


 エドワードは、フィリップが何を言いたいのか、すぐに理解できなかった。


 だが、彼の考えに思い至った瞬間――全身の血が沸騰する思いがした。


「我ながら、良い提案だと思う。こう言っては何だが、老婆心ながら忠告すると、エミリアは、美しいばかりで面白みがない。妃には別の女を迎えることをお勧めす」


「黙れ!」


 エドワードは、激昂して叫んだ。フィリップが言い切る前に、身体が動いていた。


 そのまま、フィリップの頬を力いっぱい殴りつける。勢いで、フリップはすっ飛んだ。


 手応えは軽い。こんなものでは、全然物足りない。


「どれだけ、馬鹿にすれば気が済むっ!!」


 エドワードは、馬乗りになるとフィリップを地面に押さえ込んだ。


「何をする? お前にとっても悪い話じゃないだろう。不感症で、石女うまずめでも、あれだけの女だ」


「もう黙れ! その口、永遠に利けなくしてやる」


 馬乗りになって、フィリップの頬を何度も殴る。


 反吐が出そうなセリフを吐き、同じ男として許し難い。


 何よりエミリアに対するこの侮辱。


 このまま殺してやりたい。

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